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空箱

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満月

ジャミルが三年生になった、冬。
二年の頃から副寮長なんてものをやっていれば、学園内での最高学年になった所で殆ど生活は変わらない。むしろ去年の今頃に比べたらカリムの為に割いていた時間が減った分、随分と自由気ままに過ごしているような気がする。朝は朝食当番ではない寮生と変わらないくらいに遅い時間まで寝ていられるし、カリムの世話だってちゃんと起きたか確認するだけだ。かつてはジャミルの手を借りなければ着替え一つまともに出来なかった男が今では一人で目覚まし時計を使って起床し、身支度を整え、登校に必要な荷物を揃える事が出来るようになった。朝食は毒味とその日の予定の確認の為に向かい合って一緒に食べるが、昼食は別に食べることも多い。


そうして空いたジャミルの時間を今まで費やした相手は、無事に四年生に進級してしまった為せっかく出来たジャミルの貴重な空き時間を共に過ごすこと無く何処か遠い地で実習に励んでいる。時折メッセージのやり取りはするが、お互いこういうものにマメなタイプではない。週に数度メッセージが往復すれば良い方で、先月などは二週間音沙汰が無かった後に一度通話しただけだった。寂しいと思わないわけでもないが、耐えられないというわけでも無く、またその寂しさは機械を通したやり取りで埋められるような物でもないのでさっさと諦めて有り余った時間は自分の趣味や興味に存分に費やしている。誰にも憚ること無く実力を発揮できるようになったジャミルには時間はいくらあっても足りないものだった。


それでも、ふとした瞬間に思い出すことはある。
例えば夜。
レオナとの記憶の殆どは夜の彼の部屋だった。ただでさえ足りない時間の中で、多少睡眠時間を削ってまで温もりを求めにいった男ともう数ヶ月会っていないのだと気付いて心細くなることも、ある。一人きりのシーツの冷たさに震えることも、ある。いっそ耐えきれない程の強い感情を伴っていたら、このぽかりと胸のうちに穴が空いたような感覚を解決してみせると思うのに、ジャミルの心はひたひたと冷えた水底を漂うだけだから動くことすら出来ない。
会いたいと思う。
だが良い子で待ても出来ない男だと思われたくも無い。
そうして今日も冷えたベッドの上にクッションを抱き締めて丸まる。何も考えず、目を閉じて、眠ってしまえば朝が来る。
朝にさえなってしまえば、こんな何の益にもならない思考から逃れられる。


こん、と硬い音が静まり返ったジャミルの部屋に響いたのは、意識が夢と現の間をさ迷う頃だった。咄嗟に身を起こして音の出所を探す。
こん、こん、と再び鳴る音。それは窓の方からだった。それから月明かりを遮る人の影。
反射的に枕元に置いていたマジペンを握り締めるも不思議と心は浮わついていた。殺意を感じられないとは言えど、逸る気持ちを落ち着けるように深呼吸をしながらそっと音を立てずに窓へと近付く。ゆっくりと外の様子を伺えば、そこには想像通りの人物。喜ぶよりも、その光景が信じられずに呆気に取られてしまった。
「…………レオナ、せんぱい」
「…………おう」
箒に横座りに乗ったその人も緩く笑ってはいたものの、会えて嬉しいというよりは何処か決まり悪そうに見えた。あんなにも会いたいと思っていたのに、いざ目の前に突然現れるとなんだか現実感が無い。せっかく会えたのなら変な所は見せたくないのに、たった数ヶ月離れていただけでジャミルは今までどうやってこの人と向き合っていたのかわからなくなっていた。
「……どう、したんですか。そちらも………まだホリデーでは無いですよね」
「ああ……ちょっと……抜け出してきた」
いつも真っ直ぐにジャミルを捉えていたエメラルドが珍しく泳いでいた。まるで悪戯を叱られる前の子供のような。
「何か、あったんですか?」
「いや、なんもねぇが……」
歯切れ悪い返答、それからガリガリと後頭部を掻いて項垂れる姿なぞ初めて見た。だが多分、これは悪いことではないという確信めいた予感があった。もしもジャミルがあとほんの少し我慢が効かずにレオナに会いに飛び出していたら。きっと今のレオナと同じような態度になるだろう。呆気に取られて停滞していた心にじわじわ温度が宿り始めていた。
「……なら、何故?」
意地が悪いのは承知の上で、あえて問う。寂しくて飛び出してきたとはジャミルだって言えないだろう。それを、この男はどう言い訳するのか。
「…………満月だった、から……」
「まんげつ」
確かにレオナの背後には見事なまでの満月が浮かんでいる。浮かんでいるのだが、それは余りにもレオナらしからぬ拙い言い訳ではないか。
本人にもその自覚はあったらしく、盛大に舌打ちの音が響いた。
「……っもうわかってんだろ、部屋に入れろ」
まるで強盗のような言い種で睨まれてもジャミルの頬は弛みっぱなしだった。もう少しからかってやりたいところではあるが、折角レオナから行動してくれたのにこれ以上機嫌を損ねたくはない。きっと忙しい合間を縫って、睡眠時間を削る覚悟で来てくれた筈だ。
窓から一歩離れ、両手を広げて迎え入れる。
「……おかえりなさい、レオナ先輩」
腕の中に飛び込んできた身体をぎゅうと抱き締めて、ジャミルは久方ぶりの温もりに身を委ねた。

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