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空箱

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媚薬 2

窓一つ無い、真っ白な壁に囲まれた四角い部屋、真っ白なベッド、その傍らのテーブルの上には数多の小瓶。
「なるほど、今度は俺の所為ですね」
二度目ともなれば話は早い。レオナは此処に来る前まで何をしていたのか、何故こんな場所に連れて来られたのか全くわからないが、ジャミルがテーブルの上に並べられた媚薬を全て飲み干せば此処から出られると理解している。ということは原因はジャミルで、何かしらやらかした報復を受けてレオナが巻き込まれたのだろう。前回と同じように。
「心当たりあるのかよ」
「ばっちりありますね。……前回レオナ先輩が怒らせた相手も大体想像つきました」
「揃いも揃って同じ相手から同じ手口でやり返されてちゃザマァねえな」
「前回ちゃんと先輩が説明してくれていたら同じ轍は踏まなかったんですけどね」
話ながらもジャミルが瓶へと手を伸ばし、ぐいっと煽る様は淀みが無い。
「あまりいっぺんに飲むなよ。どうなるか見てただろ」
「まあ、一応、毒には耐性ある方ですし」
飲まなければ出られないのはわかっている。だがこの量の媚薬を飲み干す辛さをレオナは身を持って知っている。それなのに止めさせる事は出来ないもどかしさに、前回ジャミルが妙に落ち着き無かった理由を理解した。
「たぶん、大丈夫だと思いますけど。もしもの時は力尽くで押さえ付けてでも無理矢理飲ませて脱出させてください」



とかなんとか言っていたから安心していたというのに。
「せんぱい、えっちしましょうよお……どおせここでの時間は無かったことになるんですからぁ……っ!」
「うるせえ」
机の上にはまだ二桁の小瓶が残っているというのに、あっさりと薬に負けたジャミルはとにかく欲を発散させる事を求めてレオナにねだることしかしなくなってしまった。隙あらば熱くなった身体をレオナに絡みつかせ、下肢をまさぐり、そっと押しのけた程度では諦めずに何度でも求められるのは普段ならば喜んで受け入れてやるところだが今は非常に鬱陶しい。この部屋を作り出した術者が見ているかもしれないだろうと説得を試みても衆目監視の中でなんて別に珍しい事でも無いでしょうとアジーム家の非常識な習慣をさらりと暴露するだけで話にならず、部屋から出られたらいくらでも相手をすると言っても今がいいと言って聞かない。とりあえず蛇のように絡み付く身体をなんとかひっぺがしてシーツの上に仰向けに転がし、細い腰に跨がって上から押さえ付ける。ちょうど、大事な場所の上だったらしく、お互いに一切衣服を乱していないにも関わらずジャミルの固くなった物がぬるりと布越しに滑り濡れているのがわかった。
「っぁぁああぁ」
背をしならせ、長く濡れた黒髪を振り乱して喘ぐ姿に何も感じない訳ではない。食べてくれと言わんばかりに曝された喉仏に今すぐしゃぶりついてやりたいし、この熱く熟れきった身に欲を突き立てればさぞ天国が見れるだろうとは思うのだが、此処では駄目だ。レオナは番の一番美しい姿を他の誰にも見せる気は無い。
はふはふと荒い息を吐きながら弛緩した身体が達したばかりの蕩けきった瞳を茫洋と虚空をさ迷わせ、そうしてレオナにたどり着くととろりと笑う。
「ね、せんぱい、」
なおも諦めずにレオナの股間へと伸ばされた手を溜め息一つで捕らえ、両腕を纏めて片手でジャミルの頭上で縫い止める。
「おら、えっちしたいならとっとと飲め」
「ごぽ……っぅぅぅ……んんぐ……」
無防備な唇に小瓶を押し付けて傾ければ不服げに唸りながらも大人しく飲み下してはいたが、溢れた液体がとろとろと口から溢れていた。ぷはぁ、と全部飲み干したのを見届けてから瓶を外してやれば、わかりやすく唇を尖らせた拗ね顔。
「おれ、こんなのより先輩のざーめん飲みたいです……」
「誘い方が雑なんだよ」
普段と違い、舌足らずな所はなかなかそそられるが言葉選びは余りにもチープで思わず喉奥で笑う。
「お腹の奥、すごくどくどくして、きゅーってなってるんです……中にいっぱい出して欲しくて疼いて、」
「じゃあ、飲め」
「ぉぷ……んんんんんぅぅぅ~~」
瓶を口に突っ込めば恨めしげな眼を向けながらも飲みはする。飲んではいるのだが、口元も緩んでいるのか溢れる量が増えてきた。苦しげに歪んだ瞳が滲んでいる。
「っぷは、……俺、今中出しされたら子供産める気がするんですよね……」
「俺はガキは嫌いだ」
「大丈夫です、俺は男なので中出ししても妊娠しません!」
だからしましょう、と言わんばかりにレオナの尻の下でもだもだと暴れようとしては勝手に気持ち良くなってひんひん鳴くジャミルの思考はすっかり溶けて無くなってしまったらしい。どうにかしてレオナに抱かれようと必死なようだが、レオナにはそろそろジャミルが紡ぐ言葉の意味がわからなくなってきている。恐らくは本人もわかってないのだろうけれど。
これ以上余計な事を言い始める前に、と機械的に新しい瓶を唇に押し付けるが、いやいやと初めて首を振って拒絶された。転がり落ちた小瓶がジャミルの顎から鎖骨の辺りまでを媚薬で濡らし、甘ったるい香りが一層濃くなる。
「も、……やだぁ……飲みたくないぃ……」
ぐすぅ、とジャミルが鼻を鳴らす。まずい、とレオナの本能が警鐘を鳴らしていたが、逃げ場は何処にもなかった。
「もぉ嫌です……せんぱいたすけて……」
いつも涼しげな目元からぼろりと溢れる涙。へにゃりと悲しげに顔を歪ませてレオナを見上げるジャミルから、せめて天井を仰いで視線を反らす。正直な所、今までで一番レオナに効いている。
「なんっ……で、ったすけてくれないんですかっ……」
おれがこんなに苦しんでるのにぃ、と本格的にぐすぐすと泣き始めたジャミルをあやしてやりたいのは山々だがレオナも抗いがたい欲を耐えるだけで精一杯だった。
あの、アジーム家次期当主の従者に出来ないことなんて無いです、とばかりに何でも一人でこなすのが当たり前だと言う顔をしていた男が。甘える所か人を頼ることもろくに知らず、心を乱す何かがあったとしても平静を装った仮面を被ってやり過ごすことしか出来なかった男が。
レオナならばジャミルを助けて当然だと信じ、甘えきった顔で泣きついて助けを請うようになったこの感動はどう言葉で表したら良いのだろうか。
他人に世話を焼かれて生きるのが当たり前のレオナですら今すぐかしずいて何でも言うことを聞いてやりたい欲求に駆られる破壊力。そもそも、好みの見た目をした男がしどけなくレオナに組み敷かれ、情欲に焼かれた身体で必死にレオナを誘っているのだから元から敵う訳が無い。前回のレオナを見た上で自信がある様子だったジャミルがあっさり媚薬に呑まれたのすら、レオナが居れば大丈夫だという無垢な信頼で気が緩んだからではないかと勝手に予測してしまい、余計に耐え難い愛しさが込み上げる。
「っふぇ、……っう……ぐすっ……れおなぁ……っっ」
悲壮感たっぷりの泣き声に、折れそうになる心を奮い立たせる。自分が媚薬を飲んだ時よりも精神的にはずっと辛いが、誘惑に負けている場合ではない。こんな誰が覗き見してるともわからない空間からは一刻も早く抜け出し、ジャミルをレオナの巣へと連れ帰らなければならない。その為には。
「………あともう少し、頑張れ」
ガラにも無い応援の言葉をなんとか捻り出し、レオナは新たな小瓶を握り締めた。

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