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空箱

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余談

夕焼けの草原、王宮からそう離れていない市街地の外れにあるレオナの私宅、明るい陽射しが降り注ぐ中庭。緑溢れる景色の中、疎らに建てられたガゼボの中でも一番大きな屋根の下にレオナとジャミルは酒を片手に向かい合っていた。妻達は少し離れたガゼボで早くも意気投合したようにころころと笑い声を響かせながらお喋りに夢中になっているようだし、ジャミルの三人の子供達はレオナの人見知りをする内気な一人娘と仲良く遊んでいる。
久方ぶりの再会ならば積もる話もあるでしょうからと妻にこの場をセッティングされたのは良いが、お互い何をするでもなく、ただ二人の妻と子供達が穏やかに絆を紡いで行く様を眺めているだけだった。この暖かな時間をこうして共に過ごせるようになった事実に、言葉は無くとも大切な物を共有する幸福感で二人は満たされていた。
「……アサドの、名前なんですけどね」
鬼ごっこでも始めたのか、きゃあきゃあと歓声を上げ走り回る子供を眺めながら先にぽつりと唇を開いたのはジャミルだった。アサドは確かジャミルの長男の名だっただろうか。最初の鬼役となった彼は随分と上手に手加減してやりながら追いかけているようだ。本気を出せば一瞬で全員捕まえてしまいそうな走りを見せるくせに、いつもギリギリの所で捕まえ損ねて見せている。
「俺の国の言葉で、獅子って意味なんですよ」
穏やかに放れた矢は確かにレオナに突き刺さった。口に運ぼうとしていたグラスを止め、ぱちりと瞬いてから口角を吊り上げる。
「未練か?」
「全く無かったとは言えませんけど」
そう言って笑いながらレオナを見たジャミルの瞳には、かつてのような情熱は宿っていない。
「貴方のような、立派な方になって欲しいという願いを込めてお名前を頂きました」
あまりにも真っ直ぐに、何の裏も感じさせない顔でジャミルが笑うものだから、柄にも無くレオナははにかみ、誤魔化すようにグラスへと口をつける。
「……反抗期にどうなっても責任取れねえぞ」
「あっは、流石に俺も二十歳まで反抗期やって欲しいとは思いませんけど」
「うるせえな」
「でも、貴方に憧れていたのも事実ですから」
「……そうかよ」
誰よりもレオナを知り、妻ですら知らないレオナの弱さを唯一知るジャミルがそんなことを言うのは物好きだと思いながらも悪い気はしない。
だがそんな話を聞いてしまっては、レオナもジャミルに伝えなければならない話がある。
「……クロエの名前の意味、知ってるか」
少し前に六歳になったばかりのレオナの娘の名前。まさか、と目を見開いたジャミルに肯定するようにレオナは頷いた。
「大雑把に言えば、美しいという意味だ」
「アンタ俺の名前の意味知ってたのか」
「王族を舐めるな」
「だからって子供につけなくても良いだろ」
「どの口が言う」
「だって、俺は、先輩に甘えてばかりで……」
「そうだな、細君を迎えるまでは俺以外に甘えることも知らねえで、それでも強く美しく生きてたよな」
「……先輩これ結構恥ずかしいんですけど」
「安心しろ、俺もついさっき味わったから知ってる」
恥じ入るように目線をグラスへと落とし、ふふ、と笑うジャミルの肌がほんのりと色付いていた。それを美しいとは思っても、もう焦がれるような衝動に支配されるような事はない。そのことを寂しく思うことすら無くなった。
ジャミルとはきっとこれからもこうして家族を引き連れて交遊を深めて行くだろう。かつての先輩、後輩として。かけがえの無い友として。
常に夜だった夢の中とは違い、現実は明るい陽射しに満ちていた。

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