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空箱

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人の肉は食べても美味しくないと知っている。決して自分で実際に味わったわけではない。雑食の肉は臭みが強く、よほど手間を掛けなければ食べられた物では無いというのが獣人の間では常識と言えるレベルの噂となっていた、ただそれだけだ。
確かにレオナの下でうねる濡れた肌はレオナの舌を誘うが、それは食欲に突き動かされているわけではない。汗を舐め取っているのかそれとも唾液を塗り付けているのかわからぬ動きで撫でてやるだけで震える肌が、細く鳴く吐息が、根本まで包み込まれた場所が柔らかくレオナを食む動きが、味覚以外の甘さでみぞおちの辺りを満たすからしているだけだ。濡れたカフェオレ色の肌が味覚を刺激しない事は重々承知している。
仄かな石鹸の残り香を残した肌を丁寧に舐め、時に柔く犬歯を食い込ませ、胃では無い場所が訴える飢餓感を少しでも満たそうと獲物の味を覚える。血の香りを残す肉の塊が喉を通り過ぎ胃を重くするのとは違う、脳に直接響く満腹感を求めて指の先まで丹念に舐ればレオナの下で獲物の身体がうねり、奥深くまで差し込んだ場所が食い締められた。
は、と零れた吐息はどちらのものだったか、飢餓感ばかりが増して一向に満たされない焦燥に任せて身を揺すればぬちりと繋がった場所から立つ音と、肌を粟立たせる程の甘さ。いっぺんに食べてしまうのは勿体なくて、力任せに貪りたくなる欲を押さえ付けて首筋へと顔を寄せる。最も無防備に太い血管が晒された場所、奥に流れる血の匂いすら嗅ぎ取れそうな薄い皮膚の味を探すようにべったりと舌を押し付けてなぞれば逃れたいのか、それとも一思いに噛み千切られたいのか濡れて艶めく喉仏がレオナの前に曝け出されたので遠慮なく大きく口を開けてしゃぶりつく。獲物を仕留める時のように、だが傷つけないようにたっぷりの唾液で湿らせた犬歯を滑らせ、流れる汗の一滴も逃さぬように啜り上げれば上がる鳴き声に喉仏が震える様が舌先に直に伝わった。
ごくり、とどちらの物ともわからぬ体液を飲み込む音が吐息しか居ない空気を震わせる。濡れた唇を舐め、そうして首から顔を上げれば目の前には真っ黒な黒曜石が二つ。普段の知性を何処へと置いて来たのか、茫洋とレオナを見上げる黒が今にも溢れそうな涙の海の中に沈んでいた。夜闇を吸い込んだかのような黒がレオナを捉え、そうして全てをレオナに委ねるようにゆるりと笑みの形に緩む。
美味しそうだ、と思った。
比喩でもなんでもなく、言葉通りにその瞳が胃袋を刺激した。飢えを満たすものを求めて乾きそうな舌を、尖った顎先から頬まで滑らせてから目尻を一度啄む。少し塩気を感じた。瞬く睫毛が伸ばした舌先を擽り、張り付く。それを無理に引っ張らないように、だが拒む事を許さぬように合わせられた瞼の縁へと舌を差し込めば驚きにか見開かれ、存分に舐めやすくなった場所をつるりと撫ぜる。柔らかく、肌よりも滑らかな感触が舌先を癒し、びくびくと大人しかった獲物の身体が痙攣するように暴れた。搾り取るように力任せに締め付けられ、危うく意図せず満たされてしまいそうになるのを腹筋の力を込めて辛うじて堪える。まだ、レオナは味わい尽くしていない。
駆け抜けた衝動にぎゅうと一度閉じられた瞳が再び開かれた時、先程よりも深い黒がレオナを映していた。再び顔を寄せても従順な獲物は心得たように、だが戸惑うように黒を揺らす。そうして曝け出された黒を包む白い部分。舌の腹を押し付ければ組み敷いた身体がびくりと跳ね、背に回された指先がレオナの肌に指の痕を残していた。それは拒絶では無い。
そっと頬に手を添えて舌先に少し力を入れて柔らかな眼球を守る瞼の内側へと潜り込ませて一撫で。後から後から溢れて来る涙を啜る事で歯を立てたくなる衝動を寸でで押し留める。美味しいとは思わない。だが身体の内に取り込みたい。レオナの血肉にしたいという欲が腹の底で渦巻いていた。

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