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空箱

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商いの国として華々しく豪奢な国の中心部とは対照的に、その日の暮らしにすら困窮する貧民たちが集まるスラム街。自分が生きる為に他人を利用するのも殺すのも当たり前、人の死肉を食べてでも命を繋ぐのがやっとのその地域に奇妙な二人連れがやってきたのはつい最近の事だった。
常に日よけの白いフードを深く被り、左目を黒い眼帯で覆っていてもわかる程の美丈夫と、顔もわからぬ程にフードを目深に被った一回り小さな性別すらわからない人間。
外から来た人間は、それもとびきりの美形ともなればこの街に置いて格好の餌食にしかならない。一つくらい目が無かろうが捕まえて売り飛ばせば結構な額になるだろう。有象無象を殺してバラして売るよりも、外側が美しい人間を生きたまま売った方が遥かに楽に金になる。考える事は皆同じで、その二人組がやってきたその晩には数多の街の住人が隻眼の男を捕えようと二人が寝床に選んだ空き家を襲撃したが、皆悉く返り討ちにあい逃げ帰ることしか出来なかった。実際に出向いた人間から聞いた話によれば、数多の襲撃者を追い払ったのは隻眼の男ただ一人だけだったという。もう一人の性別もわからぬ人は空き家から出てくる気配すらなく、一人で家の外に出て来た隻眼の男が次々と襲撃者を拳一つで追い返した。誰一人として殺される事は無かったが、隻眼の男に傷をつける事すら出来ず、そしてその強さは一夜にして街に広まった。
誰も敵わない強い男が現れたとなれば黙っていないのがこの街を仕切っている集団。秩序も何もないこの街であっても、否、何もないからこそ暴力で街を支配する人間達が居る。スカーと呼ばれるこの街で一番恐れられている男は、隻眼の男の噂が広まるとすぐに排除するべく動きだした。暴力で支配している人間なら当然の事だろう、自分よりも強い者が現れてしまっては全てが水の泡だ。
だが逆に、常にスカーの暴力的な支配に虐げられていた街の民は隻眼の男への期待が高まっていた。支配者が変わったからといって自分たちの生活が変わるとは限らない。だがこの男ならば今よりもマシな生活が出来るのでは無いかと思わせるような何かがあった。見る者を惹きつける鮮やかな緑の一つ目から溢れ出す王者のような貫録。金にも余裕があるらしく、飢えた子に食べ物を恵んでやっている所を見たという者がいれば、怪我をして蹲っていた所を手当てしてもらった者もいた。この街の情報を収集しているらしく、話せばぶっきらぼうではあるが優しく微笑まれる事もあるという。
着実に街の住人からの信頼を得る隻眼の男の下にはスカーの配下が毎日のように命を奪いに襲いに来ていたが、あまりにも簡単にやり返され逃げ帰るのみとなってしまった為にもはや話の種にすらならない。


そうして。
全力で取り掛からねば隻眼の男を消す事が出来ないと判断したスカーが配下である男に下した命令は家に居る筈のもう一人の人間を攫ってくることだった。隻眼の男は度々外へと出てくるが、もう一人の方はこの街にやってきた時以来、誰も見たことが無い。街の者が所在を訪ねても、隻眼の男はいつも「身体が弱くてあまり外を出歩けない」と説明していたのだから攫うのは容易だろう。そして、そんな存在を連れ匿っているのであればそれは確実に隻眼の男の弱点だろう。
スカーの配下の中でも上位に位置する男もそれなりに力自慢ではあるが、既に何度か隻眼の男を襲撃して返り討ちにあっている。隻眼の男が不在の時を狙うと言っても住居に何が仕掛けられているかはわからない為に二人ほど手下を引き連れて隻眼の男の住処を訪ねる。
時刻は夕刻、騒ぎになり隻眼の男が帰って来てしまっては元も子も無いと、人目に付き難い平屋の建物の裏側の窓をこっそりとこじ開けて忍び込んだその部屋に、その人はいた。ボロい外観とは裏腹に埃一つ無いベッドの上に長く艶やかな黒髪を持つ、隻眼の男とは違った美しさを持った男がのんびりと寝そべっていた。窓からの侵入者にも驚いた様子はなく、それどころか男達を見て緑と黒の色違いの瞳がうっそりと笑いかけて来た。
場違いな笑顔がもたらす異様さに首の裏がぞっとするような思いをするが、下手に暴れられて手こずるよりは良い。美しいその男は三人がかりで押さえつけても、縛り付けてもただ笑っているだけで抵抗すらしない。拭いきれない薄気味の悪さを感じながらも、きっと頭がイカレているのだろうと思う事にして、猿轡を噛ませた上で布袋の中に入れる。あとはそっとこれをスカーの下に運ぶだけだ。



床に放り出された美しい男を見たスカーはいたく喜んだ。これだけ美しければ隻眼の男か、それ以上の値段で売れるだろう。人質として利用した後は売り飛ばせば良いし、そうでなくてもこの顔であれば色々と楽しめそうだ。
「お前が、スカーだな?」
そこへ突然響いた知らぬ男の声にその場にいた全員が身構える。振り返れば、拘束されたまま転がされていた筈の美しい男が足元に解けた縄を絡ませながら立ち上がる所だった。
「俺はあの人みたいに優しく無いからな。今すぐこの街から出て行くのと、此処で死ぬの、どちらがいい?」
にっこりと。美しい顔が笑みを象っているだけだと言うのに、まるで喉元に牙を立てられているかのような心地だった。

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