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空箱

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地獄

「あとちょっとだったのに!」
「ふひひ惜しかったですなぁしかし相当腕を上げてますぞ」
「本当ですか?」
「拙者が抜かれる日も遠く無さそうですな」
「まだまだイデア先輩には敵わないですよ」
そう言って溜め息をつきながらも満足げにぱたりと後ろに倒れて伸びをするジャミルに、休憩しますか、とイデアは立ち上がった。ジャミルがイデアの部屋に訪れるようになったのはそんなに昔の話でも無い。最初はどうしてもアイドルのライブ映像を一緒に見ながら打ちたいと決死の覚悟で誘ったものだが、何でも素直に受け入れ楽しんでくれるジャミルはアイドルの話のみならず、今まで触ったことがないと言うビデオゲームも誘えばホイホイついてくるし、何ならジャミルから「今日遊びに行って良いですか」と誘われるようになった。
今日も突然連絡が来て、30分後には既にジャミルはイデアの部屋にいた。始めの頃こそ陰キャの部屋に遊びに来てくれる聖母のようなパリピの黒ギャルに嫌われたくないと、必死に童貞丸出しで丁寧にお迎えしていたが流石に回数を重ねればジャミルもただの男子高校生でしかないと現実が見えてくる。それでも推しには代わり無いが、散らかったままの部屋に招く抵抗感も薄れたし、ジャミルも好き勝手にイデアの部屋で寛ぐようになっていた。
この部屋にお茶なんてお上品なものは無いが、ジャミルも普段食べないようなジャンクフードを楽しんでいるようなので炭酸飲料を適当なマグカップに入れて二つ持ち、持ちきれないポテチの袋は口に咥えてジャミルの元に戻る。
「そういえば、」
「うわっ!?」
ちょうどジャミルの隣に腰を下ろそうとした所で突然思い出したようにジャミルが腹筋の力だけで起き上がり、運悪くイデアの肘に頭がぶつかってしまった。
「つめた……っ?」
「あばばばばば」
縦に揺れたマグカップは中身の液体を跳ね上げてイデアの手を濡らし、ジャミルの頭の上へと降り注いだ。慌てたところで覆水は盆に帰らず、頭から砂糖たっぷりの炭酸飲料を被ったジャミルの髪はべったりと濡れていた。
「わー!申し訳ないでござるジャミル氏にこのような粗相、拙者ハラキリの覚悟で……」
「……いえ、大丈夫ですよ、これくらい」
「そんな訳にはいかないでござるジャミル氏のぬばたまの黒髪になんてことを……!」
「タオルお借りできれば大丈夫ですから……」
「いやいや髪のみならずそんな服まで濡れて……はっ!シャワー!シャワー浴びていってくだされ」
「いえそんな、後で寮に帰ってからで」
「そんな美しさを損ねたジャミル氏をそのまま帰すわけにはいかぬでござるドッコイショォ!」
テンパった勢いのままにジャミルを横抱きにしてでもバスルームに連れて行こうとしたが即座にベキャァ!っと背筋が悲鳴を上げて一ミリも持ち上がらないままイデアは床に突っ伏した。火事場の馬鹿力なんて迷信だったのだ。今のイデアには推しに詫びを入れる事すら出来ない。非力な陰キャには所詮黒ギャルを救う事なんて出来ないのだ。
床にくの字に突っ伏したまま鬱々とした気持ちになるイデアの上で、ふ、と笑う吐息が溢れた。
「……それじゃあ、お言葉に甘えてシャワーお借りしますね。なので、あの、その、本当に気にしないでください。俺が突然起き上がったのが悪いんですし」
「じゃ、じゃみる氏ぃ……!」
やはり推しは今日も尊かった。がばりと身を起こしてジャミルを見上げればまるで後光が差しているかのような神々しさ。たまたま天井の照明の位置が丁度良かっただけとも言うが。
「服は全部まとめて洗濯機に入れておいてもらえれば帰るまでには超高性能自動洗濯機が素材を全てスキャン、最適な洗剤と水圧でもって洗浄、乾燥までやってくれますゆえこの自動判別機能には最新鋭のAIを独自に改造したものを使っておりましてなフヒっそこらで売られているような量産品とはわけが」
「ありがとうございます、使わせていただきますね」
危ない。ジャミルがぶった切ってくれなければオタク特有の早口でまくしててしまうところだった。立ち上がりバスルームへと消えて行く背中を見送り一息つく。いまだ申し訳無さで胃はキリキリしているがジャミルなら言葉通り気にしないでくれるだろうという謎の信頼もある。
と、そこまでぼんやりしてから気付く。今着ている服を洗濯するのなら風呂上がりのジャミルが着るものが無い。
慌ててクローゼットを漁るが陰キャの部屋に黒ギャルが着るに相応しい新品の服等あるわけもない。だが客人を裸のまま放って置くわけにもいかない。片っ端からすんすんと匂いを嗅いで少しでも陰キャの匂いがしない物を探すも見つかったのは数日前に洗濯したジャージの上のみ。他の目ぼしいものは使用済みで洗濯籠に放り込まれたままだ。
「……先輩、シャワーありがとうございました」
「わー!ジャミル氏破廉恥でござる!」
本当にお湯でただ炭酸飲料を流しただけだったらしいジャミルが腰にタオルを一枚撒いただけの姿でひょっこりとバスルームの扉から顔を出すものだからイデアの方が慌ててしまう。汗をかく事の少ない陰キャはそんな軽率に肌を他人に晒したりはしない。自分の肌を晒さないというのはつまり他人の肌だって余り見慣れていないのだ。ジャミルが男だとわかっていても濡れた髪を張り付かせた湯気のぼる肌を見せられてはなんだかいけないものでも見ているような気分になってしまって思わず視線を背けながらジャージを押し付ける。
「これ!これ着ててくだされ!!昨日洗ったばかりなので!!!汚くないので!!!!!」
「わざわざそんな……寒く無いですし」
「目の毒なのでお願いだから着てください僕の胃が死ぬ!」
我ながら悲痛な声が上がり、はあ、と納得いってはいなさそうながらジャージが受け取られる。それからファスナーを下ろし衣擦れの音がする間、ジャミルに背を向けて縮こまる。もう一度ファスナーが上がる音がしたあとにふわりと暖かな湿気を纏った風が部屋の中を過った。
「着ました……けど」
おずおずとした声に、あまりに陰キャオタク丸出しの圧で黒ギャルを怯えさせてしまったと反省し謝罪しようと思いながら振り返るが、唇を開く前に眼に入った光景にイデアは目を見開いた。
「あの、……?」
騒ぎ立てたと思ったら今度はジャミルを凝視したまま動かなくなったイデアに戸惑った様子を見て何か言わねばと思うのだが口を開けば益々オタクの早口が飛び出してしまいそうで、んぐぅと喉が変な音を出すばかりですぐには言葉を紡げなかった。
普段からイデアも愛用し、同じ形を何着も持っているジャージをジャミルに渡した。身体にフィットさせず、だるだると余らせて着るのが好きな為にイデアでもオーバーサイズのものだ。それをイデアよりも小さいジャミルが着ればどうなるか。
「………彼ジャージ……」
「は?」
「今日も推しが尊い……」
「あの、先輩???」
きっちり首元までファスナーを上げているがサイズが大きすぎるせいで鎖骨がちらつき、肩の縫い目が二の腕の辺りまで落ちている。袖はなんとか指で押さえて手が隠れないようにしているが、逆に言えば指先しか見えずに完璧な萌え袖だし、裾は際どすぎず、長すぎず、膝上15センチ程の長さ。そして何よりも大きな服を着ているが為に必要以上に中身が細く華奢に見えるシルエット。
「……この感動を誰にどう伝えたら良いのか……」
「……喜んで頂けたのなら、別に良いんですけど」
「喜ぶ所の話じゃないですぞジャミル氏、今のジャミル氏は萌えの権化、その姿は数多のオタクが夢見る桃源郷……」
思わずまた早口が出てしまいそうになって慌てて口を噤む。イデアは決してジャミルをそういう目で見てはいないし感情も無い。陰キャオタクにも優しいパリピの黒ギャルとして推してはいるが、そこにやましいものは一切ない。アイドルと話しやすい後輩の丁度間くらいの存在だと思っている。アイドル程遠くから崇拝する訳でも無く、ただの後輩よりはその存在に萌えているだけだ。
「よくわからないんですけど、先輩はこれでモエルんですね?」
面白がるように笑ったジャミルが、萌え袖から少しだけ覗く指先が太腿を隠す裾を摘まんでぱたぱた揺らし、それからイデアを見上げてことりと首を傾ける。先程の魔法の風で乾いた黒髪がさらりと肩から滑り落ちる所まで完璧だった。
「はい……萌えます……萌えます……ありがとうございます……」
「足とか、女の子に見えるようなものでは無いと思うんですけど」
「オタクには脳内補完という高等技術があるので無問題ですぞ」
「はあ」
いまいち戸惑ったまま理解は出来ていない様子のジャミルだったが情緒不安定になっているイデアに対してそれほど拒絶反応を起こしていないのを見るとつい忘れかけていた欲がむくむくと頭を擡げる。常々リア充爆発しろ陰キャオタクは一人惨めに物陰に居るのがお似合いだと思ってはいても目の前にこんな手頃な三次元が居たら一度は体験してみたいと思ってしまう。
「じゃ、ジャミル氏……」
「はい?」
「その、あの、もし気持ち悪く無かったら彼女を連れ込んで家デート気分を味わってみたいというか……」
「家デート?」
「あ、いや、その、ええと、一瞬でいいので此処に座ってはくださらんか!!!!」
勢いのままにベッドを背凭れ代わりに腰を下ろし、どんと投げ出した足の太腿をべちべちと叩いてアピールする。ジャミルの顔は怖くて見れなかった。
「俺、結構重いですよ?」
「幸せの重みなのでご褒美です!!!!」
はあ、と先程から何度も聞いた溜息のような声が笑っていた。ドキドキしながら自分の太腿を見つめていれば、それじゃあ失礼します、と目の前にジャミルが立ち、イデアに背を向けるようにして足の上に腰を下ろす。重さを気にしているのか、少し腰を浮かせたまま耐えているその遠慮がもどかしく、ジャミルの腹に腕を回すと引き寄せるようにしてしっかりと座らせたのは殆ど反射的な物だった。
「おい此処に陰険蛇野郎は居るか!?」
疑似彼女との家デート気分を噛み締めようとした正にその時、勢いよく開けられた部屋の扉から現れたのはイデアが関わりたくないランキング上位に位置するレオナ・キングスカラー。推しを部屋に招き入れて鍵を閉めるのはなんだか変態のようでつい普段ならきっちり閉めている筈の鍵を開けっぱなしにしたのが仇になった。
「そんな人間居ませんそもそも此処はイデア先輩のお部屋ですよ?ノックも無しに扉を開けるような無礼な方はお引き取りください」
「あぁ!?テメェが俺との約束すっぽかすからわざわざ迎えに来てやったんだろうが!」
「俺は!暫く!アンタの顔は見たく無いって言っただろ!!!!」
「話が終わる前に逃げ出したのはテメェだろうが」
「話の通じない獣と交わす言葉なんて持ち合わせていませんから!」
ずかずかと勝手に部屋に入って来たレオナとぎゃんぎゃん喧嘩を始めるジャミルを抱えたままだらだらと冷や汗を流す置物になる事しか出来ないイデアは察した。
多分、拙者、今日、死ぬ。
というか、彼ピ持ちなら先に言ってくれ。

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