セックスとは、奉仕であるとジャミルは思っている。
いかに相手好みの振舞いをし、自らの身体を使って相手を満足させつつも自分のダメージを最小限に抑えるかが腕の見せ所であり、それなりに攻略を楽しんでいる所だってあった。
初めてジャミルに触れた男も、その後長らくベッドを暖める事になる当主も、その当主に命じられ赴いた先の男達も皆ジャミルに優しく快楽を教えてくれたからこの仕事を嫌だと思った事はあまり無い。
それは決して当たり前の事では無く、ジャミルは運が良い方なのだということだって知っている。アジーム家に仕えていれば忘れそうになってしまうが、この国は決して豊かなわけでは無い。王や貴族、商人の一部には腐るほどの金があったとしても、少し離れた田舎では未だにその日の暮らしにすら困り、人身売買が当たり前のように行われていると聞く。初潮も迎えていないような幼い女の子が嫁として男に買われ、無理な性交、妊娠で命を落とす事も少なくない中で、同じ欲の捌け口として使われながらも当主からは愛人の一人のように可愛がられ、ジャミルがアジームの持ち物である事を理解している他の男達もそう簡単にジャミルを傷つける事は出来ない。思春期を迎える手前には、一度だけ、大の大人が片手で縊れそうな子供相手に欲情する事実に対しておぞましさを覚えたりもしたが、それだけだ。嫌悪感で飯が食える訳でも無い。ジャミルが少しの吐き気を堪えるだけで皆が良い思いをするのだから耐えて然るべきだろう。ジャミルが我慢している物なんて、他にもたくさんある。それが一つ増えた所で今更何も思わない。
だから、慣れているつもりだった。そこらの少し女を抱いた事がある程度の男なら簡単にジャミルの虜に出来ると思っていた。
レオナは傲慢に見えて何処か脆そうな匂いがするから見た目通りの獣のようなセックスか、それとも王族ならば教科書みたいに馬鹿丁寧でよそよそしいセックスでもするのだろうか。どちらにせよ、下手に初物っぽく振舞ってしまっては何か面倒な事になりそうだが、あの年代には余りにもこなれた姿を見せると逆に萎えると言われた記憶がある。経験はあるが、そこまで慣れてない風を装うのがちょうど良いだろうか、なんてそれなりに楽しみにして対策だって考えて来たのだ。
そっと手を取られ、優しく引かれてシーツへと滑らかに押し倒される。顔に見合わず丁寧なタイプだったかと思いながら見上げたレオナの顔を見た瞬間、ぶわりと何か、熱くてぼわぼわしたものが身体から膨れ上がって思考を濁らせた。
「ジャミル」
「……あ……う……」
名を呼ぶ声が、顔が、今まで見た事のあるレオナの顔よりも少しだけ甘い。その事に気付いてしまったらうまく言葉が出てこなかった。何か言わなくてはと思うのに、舌が上手く回らずレオナを直視出来ない。ぼぼぼぼ、と火を噴きそうなくらいに顔面が熱を持っているのを自分でも自覚して益々混乱する。
今までこんな事は一度だって無かった。むしろ最初は一番大事な所だから細心の注意を払って相手を読み取る事に集中してきたのだ、恥じらう演技としてならまだしも、ただ純粋に耐え切れずに瞼を伏せてしまうなどまるで敵前逃亡しているようで嫌だと思うのに身体が言う事を聞いてくれない。
ふ、と笑うような吐息が額に触れ、そしてそっと少し荒れた唇が瞼に押し付けられる。それだけでまるで眼球がどろどろに溶けてしまったかのように熱い。頬を硬くタコの出来た掌で包まれるだけで脳が気持ち良いと認識してふわふわしている。性的な快感とはまた違う、未知の心地良さ。ジャミルが知らないそれは怖くもあり、切ない程にもっと欲しいと求めてもいた。身の置き所がわからずに、せめて身体の輪郭を確かめるようにレオナの背へと腕を回してそっと抱き寄せれば褒美のように重ねられる唇。ふわりと、また何かが身体の中から溢れる。こんなにもたくさん何かが溢れているのにジャミルの中はまだまだ知らない何かがいっぱいに詰まっていて息苦しい。
「ん、……ぁ……」
喘ぐ唇に滑り込んだ舌が絡まるだけで気持ち良すぎて意識が白んでしまいそうだった。まるで薬か魔法でも使われて強制的に情感を高められている時のようだ。制御出来ない身体を怖いと思うのに、その先を求める心が恐れ知らずにも強請るように舌を差し出す。レオナの好みを探るだとか、満足させてやろうだとか、そんな下心は全部吹き飛んでしまってただ身を委ねる事しか出来なくなっているというのに嬉しいという気持ちで満たされてしまう。
「……ぁ、」
ちゅ、と音を立てて唇が離れると自分でも驚くくらいに名残を惜しむような声が出てしまい、思わず唇を噛む。まだレオナがどんなジャミルを好むのかわかってもいないのに迂闊な事をしたとひやりとするが、目の前のレオナの顔がそれは嬉しそうに綻ぶものだから恐怖が全て吹っ飛んでしまう。
「れ、おな、せん、ぱい……」
ならば、と強請りたくてもまるで初めて行為に挑む処女のように強張った舌が縺れてうまく言葉を紡げなかった。それが恥ずかしくて悔しいのに、レオナの濡れて煌く弓形のエメラルドに見詰められるだけでほろほろと尖りそうになった心が崩れて多幸感の海に沈んでしまう。
再び唇が重ねられ、服の下へと潜り込んだ掌が汗ばんだ肌を辿る。ジャミルは何もしていない。ただレオナから与えられる何かに溺れないように息継ぎするので精一杯で、何も返せていない。輪郭を保つのがやっとな程に心も体もとろとろに蕩けてしまって役に立たないのに、レオナが笑っているから、嬉しそうにしているから、つい、身を委ねてしまう。
ごり、と下肢に押し付けられたレオナの股間が硬さを帯びていた。こんなふわふわになってしまったジャミルでも、レオナは楽しんでくれているのだろうか。ただの置物のようになってしまった身体でも許されるのだろうか。
出来れば、気に入ってもらいたい。今夜限りで終わりにしたくない。
初めて利害関係無く次を望む心がジャミルの中に生まれている事を薄っすらと自覚しながら、次第にジャミルの意識はレオナの熱の中に溶けて行った。
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