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空箱

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化粧1

化粧は武装だ、と言っていたのは誰だっただろうか。
洗い立ての肌に化粧水と乳液を叩き込み、余計な分はティッシュで顔面を覆ってそっと剥がす事で落とす。それから普段は使っていない、舞台役者御用達という下地を塗る。美容業界では肌へのダメージが酷いと言う事で嫌悪されているらしいが、いついかなる時でも美しくマットな肌を保てるという触れ込みの下地は役者のみならず、こういう時に非常に便利だ。ついでに充血と乾燥を防ぐ目薬を差し、しっかりと浸透させるように数秒瞼を閉じたまま数えてから溢れた分をティッシュで拭き取り、目の際には少しひんやりとするクリームを小指でそっと塗り伸ばす。皮膚を引っ張る為にちらりと覗いた下瞼の裏が白い。少しでも血行を良くする為に、クリームを馴染ませるように少し揉み込み、その後はこれも普段はあまり使わないチークを極々薄くリスの毛で出来たブラシで乗せてから濃い肌色の粉を顔全体に叩いて行く。
アイラインは普段よりも太めに、だが強くなりすぎないように縁をぼかし、凹凸を強調させるようにシャドウとハイライトをこれも濃く入れた。仕上げに化粧水を顔全体にスプレーし、ティッシュで押さえた後に血行を良くする事で唇をふっくらと血色良くするリップクリームを乗せればひとまず完成。
洗った肌に適当に粉を叩き、さっとアイラインを引くだけで終わるいつものメイクに比べて随分と時間は掛かってしまったが、その分美しく健康的な顔が作れたと鏡の中で角度を変えて確認してから一息つく。これなら普段よりも気合いが入っていると思われる程度で済むだろう。そう安心して立ち上がればぐらりと身体が揺れて慌てて化粧台に手を付いて身体を支える。どれだけ顔面に完璧な偽装をした所でふらついていたら意味がない。気合いを入れるように短く息を吐き、もう一度鏡で身嗜みを確かめてから部屋を出る。
今日も、忙しい一日が始まる。
カリムの朝食の毒見を済ませたら一足先に部活へ。主に筋トレや基礎練習ばかりになる朝練は地味に辛いが、個人のメニューをこなすだけな分、人目を気にしなくて良い。多少誤魔化して手を抜きながらなんとかメニューを片付け、朝練を終えた後は普段ならばカリムの様子を見に行く所だが今日はそのまま人気の無い空き教室へと逃げ込む。消耗した体力は大きいがまだ倒れる程でも無い。起きた時よりも倦怠感と熱っぽさは増えているが午前に体力育成の授業は無かった筈だから後は座っていれば良い。なんとかなるだろう。机の影、椅子を四つ程並べて身体を横たえ少しでも体力の回復を図りながら手鏡で顔を確認する。完璧に作り上げた顔はまだ崩れていない。だが目付きが少し胡乱になっていた。瞼用の糊でも使ってくっきりとした二重を作った方が良いだろうか、だがその方法は糊を付けていることがわかりやすい。下手な探りを入れられるよりは目を開く努力をした方が良いと結論付けて、少しだけ瞼を下ろす。始業の時間まで、五分程眠れる筈だった。
午前中は恙なく終わり、昼食の時間にはなったが益々体調は悪化していた。食欲が湧かず、頭がぼうっとしている。カリムが昼食の誘いに来る前にと荷物を持ってそそくさと教室を逃げ出し何処で体力の回復を図るべきかと頭を巡らせるが上手く頭が回らない。空き教室には弁当を持ち込んでいる生徒や食堂の喧騒を嫌う生徒がいることが多いので今の時間は使えない。となると思い浮かぶ場所が何も無く、ふと目に着いたトイレの個室へと入り蓋を下ろしたままの便座に腰を下ろすと自然と長い溜息が零れ落ちた。酷い場所だと思うが誰の目にも触れない場所だと思うと驚く程に落ち着く。自分で身体を支える事すら辛くて壁にもたれながら手鏡を確認する。肌を覆い隠すように粉を分厚く乗せた筈なのにどことなく血色が悪いし唇が干からびていた。今度こそ化粧を直さなくてはならない。だがまずは薬だ。荷物の中に忍ばせて置いた熱冷ましの薬を口に放り込んで噛み砕いて飲み下す。苦くて不味い。それから栄養を補うサプリメントと、意識を覚醒させる薬、念の為に吐き気止めを全部まとめて少々効果が過激で貴重な魔法薬の液体で胃に流し込む。昼休みの間に効いてくれれば午後の授業までには持ち直すだろう。流石に部活は何かしらの理由をつけて休まなくてはならないだろうが授業だけはきちんと受けたい。
それはジャミルの評価の為でもあるが、同時に従者としての役割でもあった。
主を守る盾が使い物にならなくなっている事実を誰にも知られるわけにはいかない。
薬でどうにか立て直した体力で化粧を直し、午後の授業に向かう。糊で無理矢理開かされている瞼の所為で眼球がひんやりしている気がする。どこかでまた目薬を注さないといけないと思いながら目指す教室の手前に見つけたレオナの姿。普段ならばふんわりと心が弾むが今日ばかりは会いたく無かったというのが正直なところだ。なんだってこんな時ばかりサボらずに校舎の中にいるのだろうか。
「こんにちは、レオナ先輩。珍しいですね?」
「うるせぇな」
見つけていながら声を掛けないのは違和感があるだろうと率先して声をかければ鬱陶しがるような声が帰って来る。
「精々同じ学年にならないように真面目に授業受けてくださいね」
それじゃあ、といつも通りにすれ違った所で不意に背後から伸びた掌に二の腕を掴まれ、抗う力も無い身体は簡単にレオナの胸元へと引き戻された。
「うわ、……何ですか、授業始まりますよ」
普段通りを心がけ、不快だと言わんばかりの顔でレオナを見上げるが、そこには変な物でも見たかのように目を眇めてジャミルを見下ろすエメラルドがあった。
「……ああ、化粧ですか?ちょっと今日は雑誌で見たのを試してみたんですよ。少し雰囲気違うでしょう?」
まるで見透かすかのような視線に耐え切れずに先手を打って釈明をする。だから離せとレオナの胸を押すが分厚い胸板はびくともしなかった。
「ちょっと、先輩、本当にもう授業が始まるので……」
「力尽くで眠らされるのと、自分でベッドに入るのとどっちが良い?」
「昼間から何言ってるんですか、そういうのは後で、」
「無理矢理が好みなんだな、わかった」
「待ってください!!!」
宣言通りにジャミルの首に手を掛けようとするのを慌てて止める。元気な時ならまだしも、薬でなんとか立っているような状態でレオナに抗えるとは思っていなかった。だが、何故。誤魔化す事すらさせてくれずにジャミルを捕らえたまま離さないレオナに悔しさがこみ上げて思わず唇を噛む。折角張り詰めていた緊張の糸がふつりと切れてしまっていた。
「……何で、わかったんですか」
化粧は完璧だった。いつもと同じとまではいかないが、健康的に見える顔を作れていた筈だし動作だってこの程度なら常と変わらない動きが出来ていた筈だった。現にレオナより前にすれ違った同じ部活の同級生達とすれ違いざまの会話をした時は何の疑問も抱かれず、また部活でな!と言いながら別れたのだ。
「……さぁな?」
だがレオナはにぃと意地悪く口角を釣り上げたかと思えば軽々とジャミルを肩に担ぎ上げてしまってそれ以上様子を伺う事は出来なかった。

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