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空箱

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「海!!!」
「うみい!!!!」
車から降りた途端に駆けだそうとする兄妹を辛うじてレオナが小脇に抱え上げたのを確認しながらトランクから荷物を引きずりだす。昼ご飯を詰め込んだクーラーボックス、着替えやその他雑多な荷物を四人分詰め込んだ為にパンパンに張りつめた大きなカバン、それからテントや遊具が入った袋。本来ならレオナにも持ってもらう筈だったのだがレオナの両手は初めての海にはしゃぐ子供で埋まってしまった。仕方なく一人でこれを全て持つにはどうすれば効率が良いかと頭を悩ませていると横から伸びた腕が一番重いクーラーボックスを攫って行く。腕の持ち主を見れば兄のアサドを肩の上に乗せたレオナが空いた腕にクーラーボックスを担ぎながら笑っていた。
「それも持つか?」
それ、と手にしていた大きなカバンを指差されて慌てて首を振る。
「後は大丈夫です。それより転ばないでください」
ああ、と機嫌良く答えたレオナが歩き出すのを見送りながら、ジャミルも荷物を担ぎ、戸締りをした事を確認してから歩き出す。
雲一つない空、真っ白な砂浜、そして何処までも青く続く海。諸外国からも観光地として人気の高いビーチは見慣れた筈のジャミルですら浮足立つような高揚を覚えた。子供達に至ってはレオナの肩の上と腕の中でじたばたと暴れていると形容するに相応しいくらいに全身で興奮を表していた。その姿に思わず笑いを誘われながら、適当な場所を確保するとレオナの荷物だけ預かり、波打ち際へと送り出す。砂浜へと下ろされた子供たちが歓声を上げながら一目散に走りだして行く背中をゆったりと大股で歩くレオナが追いかける、その大小三つの背中が齎す満ち足りた気持ちをジャミルはひっそりと噛み締めた。
全員車の中で着替えているからそれは良いとして、興奮のままに海を味わった後には遊具が欲しいと強請られるのだろう。寛ぐための拠点の設営をしたいのも山々だが、取り急ぎ必要になりそうな子供用の浮き輪を二つ、足踏みポンプで膨らませる。ちらと波打ち際を見やれば三人が仲良く水を掛け合っては笑っていた。アサドがレオナに波の中へと放り上げられた時は一瞬ひやりとしたが、引いた波から顔を出した顔はこれ以上ないくらいに満面の笑顔を浮かべて楽しそうにしていたので息を吐く。妹のクロエもそれを見てはレオナに強請り、放り投げられていたが先程よりも随分と手加減して投げられているのを見て任せておいて大丈夫だろうと作業へと戻る。浮き輪の後はエアーで浮くボートとボール。とりあえずこれだけあれば十分だろう。
休む為のテントを立て、その隣には四人で座ってもまだ十分なスペースがあるレジャーシートに日よけのパラソル。全てを組み上げ切った頃にようやく三人は帰って来た。既に全身水浸しとなり、折角出掛ける前に綺麗に結い上げてやった筈のクロエの髪もボロボロになっており、どれだけはしゃいでいたのかがわかる姿に思わず唇が緩む。
「まま、髪なおして!」
「はいはい」
ジャミルの足の間に背中を向けて座り込んだクロエの髪を解き直してやる間、レオナはクーラーボックスから飲み物を取り出して兄妹に与えていた。会社では有能ではあるが扱い難い所のあるこの男の子煩悩な姿を見たら部下たちは倒れるのではないかと一人想像しては笑う。
細く濡れた子供の髪を再び複雑な形に結い上げるのは諦め、邪魔にならないようにと簡単にまとめてやった頃にその扱い難い男もまたジャミルの傍に背を向けてどさりと腰を下ろしていた。
「まま、髪なおして」
クロエの台詞を真似る、笑いを滲ませた大人の男の声。ふは、と思わず吹き出してしまいながらもジャミルよりも高い位置にある髪へと手を伸ばす。緩やかなウェーブを描いていた筈の髪は、海水を含んでべったりと肌に張り付いていた。
「俺、こんな大きな子供産んだ覚えないんですけどね」
「コイツらは一回しか通って無い場所を何度も通ってんだ。産んだようなモンだろ」
「下ネタは止めろ」
咎めるように一度ぺしっと背中を叩き、張り付いた髪を集めて背中で一つにまとめてやる。留めるヘアゴムがクロエ用の可愛らしいリボンがついた物なのは不可抗力だ。それしか持っていなかったのだから仕方ない。
「ぱぱ、おそろい」
だが目ざとく見つけたクロエが髪留めを見て嬉しそうに笑ったのを見て、自分の状態を知ったレオナが半目でジャミルを振り返るが、肩を竦めて見せればそれ以上何も言えないようで不服げにしながらも文句は上がらなかった。
「ねえ、今度はママも行こう!海気持ち良いよ!」
待ちきれないとばかりにジャミルの手を取ったアサドがぐいぐい引っ張りながら立ち上がる。それに仕方ないな、という態度を取りながらも漸くジャミルも海に入れると心が浮ついていた。
水分は取らせた、風に飛びそうな荷物はテントの中に仕舞ってあるし、貴重品は防水のウエストポーチに全てしまってある。開いている手はクロエが取り、そしてそのクロエの反対側の手をレオナが取り、皆で揃って立ち上がる。
アサドと、クロエと。そしてレオナと目を合わせて、ふと、笑いが漏れる。
駆けだしたのは全員一緒だった。自分が一番だと言わんばかりのアサドより一歩後ろをついて行きながら、レオナとの間に挟んだクロエを腕の力だけで持ち上げて一気に波打ち際へと突き進んで行く。
「「「「海だーーーーーーーーーーーー!!!!」」」」

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