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空箱

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わるいゆめ

不意に血生臭さを感じて振り替えると、そこにはジャミルがいた。夕焼けの草原の王宮、レオナの自室に何故、と思いながらも臭いの元へと視線を辿らせて息を呑む。
「レオナ先輩が欲しがっていたもの、とってきました」
ジャミルの片手に無造作に捕まれていた夕焼け色の髪。波打つその先にはこの国の王と、その後継者の頭が二つ、ぼたぼたと赤をこぼして真っ白な床を汚していた。
「これ、欲しかったのでしょう?」
無邪気なまでの笑顔でジャミルが頭を掲げてレオナへと近付く。
望んだ物を得た喜びも、肉親を殺された悲しみも、獲物を横取りされた怒りも、何も沸かなかった。そこにあるのは、今までレオナがずっと直視出来なかった物。
「……何故、」
「貴方が欲しい欲しいって泣くくせに自分では出来ないみたいだったから。俺が代わりにとってきてあげたんです」
ほら、と足元に放られた頭がべちゃりと赤を撒き散らしながら転がり、レオナの爪先にぶつかって止まった。何が起きたのかもわからぬ間に身体と別れを告げたのか、その表情は酷く穏やかなものだった。
「貴方の為になら、俺はなんでもしますよ。他にも何かあったら命じてください」
頭を手放してなお血の香りを纏わせたジャミルが近付き、レオナへと手を伸ばす。
その、さも愛しいと言わんばかりに蕩けた顔。
「この城中の人間を全て貴方に従わせる事だって、殺してしまうことだって、俺なら出来る」
頬をなぞる指先が濡れていた。ぬるりと撫でられた所から広がる血の香り。頬から滑り落ちた腕がレオナの首へと絡まり笑みを象る黒曜石が吐息の触れる距離まで近付いてくる。
「何を望みますか?俺の――」
溺れていた水中から突然水面に出ることが出来た時のように、不意に覚醒する意識。息苦しさに喘ぐ見開いた眼には見慣れた寮の天井と、心配げに見下ろすジャミルの顔があった。
「……すみません、魘されていたようだったので起こしてしまいました」
「……いや、……構わねぇ……」
気遣わしげにレオナの頬を撫でるジャミルの指先を反射的に掴む。血の臭いは、しなかった。だが夢と現が違う物だという確かな確証が欲しかった。
「……テメェの一番大事な人間は誰だ」
覗き込む黒曜石をひたりと見据えて問う。ますます困惑したように細めたジャミルが首を傾ける。
「……何の話ですか、」
「いいから答えろ」
痛みを与えるであろうほどに掴んだ指を握り締めてしまっても、ジャミルは何も言わなかった。ただじっと窺うようにレオナを見詰め、それから諦めたように息を吐く。
「………カリムです」
「……なら、良い………」
ようやく、息苦しさから解放されたように大きく胸を上下させる。気付けば全身汗で濡れていて身体が冷えていた。握り締めていたジャミルの指を解放し、代わりに手首を掴んで腕の中に引きずり込む。少しだけ躊躇った様子だったが、大人しく腕の中に収まった身体を両腕でしっかりと抱え込んで深呼吸を一つ。洗い立てのジャミルの匂い。こんなもので心が落ち着くなぞ矛盾していると思いながらも、この腕に抱ける間だけは、どうか。

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