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空箱

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おやすみ三秒

「はたらきたくない」
「はあ」
突然ぽつりと落ちた声に、レオナはただ溜め息のような曖昧な相槌を打つことしか出来なかった。
「……それで、レザル地区復興の優先順位なんだが、」
「もう仕事の話は聞きたくない!嫌だ!」
何食わぬ顔で話を続けようとしたが、うわあんと可愛げもくそも無い泣き真似と共に腕を引かれてぬいぐるみのように抱き抱えられてしまった。椅子に座る兄と机の狭い隙間に無理矢理納められた身体があちこちにぶつかって痛い。
「毎日毎日仕事ばっかり!レオナが目の前にいるのに!」
「俺が嫌なら別の者と代わるが」
「そういう話じゃないのはわかってるだろう!」
もうやだあ、と嫁も子供もいる中年と呼んで良い歳に差し掛かる兄が嘆いた所で面倒臭いという感想しか浮かばない。逃げ出そうにも無駄にたくましい腕はがっちりとレオナを抱えてびくともせず、すんすんと髪に顔を埋めて項の匂いを嗅がれるがまま溜め息を吐く。
義姉が公務で国を長く空けている間に流行り病と異常気象による水害が同時に発生し、その対応で連日寝る間もない兄は確かに疲労のピークに達しているのだろう。一度心配した義姉が予定を切り上げて帰ろうかと兄に連絡してきた時はいかにも国王様らしく「国の事は私達に任せて君はどうか君にしか出来ない事を成して欲しい」と余裕の笑顔を浮かべて見せていたくせに、レオナと二人きりになるとこれだ。
「……なら、30分仮眠してこい」
「嫌だレオナを抱きたいもうこんなになってるんだ」
「疲れマラだろ寝れば治る」
「レオナ」
寝不足で熱い身体に抱え込まれ、尻に硬く昂った物をごりごりと押し付けられながら耳元で名前を呼ばれるとレオナまで妙な気分にさせられてしまいそうで、反射的に肘鉄を入れる。
「うっ……」
「わかってんだろ、そんな場合じゃ無いって」
うううと背後で恨めしげな呻き声が聞こえるがそれ以上の反論はなかった。
レオナが兄を支えるようになりもう何年経つだろうか。かつてはレオナの行く手を遮る強大な壁に見えた兄は、紆余曲折を経て相互理解を深めてしまった今ではレオナ以上の孤独を抱えた男でしかなかった。王になるには優しすぎて逃げ場所を見つけられなかった哀れな男。レオナに良く似た、たった一人の兄。
今のこの我儘だって決して本気で逃げたいわけではなく、ただほんの少しの息抜きに甘えてみせているだけだということもわかっている。わかっているからこそ、そっと嗜めることくらいしかできない。
「いいから、少し酒でも飲んで寝ろ」
「お酒は要らないから、このままこうして寝ても良いか?」
「……腕は動くようにしてくれ。書類の整理をしておくから」
「ありがとう」
レオナの腹に腕を回し直した兄が肩に額を乗せた、と思った頃にはすぅ、と穏やかな寝息に変わっていた。こんなところは腐っても兄弟なのだと思わず笑ってしまいながら、少しでも早く解決出来るようにとレオナは気合いを入れて書類の山へと視線を落とした。

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