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火日が従弟 2

日向の家に泊まる事となり、一度家に戻って明日の為の荷物を抱え辿りついた駅は、かつて度々利用していた頃と変わらず久々に訪れた火神に懐かしさを齎した。
電車に乗る前は必ず行かされていた駅構内のトイレ、長距離のお出かけの時は一人一つ、好きな物を買ってもらっていた売店、改札を出てすぐ目の前に広がる雑居ビルと商店街。
小さかった頃を断片的に思い出しては緩んでしまう口元を引き締め直しながら辺りを見渡すと相手もこちらに気付いたらしく、日向が携帯を尻ポケットにねじ込みながら片手を上げて居るのが見えた。
「っす。…全然変わって無ぇんだな。すげぇ懐かしい」
浮かれた足取りそのままに日向の元へと向かって興奮を吐き出す火神を眺める眼差しは優しいモノの、何処か既に疲弊しているような様子で首を傾げる。
「どうしたんだ…っすか?…あ、急だったからやっぱ迷惑だったとかじゃ…」
「いや、違ぇ。むしろその逆。」
迎えに来た筈の日向はそのまま家へと向かう訳でも無く柱にもたれかかったまま茫洋と改札口へと視線を向ける。
釣られて火神も改札口へと視線を向けるとちょうど新たな人の波がやってきた所で、その中に改札を抜けた途端にヒールの音を響かせて勢いよくこちらへと向かって来る妙齢の美女を見た。
「大我ちゃああああああああああん!!!!!」
ぼす、と勢いよく飛びこんできた身体を抱き留めたのは良いが、抱き合って再会を喜ぶような女性の知り合い等、火神には居ない。
アレックスにも似ているが眼の前の女性は日本人らしい黒髪だし、そもそもアレックスよりも随分と身長が低い。
どうしたモノかと助けを求めるように日向を見ると、相変わらずの何処か疲弊した眼差しのままで深いため息を吐きだした。
「おい、ちー。ちーこ。大我が困ってる」
がば、と顔を上げた女性の顔は確かに何処か見覚えがあるような気もするが白い肌の上にがっつりと化粧を施された女性の顔というのは余り馴染みが無い。
日向の助け船に離れてくれるのかと思いきや、そのままべたべたと頬や肩に手を這わせる女性の勢いは止まらない。
「やだもう、こんな大きくなっちゃって…しかもイケメンじゃない!昔から可愛かったけどこんな男らしくなるなんて…!」
そしてまた抱き締められる。
アレックスによって強制的にこういう状況に慣れてはいるがまさかアレックスのように適当にあしらう事も出来ない。
美女に抱き締められて立ち竦む大男というのは目立つ物で、改札口から溢れ出る人々が皆好奇の目を擦れ違い様に向けて来るのが居たたまれない。
「ちー、落ち着け」
「ぁ痛いっ」
日向の力を抜いた軽いチョップが美女の脳天に落ちて漸く解放されるが状況は掴めないままだ。
頭を押さえて不服そうな顔をしている美女と日向を見比べると先程よりは少し面白がっているような眼で笑う日向が口を開いた。
「まだ分かんねぇ?ちーこだよ、こいつ。千尋。」
「え、大我ちゃん私の事覚えて無いの!?やだ、昔あんなに一緒に遊んで上げたじゃない!?」
千尋と言うのは日向家の長女だ。
確か歳は10歳くらい年上だった気がするが、記憶の中の彼女はまだ中学生とか高校生で、どちらかと言うと日向に似た地味というかすっきりしたというか、とにかくこんな派手な顔立ちでは無かった。
これが化粧の効果か、と妙な納得をしながら漸く火神は強張っていた肩から力を抜いた。
「いや、覚えてるけど。…こんな綺麗になってると思わなかったから。」
「大我ちゃんったら中身までイケメン―――――ッッッ」
再び抱き付いて来た千尋に思わず火神まで遠い目をしてしまったのは仕方ない事だと思う。


漸く駅を出て歩き出す頃には千尋のテンションも少し落ち着いたのか、今は火神と日向の間で二人と手を繋いでご機嫌だ。
普段ならば嫌がりそうな日向も彼女には抗えない何かがあるのか、それとも諦めの境地なのか平然とした顔で手を繋いだままでいる。
思い出話や近況に花を咲かせながら歩く道のりは、大きく変わった所もたくさんあるけれどどれも懐かしさを呼び起こして火神の気持ちも繋いだ手のように暖かくなる。
思えば昔もよくこうして日向と二人、千尋に手を引かれて歩いた覚えがある。
「そういえば、コウくんとユウくんは?」
「優くんは都合がつかなくって今日は無理だって。康くんはまだ実家で暮らしてるから…どうなの?」
千尋のテンションに相槌を打つばかりで余り話に加わらなかった日向へと話を向けると帰って来たのは疲れて顰められた顔。
「すげーテンションで張りきって家で待ってる。お前ら皆テンション高すぎんだよ」
もうやだ。
そうぼやいてぐったりと俯く日向に千尋が仕方ないじゃなーいと掌のみならず腕まで絡めて擦り寄っている光景は主将としての日向では余り想像つかない状況だが、順くんならわかる。
日向家は一女三男の四人兄弟で、その中でも日向は上の三人とは歳の離れた末っ子として他の兄弟達から可愛がられていた。
火神が日向家に居る時は火神すらも同じように可愛がられていて、幼少の頃だったからただ純粋に嬉しいと思えたが、今同じ扱いをされたら正直ちょっと困る。
だが千尋のテンションといい、ぐったりと疲れ切った日向といい、きっと今も他の三人の日向に対する愛情表現は変わらず続いているのだろう。
火神は心の中でゴシューショウサマ、と最近覚えたばかりの言葉を呟いた。


日向家に着くと懐かしさと言うよりは喧しいくらいの騒ぎに出迎えられた。
千尋自身、既に家を出ていて一人暮らしをしている為に帰ってくるのは久々の事らしい。
長男である優太に日向と纏めて思い切り抱き締められて既視感を覚えたり、そのまま何故か日向と火神を巡って千尋と優太の間で喧嘩にもならないじゃれ合いが発生したり、いい加減面倒臭くなった日向がキレて怒鳴るも結局千尋と優太に挟まれてもみくちゃに可愛がられていたり。
ずっと一人の家に帰る事が当たり前だった火神にとっては騒がしくも懐かしい、もう一つの「家」が昔と変わらず其処にあった。
何より、兄弟達は子供から大人へと成長して顔つきが変わってしまったが、おじさんとおばさんは歳を重ねて老けたとは思うが印象自体は殆ど変わらない。
「日本に帰って来るのなら早く連絡してくれれば良かったのにねえ、どうせ千尋も康太も出て行って部屋が空いてるんだから、うちに住めば良いじゃない。」
穏やかに笑いながらそう誘ってくれるおばさんの言葉は嬉しいと思う。
小さい頃ならば一も二も無く頷いていただろうけれど、今の火神には其処まで甘えられないという遠慮とか、プライドとか、男の意地というモノがある。
そこは丁重にお断りして、でもいつでも遊びにいらっしゃいという言葉には抗いきれずに頷いた。


騒々しい夕飯を終え、風呂も借りて日向の部屋へと戻ると部屋主は既にベッドの上で寝転がって雑誌を読んで居る所だった。
おかえりー、と気だるい声がかけられるだけで文字を追うのに夢中になってしまった眼はこちらをちらりとも見ない。
ベッドの傍には火神が風呂に入って居る間に用意してくれたのだろう、布団が敷かれてあり、なんとなく其処に腰を下ろしてみるがなんだか落ち着かない。
「なんか、悪ぃな、騒がしくて。大我を呼ぶって言ったらお袋があいつらに連絡したらしくて」
「え、それじゃあちーちゃんはわざわざ来てくれたのか?」
「心配すんな、ちーはお前の為じゃなくて自分が会いたくて来ただけだから」
出会い頭からの歓迎ぶりからしてそうなのだとは思うが、改めて日向の口から言われると何とも言えずにくすぐったい。
緩んでしまう顔を見られたくなくてベッドの端にぼすんと顔を埋める。
日向家の人々はこんなにも変わらず火神を受け入れてくれる、可愛がってくれる。
日本に帰って来たのだと、漸く実感した気がした。
「お前、今絶対にやけてんだろ。」
伏せた頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜられる。
どうしようも無く照れると笑ってしまう癖の事を言っているのだろう、順くんはやっぱり火神の事をよく知っている。
益々口角が緩んでしまうのを止められなくて、照れるとも嬉しいとも付かないこの胸を熱くする感情を言葉に出来なくて、顔を上げるとそのままベッドの上に乗り上がり日向の背を抱き締める。
うつ伏せになった日向の上に圧し掛かるような形になってしまうが、ぐえ、と一瞬潰れた声を上げただけで日向は何も文句を言わなかった。
「いきなりなんだよ。」
「今日、康くんとちーちゃんはハグしたけど、順くんはまだだったなって思って」
「相変わらず甘えただな。もうそんな事言って許されるガタイでも歳でもねーぞ」
からかうような笑みを含んで聞こえた言葉は少し棘があるが逃げるでもなく、火神の体重を受け止めてくれる日向の肩に顔を埋めて深呼吸をする。
ちーちゃんも、コウくんも、ユウくんも、おじさんもおばさんも。
皆大事な人で、家族とも呼べるような人だけれど順くんはそれとも違う、幼い心に刷り込まれた絶対的な存在だ。
「順くん…」
呼ぶでも無く零れてしまった声を拾って日向が、おい、と指の関節で頭を小突く。
「学校ではその呼び方止めろよ。恥ずかしい。後、敬語も忘れんな」
「ん、ちゃんと主将って呼ぶ…っす」
「よろしい。」
そう言った日向の顔は見れなかったけれど、きっと満足そうな笑みを浮かべているに違いない。
ぽかぽかと暖かな日向の温もりと安心感を抱きしめながら気付けば火神はそのまま眠りの中へと落ちていった。


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設定

【日向家】
長女:千尋27歳(通称ちー、とかちーこ、ちーちゃん)
 一人暮らししてるOL。そろそろ結婚間近の彼氏が居る。
長男:康太25歳(通称こう、こた)
 実家暮らし。脚本家かつ劇団員。たまにテレビの仕事もしてる。
二男:優太25歳(通称ゆう、ゆた)
 一人暮らししてる会社員。
三男:順平16,7歳(通称じゅん、じゅんくん)
康太と優太は一卵性双子。
千尋と優太は既に家を出て一人暮らし。
上三人もそれなりに仲良いけれど、末っ子への愛情が異常。
大我ちゃんと順くんは天使。
ちなみに火神含む兄弟間では渾名や呼び捨てが普通。
千尋の顔は日向に似た地味顔なんだけれど、地味顔だからこそ化粧で整形レベルに美女に化けるって設定があるけれど生かしきれませんでした…
多分、日向もがっつりメイクとカツラを使えば美女にはなれる。ちょっと体格がどうみても男子だけど。

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