とろりと雄を誘う、甘い香り。
なけなしの理性をぶち壊そうとする暴力的なそれがべったりとレオナに絡みついているというのに、その匂いの発生源であるジャミルははっきりとレオナを拒絶していた。
「何で、俺がカリムの従者になれたかわかります?」
はあ、と今にも頽れそうな身体で熱い吐息を零している癖に、ジャミルは真っ直ぐにレオナを見ていた。そこにあるのはαへの媚びでも甘えでも無く、敵意にも近い、強い意思。
「俺が、Ωで、アイツの運命だからですよ」
意地でも膝をつくつもりは無いと、壁を背にして辛うじて身体を支えながらジャミルは嗤った。ただ一歩、ジャミルに近付くだけで簡単に捕えられるとわかっているのに、その一歩が踏み出せない。
「なら、何故……」
「番になんてなるわけがないでしょう!なれるわけがない!本能に負けて従者如きを番にするなんてアジーム家の恥にしかならない!」
熱砂の国の身分制度は、レオナも重々承知しているつもりだった。だがそれなら尚更、ジャミルがカリムの傍に置かれる理由がわからない。番を持たないΩは発情期になる度にαを誘う。運命の番であれば発情期すら関係無く、目と目が合うだけでも自然と身体が互いを求めるとすら言われているのに、番にならぬまま運命の相手を傍に置くのはただ悪戯に望まぬ妊娠を招く結果にしかならない。
レオナの疑問に気付いたようにジャミルが目を細め、微笑む。匂いは強くなる一方で、身体は今にも目の前の獲物を組み敷きたいと渇望する程に熱くなっているのに、腹の底だけがひんやりとしていた。
「俺、絶対子供産めないんで」
「はあ?」
「赤ちゃんが育つトコ、取ったんですよ。間違いが起きないようにって」
まるで自慢をするかのように秘密をひけらかす癖に、ぞろりとジャミルが下腹部を撫ぜていた。そこにあった筈のものを惜しむように、悲しむように。
「……カリムはそれ、知ってんのか」
「知る訳ないでしょう、面倒なだけだ」
ぐる、とレオナが低く唸った所で、ジャミルはただ溜息のように笑うだけだった。
「俺は、そこまでしてでもカリムの傍に在る事をアジームに求められた男です。それでも、手を出す覚悟がありますか?」
挑むように笑っている癖に、何故かレオナには迷子の子供のような頼りない顔に見えた。泣く事も、助けを呼ぶ事も知らずに立ち竦む哀れな幼子。それを救ってやる等と軽々しく言えるような無邪気さはレオナには無い。だが、此処で尻尾を巻いて逃げるつもりも無かった。踏み出せなかった一歩を、自らの意思でもって前へと運びジャミルを捕らえる。
「………後悔しますよ」
見上げる瞳に喜色が滲んでいる癖に、未だそんな減らず口を叩く唇を塞ぐ。そんなもの、今更だった。
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