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空箱

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牙2

エキゾチックなキャラメル色の肌と光を弾く真っ直ぐな黒髪。吸い込まれそうな闇を湛えた黒曜石の瞳は見るものを言葉通り「虜」にした。
女が持つ武器はそれだけだった。だがそれだけで此処まで生きてきた。
生まれた時から父はなく、物心ついた頃には母も病で亡くなった。力も学も無い女がこの街で生きる為には身体を売るしかないが、生まれ持った美貌は女に豊かとは言い難くともその日の糧を心配するような生活とは無縁な日々を約束した。
そんな生活が変わったのは女が不思議な力に目覚めてからだった。女と目を合わせた男を虜にする不思議な力。時間は短いが、虜になった男は何でも女の言う通りになる。
その力を得てからは更に女の生活は楽になった。身体を売らなくても、少し裕福そうな男に不思議な力を使えばその日の食べ物には困らない。不思議な力に支配されている時の事を男達は覚えていないようだったから恨まれる心配もない。
あまり使うと体調が悪くなるので多用したつもりは無かったが、何処からか女の不思議な力を知ったスカーの愛人になるまで、そう時間は掛からなかった。


普段はスカーの寵愛を受ける唯一としてのんびりベッドを暖めるだけの生活を送り、たまにスカーから指名された男に不思議な力を使って命じられた通りに動かす。スカー自身のことは好きになれなかったが、誰も手出しが出来ないこの街一番の強者に守られているという安心感は大きい。女に操られた者達はきっと殺されているか、それとも命を奪われるよりも酷いことをされたのだろうとわかってはいるが、それよりも女は自分の命の方が大事だった。この街では生き延びた者だけが正義だ。


その日、女が命じられたのは最近この街にやってきた男を不思議な力で虜にしている間に捕縛してしまうこと。その男の噂は女も知っている。常に白い日除けのフードを被った隻眼の美丈夫。身長こそそれなりに高いものの細身の身体でとても強く、彼を殺そうと出掛けたスカーの手下達が毎日のようにボロボロになって帰ってくる。もはや力ではスカーですら敵わないのでは無いかと噂になっていたので、女の不思議な力を使った上で殺そうと言うのだろう。


隻眼の男は日中は大通りで何かしら聞き回っているという情報から、女は彼が住み処としている家と大通りの間にある、人通りが少なく空き家が連なる道を選んで待ち構える事にした。護衛に二人程、スカーの手下も控えているので心配することは何もない。
薄汚れた白い廃墟が夕暮れに染まる頃、噂の男はやってきた。白いフードの下から覗く黒い眼帯と、鮮やかな緑色の眼。余りにもこの街にそぐわないほどの美しさで堂々と夕焼けを歩む姿に女は思わず見惚れ、それから慌てて自分の役割を思い出す。
「あの、そこの方」
目の前を通りすぎた隻眼の男の背後から声をかえる。何度もしてきたことだというのに、わけもなく声が震えた。
「あ?」
足を止めた男が振り替える。一つしかない眼が女を見定めるように見下ろし、それからふわりと微笑んだ。
「なんか用かよ」
女は人よりも美しい自信があった。この街で一番美しいとすら思っていた。それは女の独り善がりでは無く、数多の男達からもずっと言われてきたことだ。だが、この男は違う。美醜だけではない、ただ見ているだけで人を惹き付けてしまうような圧倒的な存在感。まるで女の方が不思議な力を使われてしまったかのようだ。少女のように胸が高鳴り自然と視線が吸い寄せられてしまう。捕らわれてしまわぬようにそっと視線を伏せ、隻眼の男の袖口を引く。
「……どうか、一晩。お側に居させてはいただけませんか?」
振り払われない腕に指を絡ませ身をすり寄せる。豊満な女の乳房を押し付けてやれば、断る男はいなかった。
「……へぇ?」
面白がるような声すら、艶めいて女の心を震わせる。頤をそっと捕まれ、乱暴では無いが有無を言わせぬ力で持ち上げられれば再び見上げる事になる隻眼。そのままたっぷり五秒は値踏みされて頬が熱い。祈るような気持ちで一つきりの緑色を見上げていれば、にぃ、と犬歯を剥き出しにして男が笑った。
「いいぜ、買ってやるよ」


空き家の中に紛れたスカーの拠点の一つ。今はもっぱら女の仕事場となっている家にはベッドとテーブルと椅子が一つずつしか置いていない。部屋に入るなり、勢い良くフードを脱ぎ捨てた隻眼の男がふるりと頭を振った。そのてっぺんには獣の耳が二つ。続けて眼帯すらも取り払い、露になるのは縦に走る傷痕と、女と同じような色の漆黒の瞳。予想だにしなかった素顔に女がぽかんとしていると、男は緩やかに波打つ腰の辺りまで伸びたブルネットの髪を手でかき混ぜながら笑った。
「此処じゃあ目立つだろ。だから隠してたんだ」
良く見れば男の足元では細い尻尾が揺れていた。初めて見る獣人。そんな存在がいることは知っていたが、まさか目の前の男がそうだとは思ってもみなかった。
「あの、……その目は、見えていらっしゃるの?」
何か言葉繋げなければと思ったのに、出てきたのはそんな好奇心丸出しの台詞。客商売をしているものとしてあり得ないと思いつつも、獣人を見るのが初めてなら、緑と黒の色違いの瞳を持つ人を見るのも初めてなのだ。この街しか知らない女の興味を擽るには十分だった。
「ああ、良く見えてる。なんならこっちよりも良く見えてるくらいだ」
こっち、と指差された緑の右目。それから男はさっさとベッドに向かうと我が物顔で枕に背を預けて足を投げ出す。
「だから、楽しませろよ?」
色違いの眼が女を見ていた。まるで道端の手品師でも見るような楽しげな笑顔で。
「ご期待に沿えると良いのですが」
そう、男に興味を惹かれている場合ではない。女の役目はこの男に不思議な力を使って無力化させること。いつでも力は使えるが、出来るだけ近くで、出来れば唇が触れる程の距離の方が確実に効く。スカーでも敵わないかもしれない相手だから慎重にならなければ。決してこの男がどんな風に女を抱くのか気になっているわけでも、死なせてしまうのは惜しいと思っているわけではない。
纏っていた外套を脱ぎ落とす。それから巻きつけていたスカートを。長いチュニックが太股までを覆っている為にまだ足しか見えないだろう。靴を脱ぎ、男を見るが楽しげに、だが下卑た欲を余り感じさせない視線が静かに女を見ているだけだった。男は何も言わない。床に散らばる服を乗り越え、チュニックとと下着のみの頼りない格好でベッドへと近付けば男が手を差し出し、手を重ねると男の腰に跨がるように引っ張りあげられる。細いように見えて確りとした筋肉を纏った身体。触れるところが熱い。真正面に見下ろす色違いの瞳は弓形になったまま、ただ女を見ていた。そっと肩へと両手を乗せれば腰に熱い腕が絡まり、引き寄せられる。至近距離で見る美しい顔にどくどくと女の心臓が悲鳴を上げそうな程に脈打っていた。キスをしようと、静かに顔を近付けて行く。
「人の男に手を出すの止めてもらえますかぶっ殺すぞ」
突然の第三者の声に驚いて振り替えると、そこにはしっかりと戸締りをした筈なのに開け放たれた部屋の扉に腕を組んでもたれ掛かる人がいた。長く艶かな黒髪を一つに束ね、キャラメル色の肌をしたこれまた美しい人。隻眼の、いや隻眼と思われていた男と同じ緑と黒の色違いの瞳が冷ややかにこちらを見ていた。
「お前、何もこれからって時に来なくたっていいだろ」
「視界共有までしておいて何ほざいてるんですか」
「暇だろうと思ってな」
「こっちが縛られて袋詰めにされて運ばれてる間にそんな一人でのうのうと楽しんでる光景見せられても殺意しか沸きませんけど!?」
女が困惑している間に二人は慣れた様子で言い争っていた。ずかずかと部屋に入ってきた黒髪の男はそのままベッドの足元に空いているスペースにぼふりと顔から突っ伏す。
「……おい、休む前に仕事しろ」
それを、隻眼だと思われていた男が爪先で小突く。
「アンタだって視界共有してたんだからわかってるだろ、俺は働いたんであとはやって」
「俺は執行権限の無ぇ下っぱだからな。説明責任はテメェにあるだろ」
「普段上司である俺の言うこと何一つ聞きゃしない人が何言ってるんですか」
べしべしと小突く爪先を容赦なく叩いた黒髪の男がやがて諦めたようにはぁぁぁと深い溜め息をついた。それからのっそりと起き上がると不承不承といった姿を隠しもせずにベッドから降りて女の目の前に立つ。
「……とりあえず、レオナから降りてもらえます?」
ぶ、とレオナが吹き出していた。なにがなんだか全くわからないまま戸惑う女はレオナの腕に抱えられてベッドの上に下ろされた。未だ不服そうな顔はしつつも、は、と短く息を吐いた黒髪の男がきりっと姿勢を正す。
「俺達は魔法士保護法第二条三項に基づき貴女を保護しに来ました。貴女に拒否権はありません。もしも拒否する場合は同五条八項により魔法の行使及び対象の処分も許可されているので逃げよう等とは思わないで、」
「おいジャミル」
「なんですかやれって言ったり止めたり邪魔ばっかりして」
「絶対伝わってないぞ」
二人の視線が女に集まるが、女は困ったように笑うことしか出来ない。レオナの言う通り何一つ理解出来ていなかった。
「…………つまり、俺達は、大人になってから魔法に目覚めてしまった人達を保護して専門の学校に送り届けています。逃げようとしたら殺しますけど、大人しくついて来て正しく魔法の扱いを学んでさえくれたら今まで通りの……むしろ今よりもっと良い生活が出来ます。どうしますか?」

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