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空箱

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香水

夜のサバナクロー寮、寮長部屋。予定通りの時間に現れたのは嗅ぎ慣れぬ香りだった。一瞬身構えそうになるが、ベランダからジャミルが部屋へと入って来たのを見てほっと息を吐く。
「……なんだ、その匂い」
「ヴィル先輩に頂いたのでつけてみたんですが……嫌いですか?」
そのまま真っ直ぐにレオナの寝そべるベッドへと乗りあがり隣へと寝転がる身体を腕の中に収め、匂いの発生源の首筋へと顔を埋めて匂いを確かめる。まだつけたばかりだからか匂いは強いが苦になるような刺激臭はしない。水を思わせるような涼やかな花のような香り。ジャミル本人の香りとの相性も悪くなく、爽やかな印象の中に混ざる仄かな甘さが褥を誘うようで悪くない、と思う。ヴィルに貰った物というのは少々思う所が無い訳でも無いが、本人が好んで使っているのならば口を出すような事でもないだろう。
「……お前が気に入ってるのなら、良いんじゃねえの」
「良かった。この香り、俺のリクエストしたイメージを元に調合してもらったので世界に一つだけしかないんですよ」
「へえ」
「先輩も作ってもらいます?」
「いらねえよ」
「そう言うと思いました」
笑うジャミルを抱き締めて身を擦り付ければ互いの匂いが混ざり合う。レオナにはそれだけで十分だった。
その後もジャミルは世界で一つだけの香りとやらをいつも纏うようになった。最初こそ慣れない香りについ身構えていたものの、幾度も逢瀬を重ねればそれが当たり前になる。ジャミルの纏う香りが以前よりも強く長くレオナの部屋に残り、訪れる度に濃くなるようなそれはいつしかレオナの部屋に満ちていた。
元より二人の関係は隠している訳でも無ければ積極的に公表していた訳でも無かったが、ジャミルが時折レオナの残り香を纏わせるようになり、獣人の生徒にはこの男が誰の物であるか周知の事実だっただろう。だがそれはあくまで獣人の鼻の良さがあってこそであり、サバナクローでは暗黙の了解であってもただの人にはわからない程度の物だった筈だ。
だがジャミルが香水を使うようになってからは人の鼻でもレオナに残るジャミルの香りがわかるようになったらしい。
最初に気付いて声をかけてきたのはカリムだった。「ジャミルと同じ匂いがする」と、その理由に気付いているのかいないのかわからない顔で笑っていた。
次に声をかけてきたのはアズールだ。「その香水、ジャミルさんと同じものですか?」と二人の関係を知らないのかそれとも敢えてそ知らぬ振りをしているのかはわからないが顰めっ面をしていたので、羨ましいか?とからかって追い払ってやった。
その次にはハーツラビュルの一年。「てっきりジャミル先輩だと思って話しかけちゃったじゃないっすか!」と勝手に勘違いした上に人のせいにしてきたので軽く威嚇してやった。
そして今。
「あらレオナ、随分と良いパルファンを使っているじゃない」
授業の合間の休み時間、隣の席に腰を下ろしたヴィルが含みのある笑顔でレオナを見ていた。
「自画自賛か」
「そうよ、当たり前じゃない」
流石にこの男には多少噛みついたくらいでは揺らぎもしない。面倒な男に捕まったとは思うものの今更席を代る方が面倒だし、わざわざ背中を見せて逃げるのも癪だ。不躾なまでの視線を横顔に浴びながら素知らぬ顔で頬杖をついて授業の始まりを待つ。
「それにしても、あの子のセンスは悪くないのにこんなに趣味が悪いとは思わなかったわ」
「あ?」
「アンタが首輪を嵌められても文句言わずに大人しいのも驚きだけど」
「何の話だ」
そっぽを向いていようとお構いなしに訳のわからないことを言い始めるヴィルに不本意ながら顔を向ければ、中身とは裏腹に美しく整った顔がにこりと不穏に笑った。
「どう考えてもその香り、アンタの為に作られてるじゃない。マーキングされてるのよ、あの子に」

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