忍者ブログ

空箱

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

欲しいのは

「誕生日だったんだろ。何か望みはあるか?」
今日誘われたのは偶然だと思っていた。部活も授業も無い土曜日の夜に誘われるのは良くあることだったし、この怠惰な王様が他人の誕生日を気にかけることがあるという可能性すら考えていなかった。遠慮無く乗り上がったベッドの上、腕の中に引きずり込まれるまま共に横になる。
「知ってたんですね、俺の誕生日」
「俺の誕生日に上等な贈り物をもらったからな」
「喜んでいただけたら何よりですけど、そんな気を使って頂くような大層なものでは……」
「俺が返してえって思ったんだから良いだろ」
はあ、と思わず返事が曖昧になってしまうのは仕方無いだろう。何せレオナの誕生日にプレゼントとしてあげたのは来年もレオナの誕生日を祝うことだけだ。それも、盛大に宴を開けとかいう話ではなく、メッセージの一つでも送れば良いと言うもの。たかがそれだけの事の礼に何をねだれば良いと言うのか。
「なんか無ぇのか?」
「そう、言われましても……真似するわけじゃないですけど、来年お祝いメッセージをもらう、とか?」
「そっちじゃねえよ」
目の前でレオナの大きな口が空いた、と思った時にはかぷりと鼻先が甘く噛まれた。痛いという程では無いが、じゃれるにしては刺激が強い。それからごろりとのし掛かられて押し潰される。
「先輩、苦しいです……」
「少し大人しく八つ当たりされろ」
「何でですか」
「言ってもお前には理解出来ねぇだろうよ」
まるで頭が悪いとでも言うような台詞に流石に眉を潜めると、レオナは一つ息を吐き出してジャミルの顔の横に手をつき身を起こした。
「お前をもらったから、俺をやろうと思ったんだよ。ありがたくもらっとけ」
ああそっちか、と思わず口にしかけて止める。モノ自体はジャミルだが差出人はラギーなのだからお返しをするならそちらに、と思わなくもないが、多分、口にしない方が良いのだろう。何処か拗ねているにも似た年上の男の顔色をこれ以上悪くさせることもない。
だがそれは同時に断る言い訳も失うということだ。
「それなら、ありがたく頂きますけど……」
そう口にしながらそっと首筋に腕を絡めれば少しだけ機嫌を取り戻した様子のレオナがジャミルの首筋に顔を埋めるようにして懐いた。ぎゅうと抱き締められると何処か甘えられているようでこそばゆい。ふわふわの髪に埋もれて匂いも温もりもレオナに包まれる。
「なんか、無ぇのか。いつも通りににするのでも構わねぇが」
「そうですねえ……」
ジャミルがレオナに求めるものはそう多くない。レオナの都合がつく時に、ほんの少しの癒しをくれればそれだけで満足なのだし、それ以上を求めたら辛くなるのは自分だけだとわかっている。そもそもがレオナの気紛れにこれ幸いと乗っかり益を得ているだけで、ジャミルからレオナに求めるということすら余り考えた事が無かった。
「何なら傅いてご主人様と呼んでやろうか?」
「止めてくださいそんなのアンタには似合わない」
想像するのすら脳が拒否してしまい、思いの外、強い声が出る。それの何が良かったのかはわからないが、圧し掛かる体重がくつくつと笑いに震えていた。
「……そうかよ」
「それに、傅いてご主人様と呼ぶ事以外に何も出来やしないでしょう、どうせ」
「請われればお前の為に努力くらいはしてやるさ」
「先輩が無様に失敗する所も見たくないんで結構です」
レオナがジャミルに傅くくらいなら、いっそジャミルがレオナの従者気取りで世話を焼いた方がずっと気楽だ。
と、そこまで考えて思いつく。
「……それじゃあ、先輩のお手入れさせてください」
「手入れ?」
「先輩、お肌とか髪の手入れ碌にしないでしょう?一度、やってみたかったんですよね」
「お前が望むなら、構わねぇが」
「ちょっと匂いの強い物も使うと思うんですけど、大丈夫ですか?」
「好きにしろよ。今日の俺はお前のモンだ」
顔を起こしたレオナに触れるだけの口付けを唇に落とされて、身体が解放される。離れてしまった温もりを名残惜しいと思う気持ちが無い訳ではないが、早くも目の前に男を好きに出来る権利を得て、心は浮足立っていた。
「それじゃあ、いったん寮に戻って色々持ってきますね」
寮長部屋に備え付けられたシャワールーム。普段は全く湯を張る事も無いのだろう干からびた猫足のバスタブにはアロマオイルの仄かな香りを漂わせる湯が満たされ、色とりどりの花が浮かべられていた。その中に浸かるレオナは産まれたままの姿で、ジャミルは借りたレオナのTシャツと下着一枚でバスタブの外に持ち込んだ椅子を置いて座る。
「湯加減はどうですか?」
「丁度良い」
「それじゃあ、こちらに頭を乗せてください」
バスタブに寄りかかったレオナが指示されるままに縁へと後頭部を預ける。天井を仰ぐ顔がとろりと微睡むように緩んでいた。上から覗き込むジャミルと目が合うとふわりと穏やかな笑みが広がり、思わず直視出来ずに視線を反らしてシャワーヘッドを取り、お湯の温度を調整してからレオナの髪へと当てる。癖のある髪は触り慣れたジャミルの直毛とは違い、丁寧に扱わなければすぐに引っ掻けてしまいそうだった。頭皮にまでお湯が染み渡るように髪に差し入れた指先に神経を集中させて静かに濡らして行く。頭頂部にシャワーが近付くとぴくぴくと毛に覆われた耳が震え、ぺたりと伏せられるのを見るとついその可愛らしさに唇が緩む。
「……耳にお湯掛かるの、嫌ですか?」
「いや。お前の指が気持ち良い」
「……そうですか」
誉められれば悪い気はしない。耳に湯が入らないように気を使いながらしっかりと全体を濡らし、足元に持ち込んだボトルからシャンプーを掌に取って泡立ててから髪へと塗り込んで行く。すぐにふわふわと泡立つ髪を揉み込み、形の良い頭の形をマッサージするように両手で洗っていると溜め息のような吐息がレオナから漏れていた。
「……慣れてんな」
「……そうですか?」
「いつもやってんのか」
「いえ、初めてです」
驚いたようにエメラルドが見開かれるのが心地好い。それだけ気持ち良いと思ってくれているということだろう。
「それにしちゃ上手いな。雇いたいくらいだ」
「またお手入れさせてくれるってことですか?」
「気が向いたらな」
全体を洗い終えたら再びシャワーをあててシャンプーを流し、軽く絞ってから今度はトリートメントを手に取る。少しだけ匂いが強いものだから嫌がるだろうかと様子を伺うが、じっと楽しげにジャミルを見上げる視線と真正面からぶつかってしまい、再び手元へと視線を落として髪にトリートメントを染み込ませる作業に戻る。
「……そもそも毎日あれだけべったり他人の世話焼いてる癖に良く違う男の世話まで焼く気になるな」
「あれは仕事です。今はプライベートなので」
「やることは変わらんだろ」
「全然違いますよ。カリムはアジームの嫡男として常に細心の注意を払って身の回りの世話をしなければならないですけど、今は好みの男を自分好みに仕立て上げてるだけですから」
「……っふ、」
突然吹き出すようにレオナが笑うので、トリートメントを流すべく近付けていたシャワーを止める。
「っくく、いや、何でもない。お前が楽しんでるなら良い」
「気になるんですけど」
「お前の可愛さに打ちのめされていただけだ」
「そんなにやけた顔で言われましても」
すっかり指通りの良くなった髪を少し乱雑にぐしゃぐしゃとかき混ぜてトリートメントを流してもレオナは楽しげに笑っているだけだった。
バスタブの中で髪を洗い、体を洗い、仕上げにローションを肌に染み込ませてからぴかぴかになったレオナの全身の水気を拭き取り、その後は裸のままベッドへと座らせて更に顔はパックを貼り、体には部分ごとに分けて保湿クリームを塗りながら各種マッサージも施す。顔を白いパックに覆われたレオナは物言いたげな顔をしながらも大人しくジャミルのされるがままになっていた。肌の手入れが終われば今度は髪。軽くタオルドライをした後に違う種類のトリートメントを塗り込んでからドライヤー。余計な水分が乾かされ、ふわふわと緩やかなウェーブを描く髪は指を差し入れてもするりと逃げて行く程に艶やかになっており、密かな達成感に頬が緩む。それから艶が出るまで爪にヤスリをかけ、オイルを塗り、甘皮の処理まで施した所でふと時計を見ると深夜と言えるような時間になっていた。大人しくジャミルのすることを眺めていたレオナの瞼も眠たげに瞼が重くなっている。
「……すみません、はしゃぎすぎましたね」
「いや。……満足したのか」
「楽しませていただきましたよ」
「なら、良い」
ん、と。レオナが両腕を広げていた。満たされたのはジャミルの方だと言うのに、眠たげだが満足しているようなエメラルドがジャミルを真っ直ぐに捉えて微笑んでいた。腕の中にジャミルが収まると信じて疑いすらしない顔をされてしまっては行かないという選択肢はない。何故か気恥しさを感じながらもおずおずとレオナへと近づけば少し体温の上がった腕が背中に絡みつき、まるで人形のように抱え込まれてベッドへと倒れ込む。常よりもすべらかで張りのある肌も、さらりとジャミルの顔の上に零れ落ちる艶やかな髪も、全部ジャミルの手によるものだと思うと唇が緩むのを止められない。ぎゅうと力一杯抱き締めてジャミルの手で美しくなった男の感触を全身で味わう。普段、レオナの匂いしか感じられない肌が華やかな香りに包まれているのだけが、少しだけ残念だった。
「……テメェ好みになった所で存分に抱いてやりてぇ所だが」
低く、覇気の無い声は今にも眠ってしまいそうだった。もぞりもぞりと寝心地が良い場所を探すように身動ぎ、足が尻尾が絡みついて、眠る直前の熱い体温がジャミルを包んでいた。
「眠いんでしょう、良いですよ、満足しましたから」
「続きは、起きてからな」
言うなり頭の上で安らかな寝息へと変わって行く呼吸に思わず笑いを誘われながらジャミルも瞼を伏せる。誕生日は終わってしまったが、明日もまだレオナはジャミルの物で居てくれるらしい。まだしばらく眠れる気はしなかったが、レオナに包まれて幸せを噛み締める時間が、酷く大切な物に思えた。

拍手[0回]

PR

comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]