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空箱

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新年

肌寒さに目を覚ます。重い瞼を持ち上げて最初に目に入ったのは、普段は一つに纏められた長い黒髪を無造作に散らばらせた細身の背中。決して華奢では無いがレオナよりも一回り細い背中がこの寒さの中で布一枚すら纏うことなく晒されていた。その向こうにはほたほたと雪が降る夜の景色。閉まっているとばかり思っていた窓は開け放たれ、細い背中は窓枠に凭れ掛かり外を眺めているようだった。どうりで寒いわけだ。
のろりと瞬き、声をかけようとして躊躇い、代わりに腕を伸ばす。青い暗さに支配された部屋は予想以上に冷え切っていて、隣に温もりが無いだけでこんなにも冷たい。しんしんと騒がしい無音にへたりと耳を垂れながらも、指先が捕らえた肌を引き寄せるようにすり寄る。骨っぽい身体は氷のように冷たかった。
「……起こしちゃいましたか?」
ようやく気付いたらジャミルの冷えた指先が頭を撫で、反射的に身を縮こまらせれば笑う吐息が降ってくる。こんなにも冷えきった身体で何を笑えるのかレオナにはわからない。隔てる温度が遠い。少しでもこちらに引き戻そうと、布団を被ったまま身を起こして細い背中を抱え、ぴたりと隙間無くレオナの腕の中に収まった身体ごと布団でくるまる。窓の外は一面の銀世界だった。
「……雪ではしゃぐ歳でもねぇだろ」
「そうでも無いですよ。こんなに積もるところを見るのは……NRCに居た時ぶりじゃないかな」
言われて思い出す、妖精族に振り回されたフェアリーガラの事件。確かジャミルの所属するスカラビア寮では普段の暑さとは正反対の豪雪に見舞われたと聞いた覚えがある。久方ぶりに遠い記憶を引きずり出してしまい、今この腕の中に在る存在の貴重さを噛み締めてぎゅうと抱き締める。
「ふふ、あったかい」
「テメェが冷えすぎてるんだ」
くふくふとご機嫌に笑いながらもたれ掛かるジャミルの頭に顎を乗せて溜め息を一つ。白く煙って吐息がふわりと冷気に溶けていった。
窓の外の雪は音も無く積もって行く。青く輝く白は、まるでこの世界に二人しか存在しないかのような寂しさを呼び込んでいた。それなのに、何故だか目が離せなくなるような不思議な魔力で持ってレオナの目を焼く。ふつりと会話が途切れてしまえば耳に痛いくらいの静寂が部屋を支配していたが、二人でくるまる布団の中だけは暖かい。温度を取り戻し始めたジャミルの体温がとろりと腕の中で溶けていた。
「たまには、寒い場所で静かに年を越すのも良いな」
ぬくぬくとレオナの体温を奪って血色を取り戻したジャミルが笑う。目尻に笑い皺を刻んでも美しさを損ねない、穏やかな顔。見飽きる程に網膜に焼き付けた筈の笑顔は未だレオナの心を掴んで離さない。
「……そうだな」
寒いのは嫌いだが、今この時間は悪くない。そう思えるくらいには、レオナも大人になった。傍に暖かな温もりがあれば、一人凍える事はもう、無い。
「……だが流石に窓は閉めても良いか?」
「レオナは本当に寒さに弱いな。猫みたいだ」
「ライオンだ」
「はいはい」
布団の合わせ目から腕を伸ばしたジャミルが窓をそっと閉める、その一瞬の隙間が寒くて思わず腕の力を込めれば鍵をかける前に引きずり戻された身体が肩を揺らして楽しげに笑いだす。
「閉められないじゃないですか」
「寒ィんだよ」
外気が入らなければもうそれで良い。それよりも少しでも暖まりたくて、抱えた温もりを逃さぬように腕も足も絡めてぎゅうぎゅうに閉じ込めたままごろりと寝転がる。馴染んだ体温は横になるだけで再び心地よい睡魔をレオナのもとへ運んできた。
くあと込み上げた欠伸に口を開ければ、するりと腕の中で向きを変え背に回された掌がそっとレオナの肌を撫でる。その指先はもう冷たくはなかった。
「おやすみなさい。今年も、よろしくお願いじす」
「……ああ」
あやすような指先に促されるまますぅっとレオナの意識は眠りへと誘われる。
それは二人が共に生きるようになって、十年目を向かえる年の始めのことだった。

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