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乙女心は複雑怪奇

第二学年一斉性転換授業。
一週間もの間、性別を入れ替え効果を維持し続ける薬を作る大がかりな錬金学の授業と、その薬を実際に使用し自分自身が女性の身体になる事によって性別による心身の違いや仕組みを理解する保健の授業をまとめて行う恒例行事。レオナも二年生の時にやった覚えはある。身体は縮み筋力は落ち、そのくせ胸には馬鹿みたいに大きな脂肪の塊がぶら下がっていて邪魔な事この上無かった。同学年が皆女性の身体になるのはそれなりに目の保養にはなったが、自分の身体が女性になった所で、初日で楽しむよりも面倒臭さの方が上回ってしまった覚えがある。
今年もその授業が行われる季節になったのだという事に気付いたのは一日の授業が終わる時間になり、部活が始まる事を告げにラギーが植物園までレオナを起こしにやって来た時だった。これだけはぴったりと身の丈にあったサイズの物を着ていた筈の運動着をだぼだぼに余らせ、そのくせ胸ばかりはファスナーが閉まり切らない程の脂肪を生やし、元より童顔だった顔に更に甘さを纏わせたラギーが傍にちょこんと腰を下ろして小首を傾げる姿は男ならば誰しも心奪われる事だろう。
「どうっスか俺の女の子の姿!かわいいーでしょ!」
「もうそんな時期か」
「前のミーティングの時にもちょろっとその話した筈なんスけどね」
レオナさん居ませんでしたっけ?いや寝てましたね、等と言っては笑うラギーの声もすっかり女の高さになっていた。
「……お前、そのナリで変な金稼ぎしようとするんじゃねえぞ」
「さすがにしないっスよ!上手くやれる気がしねえっス」
「ならいい」
「でも珍しく俺のバイトに口出して来るって事は、レオナさんから見ても俺って可愛いです?」
「貞操の心配してやる程度にはな」
「そこまで認めてもらえると逆に怖いっスね!」
大人しくしとこ、と素直に頷く姿を横目に身体を起こし、立ち上がる。いつから眠っていたかは定かでは無いが、寝起きの身体はそこら中が固まっていた。欠伸と共に軽く伸びを一つ、そうして傍らに立ちあがったラギーを見て思わず固まる。
「…………随分、縮んだな」
「レオナさんめちゃくちゃでかくてやだああ!」
「お前、本当に襲われないように気をつけろよ……」
以前からレオナの方が大きかったが、今のラギーはレオナの胸元辺りまでしか身長が無かった。サバナクローにおいて、レオナは決して身長が大きい方ではない。つまり今のラギーは大抵の寮内の男達に片腕で簡単にさらってしまえる程に小さかった。そのくせしっかりと男を誘うような女の体つきをしているのだからたちが悪い。いくら弱肉強食を謳っていたとしても、流石にこの姿のラギーが哀れな目に合うのは気が引ける。女性を敬う精神が根付いている者が殆んどである筈だが、若い性欲の前に我を忘れる者が居ないとも限らない。
「……とりあえず、俺の匂いでもつけておけ」
「お父さんお母さんごめんなさい、俺、大人の階段上ります……」
「そこまで手ぇ出すつもりはねえよ」
わかってるっスよお、と耳をぺたりと下げたラギーを腕の中に抱え込み、頬にこめかみにと顎の下を擦り付け、衣服を擦り合わせるようにして匂いを移す。華奢で小さな女の身体。丁度腹の辺りに当たる柔らかな感触につい手を出したくなってしまう気持ちを見ない振りで、ただレオナの匂いを纏わせる事だけに集中する。
人間には効果が無いかもしれないが、本能に忠実に生きる獣人の脳筋達にはそれなりに効果があるだろう。
部活はすぐ傍に元は男とは言えど女子がいることに浮き足立つ者が多かったものの、特に問題が起こることもなく無事に終わった。ラギー以外の二年生も、男の時とさほど変わらない姿のものから驚く程に女らしく変化したものまで様々で、そういえばジャミルも二年生だったことを思い出す。
恋人、とまでは行かずともそれなりの想いを抱く相手であり、時には身体を重ねる事もある男。彼も女性の身体になっているのなら見てみたいと想うのは当然の欲求であり、誘えばいつものように気軽に会いに来るものだと思っていた。
だが部活を終えた直後に送った誘いのメッセージは既読済みの印は付いた物の返事が返って来ない。ハーツラビュルのスマホ中毒とは違い、あまりスマホを見ないらしいことは知っていたからその日はさほど気にすることも無く眠りについたが、次の日になっても、さらに次の日になっても返事は無い。それなら学園内で直接会えば良いと思ったが、以前なら一日に一度くらいは何処かで姿を見かけた気がするのに影すら捕まえられない。
更にその次の日になってようやく「暫く忙しいので会いに行けません」というメッセージが帰って来た頃には、ジャミルが明確な意思を持ってレオナを避けていることは理解した。
優しい男なら、此処で何かしらの事情があるのだろうと言われるがまま大人しく指を咥えて待ってやるのだろう。
だが生憎とレオナは優しい男では無い。むしろ逃げられると追いたくなる獣人だ。欲しいものは自分で狩るものだと産まれた時から身に染み着いている。
普段、手を伸ばせばいとも簡単にジャミル自身を差し出して来るような男がこれだけ逃げる理由だって気になる。わからないものは納得出来るまで突き詰めたい。
放課後の体育館前。少し早めに本日の部活を終えた足でやってきたその場所では丁度部活を終えたバスケ部員たちが出てくる所だった。性転換に伴い体格が変わり、制服のサイズが合わなくなる生徒が多い為、この時期の二年生は運動をする時以外でもある程度サイズの応用が利く運動着を着ることが許されているが、数人の部員らしき制服に囲まれて出てきたジャミルは性転換授業の真っ最中だという証のような運動着では無く制服を着ていた。それどころか多少サイズが小さくなっているような気はするが男の身体の時とさほど違いが無いようにすら見える。授業の事を知らなければ性転換では無く、若返りの薬でも飲んだのではないかと思ってしまうような。
そっと背後から忍び寄り、ジャミルの二の腕を掴む。硬めの生地に守られたそこは見た目よりもずっと細く華奢だった。
「――!!」
息を呑み振り返ったジャミルがレオナを見上げ、そうして常よりも大きくなった目を見開き、はく、と唇が何かを言おうとしたのか動き、そして何も紡がぬままにきゅっと結ばれていった。そのことを不審に思いつつもにやりと口角を上げてやる。
「よお」
「………」
再び唇が開かれるが、何も言葉を紡がぬままに助けを求めるように視線が辺りを彷徨う。だが同じようにレオナも辺りへと睨みを効かせてやれば何事かと見守っていた周囲の人間は皆蜘蛛の子を散らすように逃げて行ってしまい、二人だけが取り残された。
「取って食おうってんじゃねえんだ、大人しくツラ貸せよ」
レオナの手を振りほどこうとか弱い力で藻掻いてはいるもののジャミルからの返事はない。以前からレオナには歯に衣着せずに言いたい放題言い放つジャミルが一言も発しない姿は明らかに異常だが、色の濃い肌でもわかる程に肌を赤らめて悔し気にレオナを睨む姿は悪く無いと思う。男の姿をしている時には滅多に見れない顔だ。
「とりあえず、場所を変えるぞ」
いとも簡単に片腕で抱え上げられた身体は軽い。ジャミルは未だにじたばたと暴れてはいたが、絶対に離すつもりがない事を示すようにしっかりと背と尻を両手で抱えてやれば諦めたように大人しく体重が預けられた。代わりに無言で八つ当たりのように一度拳で胸元を叩かれるも、驚く程、痛くない。自分でもその威力の無さに気付いたのか一度叩いたきり、不貞腐れたように首にしがみつく様には思わず口元が緩む。
制服で隠されていたが抱いてしまえば華奢で骨っぽい身体の感触が直に伝わる。ぺたりと合わさった胸には欠片も膨らみを感じないし、男の時と変わらない所か筋肉が削げ落ちて更に小さくなったのではないかと思うような尻。顔は多少、女らしく丸く骨っぽさが抜けた気はするが、元々中性的な顔立ちをしていた為か男だと言われても余り違和感は無いと思われる。
予想していた姿とは違ったが、これはこれでジャミルらしい気もする。羞恥心があるのか特徴的なフードをすっぽりと被られてしまえばなおのこと。
場所を変えると言っても適当な場所が思い付かず、ジャミルを抱えたまま寮に戻る。すれ違ったラギーに「ついに捕まっちゃったんスねジャミルくんご愁傷さま」と一瞬で正体に気付かれていたのに思わず笑うとまた胸元をどんと拳で一度叩かれた。喋らない代わりに今日のジャミルはずいぶんと手が早い。
レオナの部屋にようやく辿り着いた頃にはさすがに軽いとは言えど人を一人抱えて来ただけあってそれなりに疲れていた。ジャミルを腕に抱えたままベッドへと腰を下ろして膝の上に乗せる。
「……で?お姫様はなんで頑なに声を聞かせてくれねえんだ?」
ジャミルとわかっていても腕の中の華奢な身体をいつものように乱雑に扱う気にはなれなかった。だが揶揄ってやりたい気持ちは勿論、ある。レオナの肩に顔を埋めてぴくりとも動かないのを良いことに、そっとフードを外して、露わになった薄い耳朶を食む。
「お喋りするより鳴かされてぇって言うならご期待に答えてやるが?」
ひんやりした耳朶を舐り、声で擽ってやればびくりと肩が跳ね、渋々といった態でようやくレオナを見上げたジャミルの顔がわかりやすく困っていた。男の頃よりも幼い顔が、常ならば人を食ったような笑みを浮かべている顔が、今にも泣き出しそうな顔でレオナを見上げていた。はく、と唇を何度か動かし、視線をさ迷わせ、それから腹を括ったように俯く。
「きょ、今日はダメ……です……」
一瞬、実家の煩わしい毛玉が喋ったのかと思った。それ程に、胸元からぽそぽそと聞こえた声が幼子のように高い。なるほど、だからずっと声を出すことを躊躇っていたのかと理解する。
「あ?聞こえねえな?」
「今日は!駄目です!」
つい意地悪く問い返せば真っ赤になった顔をあげたジャミルが幼女のような甘く高い声で叫ぶ。レオナを睨む目には涙が溜まっていた。か弱い女の顔。まさかこの男が性転換薬くらいでこんな姿を見せるとは思ってもみなかった。唇が笑みに歪んでしまうのを止められない。
「何故」
「あ……う……カリムの夕飯の支度がまだ……」
「ホリデー後からは夕飯作りは寮生に任せてお前は毒味しかしていないと言って無かったか?」
あからさまに嘘とわかるような言い訳しか出来なくなっているジャミルをそっとベッドへと押し倒す。同意も無く無理矢理抱く気はないが、多少脅して揶揄うくらいならば許されるだろう。ジャミルに理由も知らされずに暫く避けられていたという事実はそれなりにレオナの心を騒がせたのだからこれくらいの報復は可愛いものだ。
「ひ、人と待ち合わせが……」
「誰だよ?連絡してやる」
逃げようとする身体に体重をかけてのし掛かり、ジャケットの下に着込んだパーカーの裾から指先を忍ばせて薄っぺらくしっとりとした腹を撫でると慌てたようにジャミルの細い指先が布越しにレオナの手を押さえ付けた。
「け、毛の処理してないから駄目です!」
「前から剃ってない方が良いって言ってるだろうが。むしろ喜ばしいが?」
「俺は嫌だって前から言ってるだろ!」
ぼろりと。ついに溢れた涙が一筋ジャミルの頬を伝い、それが切欠になったようにふええ、と本格的に泣き始めるジャミルにさすがにレオナも慌てた。普段、一を言えば百の嫌味で返してくるような男が。誰よりも人に弱みを見せる事を厭う男が。
「……悪かった。揶揄い過ぎた」
大人しく引き際を見誤った事を謝り、ジャミルを抱え込んで隣に寝そべる。素直に肩に顔を埋めてぐすぐすと泣くジャミルの頭を撫でて一つ息を吐きだした。男性よりも女性の身体の方が感情に引き摺られやすいとは聞いていたが、ジャミルがこれほどまでに変わってしまうとは思ってもいなかった。普段からこれだけ素直ならばもっと可愛がりようもあるというのに、あの澄ましたツラの下にこれだけ豊かな感情を抑え込んでいたのかと思うと変に保護欲が刺激される。
「……ッだから、会いたくなかったんです……」
涙に濡れた声が恨み言めいていた。
「こんな、これくらいで泣くとか、本当嫌だ……」
「俺は良いモン見れたがな」
「趣味が悪い……っ」
「散々焦らされたからなあ?」
「それは、……っ」
「それは?」
すんすんと鼻を鳴らしながらも少し落ち着いたようなのを見計らって顔を覗き込めば再び視線が彷徨うが、すぐに諦めて涙に溶けた瞳がレオナを見上げた。
「先輩、肉付きの良い女性が好みでしょう?」
「好みはな」
「俺、こんな身体にしかなれなかったし……」
「好みだからお前を抱いてると思ってたのか?」
「そういうわけじゃないですけど……」
「なんならこのまま堪能してやっても構わんが」
「それは、……今日は駄目です」
「わかってる」
同意が得られたら今すぐにでもというのは嘘では無いが、今日は約束も無しに無理に此処まで攫って来てしまったのだから致し方ないだろう。涙の名残を引きずりつつもようやく冷静さを取り戻したらしいジャミルを抱き締めればそっと細い腕が背へと回されたのでそれで良しとする。明確な答えをもらったわけでは無いが、何かあってレオナを避けていたわけではなく、単純に本人の羞恥心なりプライドなりが邪魔をしたのだろうという事は察した。もしかしたらレオナの一番傍にいるラギーがよりにもよってあれだけ女性らしい身体になっているのも一因かもしれない。
「……先輩は、その、本当に今の俺としたいです?」
「お前にその気があればな」
もぞりとジャミルが身動ぎ、手を取られるとジャミルの胸へとぺたりと掌を押し付けさせられる。掌に感じられるのは布越しの華奢なあばら骨の感触。柔らかさの欠片も無く、ただぷくりと先端だけが膨らんだ感触が布越しに触れていた。
「……こんな、身体ですけど、」
「お前はそろそろ何で俺が毎度せっせと呼び出してるか、ちゃんと理由を考えるべきだな」
申し訳なさそうなジャミルにはもはや笑う事しか出来ない。レオナがこれだけわかりやすく態度に出してやっているのに一切伝わらない所をつい面白がってしまい、あえて明確に言語化して来なかったとは言えどこれは流石に鈍すぎるだろう。きっとこうしてヒントを投げてやった所でジャミルの思考はレオナの考え付かない所を彷徨って訳の分からない答えを弾きだしているに違いない。
「ジャミル、お前の処女、寄越せよ」
「は、……」
ぽかんとレオナを見上げた顔が、じわじわとまた赤みを帯びて行く。無理強いをする気はない。だがこの分ならばきっとなんだかんだジャミルは頷くだろう。
そろそろ決定的な言葉でもってジャミルを仕留めて良い頃合いなのかもしれない。その時ジャミルはどんな顔をするのだろうか。

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