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空箱

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実り

種を埋めたのは事故だった。
呑気な飼い主の、毒なのか薬なのかもわからぬ水をたっぷり注ぎ込まれた肥沃な土を隠し持つ干からびてひび割れた表面を無理矢理ほじくりかえして種を押し込むような所業。
最初は種を埋めていた事すら気付かず、またレオナも寝れば忘れると思っていた。だがその日から気付けば掘り返された土の複雑な色をつい思い出しては姿を探してしまう自分に気付いた。
だから、育てようと思ったのだ。レオナですら何の種なのかわからぬ種が、あの土の中でどう育って行くのか見届けたいと思ったのだ。
誘えば、簡単にレオナの元にやってくる。
だが種を埋めた筈の場所はきっちりと元通りに干からびているだけで、レオナがせっせと水を撒いてみてもなかなかあの日見た不思議な色合いを見せない。
ならば、と水を撒きながら耕す事にした。本人はとても嫌がっていたが、少しでも水を得た土は少し柔らかくなる。その隙に湿った表面に鍬を突き立て、渇いた表面を崩すように中の土と混ぜていく。深くまで耕せる日もあれば、表面に傷をつけることすら叶わない日もあったが、嫌がる割には呼べば簡単にレオナの元に水を浴びに来るのだから、きっと種も芽吹きたがっているに違いない。
嫌だ嫌だと言いながらも断られないことを良いことに、こまめに呼び出しては丁寧に水を撒くうちに、いつしか表面はレオナの与えた水でしっとりと艶を帯びるようになっていた。とはいえ、それはレオナの側にいる時の話であり普段は見慣れたひび割れた土だったが、その事については文句は無い。むしろ下手に誰かに見られてせっかくここまで耕した畑を横からかっさらわれるのは許せない。此処に育つのはレオナの埋めた種ただ一つだけであるべきだ。
そうしてレオナが丁寧に手をかけていると、ある日柔らかく濡れた土の中にぽつりと芽が生えていた。余りにも柔く儚い姿ながら鮮やかな緑は、大木に育った暁にはさぞ美しい葉をつけるのだろうと予想させるような鮮烈な色。
決して有象無象の虫に食い荒らされないように、折角芽吹いた命が誰にも踏み荒らされないようにと守るレオナの手間は一層増えたが不思議と面倒だとは思わなかった。
以前ならば渇いているから水だけもらえれば充分、それ以外の施しは無用と言わんばかりだった土が、早くレオナの水を浴び、世話を受けて大きく育ちたいのだとばかりに自らレオナの元へとやってくる。
レオナもまた、可愛らしい芽を懸命に守り育てようとする姿に執着していることを自覚していた。ただ偶然蒔かれた種が元気に育てば良いと言うわけでは無い。レオナの水だけを得て、レオナの手で育ち、レオナの前でだけ大輪の花を咲かせて欲しいと願うようになっていた。
一度芽吹いた緑は水を与えるだけでもすくすくと育ち、世話をし栄養となりそうなものを与えれば与えるだけ良く育った。ついこの間までレオナが守ってやらなければ簡単に踏み潰されてしまいそうだった芽はいつしかレオナを守れるほどの大木になり、寄り掛かってもびくともせず、むしろ頼られたことを喜ぶように育った枝葉がレオナを包み込み、小さくても鮮やかでたくさんの花を咲かせていた。
その大きさに見合わぬ可憐な花から溢れ出す香りは数多の人を引き寄せたが、全てレオナが追い払ってやった。この木を育てたのはレオナだ。レオナだけの美しい緑だ。その一欠片も誰かに譲ってやるつもりはない。
そうして、卒業を控えたレオナのベッドの上、最近ではいかにも待ち遠しかったとばかりに腕の中に飛び込んで来ていたジャミルが能面のような顔でやって来ては、初めて部屋に来た時のようにベッドの横からレオナを見下ろしていた。
「……先輩、俺が卒業するまで待っていてくれますか」
緊張にか震える声で、いつの間にか熟していたらしい果実がレオナに差し出されようとしていた。甘く人を誘い込むような香りを放ち、触れれば崩れてしまいそうな程に熟れたこの果実を、レオナが大事に育て上げた努力の結晶を、手に取らないという選択肢があるとでも思っているのだろうか。

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