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空箱

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兄と弟

「あら、二人は兄弟かしら?仲が良くていいわね」
デート、という程のものでも無いが、たまには外に出てみるかと訪れた週末の商店街。同じように束の間の学園外を楽しむ生徒に紛れて立ち寄ったパン屋の気の良さそうな店員にそう微笑まれて思わずレオナとジャミルは顔を見合わせた。
耳が寒い、とフードを目深に被ったレオナは確かに獣人だとわかりづらいかもしれない。今日のお互いの服はジャミルの私服に合わせた物で、「これで適当に買って来い」と財布だけ渡されたジャミルがサムの店で見繕って来たものだ。二人で色違いのパーカー、レオナは薄いダウンを重ねた上にモッズコートを羽織り、ジャミルはダウンジャケットを着ている。靴は似たようなスニーカーを履いているが、ジャミルがスウェットでレオナはジーンズと変えている。
強いて似ている所と言えば、肌の色と髪の色がこの辺りの住人達よりは似通っていると言えるかもしれない、という程度で、兄弟だと思われる要素は何処にも見つからないとお互いの視線が物語っていた。
「……似てますか?俺達」
歩きながら食べやすいように紙に包まれた二つのバゲットサンドをレオナが受け取るのを見送り、ジャミルはレオナから預かった財布で代金を支払いながら問う。純粋な好奇心だった。
「そうねえ、顔はあまり似ていないのだけれど……雰囲気かしら?間違っていたらごめんなさいね、でも兄弟みたいに仲良しなのは当たっているでしょう?」
にこにことジャミルの親よりも歳上であろう婦人の笑顔にはまるで邪気が無い。心の底からレオナとジャミルの仲が良い事を喜んでいるような、こちらまで釣られてしまいそうな笑顔。
「ええ、まあ……」
「これ、オマケにあげるわ。お兄ちゃんと仲良く分けてね」
そう言って釣銭と共に握らされたのはメタリックな包装に包まれた小さなチョコレートが数個。礼を告げればまたいらしてね、と和やかに見送られ先に出口へと向かっていたレオナの背を追いかけて店を出る。
「………おにいちゃん」
手の中のチョコレートと、レオナと。見比べて思わず零した言葉は驚くくらい、口に馴染まなかった。初めて口にしたのでは無いかと言うくらい、違和感がある。
言われたレオナも変な物でも見たかのようにジャミルを見下ろしていた。きっとレオナだって言われ慣れていない言葉が馴染まないのだろう。それでも、なんだか「レオナが兄でジャミルが弟」という仮初を手放したくなくて、惑う。
「………いっぺん、お兄様って呼んでみろよ」
レオナも同じ気持ちだったのだろう。揶揄するような、それでいて期待するような眼でジャミルを見ていた。
「あなたお兄様ってガラじゃないでしょう」
「じゃあ何なら良いんだよ」
「……兄貴?」
「却下」
「それじゃあ……兄さん?とか」
レオナの顔が満足気に綻ぶ。わけもなく楽しくなって来てジャミルも笑った。こんな事一つで機嫌を良くするこの男は案外可愛い男だと思う。
「はい、兄さんの分のチョコ」
「俺は優しい兄だから可愛い弟に全部やるよ」
「自分が甘い物好きじゃないだけでしょう、それ」
笑いながらポケットにチョコレートをしまい、手渡されたバゲットサンドに齧りつきながら二人並んで歩きだす。慣れない言葉で浮ついた唇を隠すのに、丁度良い塩味だった。

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