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空箱

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結局、メッセージを送る事は一度も無かった

「そういやあ、ジャミルくん、レオナさんの誕生日はどうするんっスか?」
週末の穏やかな昼下がり。減って来ていた日用品のストックを買い足しておこうと出向いた購買でラギーと会い、買い物を済ませた後はなんとなく二人連れ立って鏡の間へと戻る所だった。
「どう、も何も。いつなんだ?」
「え、そこからっスか!?明日っスよ!」
明日。週の初めだから部活の朝練は無くて、放課後は部活があるもののそれ以外の用事が無かった筈。ついそこまで脳内で確認してしまってから、別に宴を開くわけでもあるまいしジャミルの身体が空いているかどうかは関係無かったと気付くが、それならば何故わざわざラギーは聞いて来たのかと首を傾げる。
「誕生日って、何かした方が良いのか?」
「え、マジで言ってるんスか?……カリムくんとか、宴だー!って騒いでそうなのに」
「カリムの時は勿論、盛大な宴が催されるが……俺は裏方で駆け回る事になるからいまいち祝っているという気分では無かったな」
「個人的にお祝いのプレゼントあげたり……とかも?」
「アレに、俺から物を贈る意味、あるか?」
「ええ~……そういうんじゃなくて……じゃあ、逆にカリムくんからもらったりは?」
「毎年、何か色々貰ってはいる気がするが、全部カリムの宝物庫に放り込んでいるからなんとも」
「ジャミルくんひっどい!」
げらげらと笑い出したラギーに、何故そんなに笑われるのかもわからず、だが聞いた所でいまいちピンと来ないだろう事はなんとなく察して黙っておく。
「まあ、レオナさんもそういうトコあるっスけどね」
「そうなのか?」
「去年、王宮からお誕生日プレゼントが届いたんスけど、中身の確認もしないで俺に投げ渡して来たんスよ、あの人」
「要らないって?」
「そう!売るなり焼くなり好きにしろ!って。酷い男っスよねえ」
「じゃあ、尚更、誕生日なんてどうでも良いんじゃないのか?」
「っはー!やっぱわかってねぇっスよジャミルくん!」
大袈裟なくらい大きな溜息をついて、ラギーの眠そうな目がじっとりとジャミルを見た。だがその口元は明らかに面白がっているようで、つい身構えてしまう。
レオナの身の回りの世話を焼くラギーは、レオナとジャミルの関係にいち早く気付いた男だ。友人とも、恋人ともつかない曖昧な関係の二人を茶化しつつもそれとなくフォローし、二人きりで居られる時間を作ってくれる大事な協力者でもある。一国の王子と、生まれた時から身分に縛られている富豪の従者という、少しばかり特殊な世界で生きて来た二人に「世間一般の常識」というのをそれとなく教えてくれる先生でもある。
助言、であれば聞きたいと思う。レオナが学園を離れれば終わるであろう限られた時間を、少しでも楽しみたいという気持ちは、ある。
「誕生日、って、恋人達の一大イベントじゃないっスか」
「はあ」
正確には恋人では無いと訂正したいが、だったらどんな関係なのだとは説明しがたいのでとりあえず先を促す。
「大切な人が生まれた日を二人きりでお祝いしたりするの、定番っスよ。愛を伝えるプレゼントを贈ったり、二人でお揃いのアクセサリーを持ったり。そういう話、聞いた事無いっスか?」
「……カリムの誕生祝いは、どちらかと言うと後継者としてカリムの顔を売るとか、アジーム家の権力アピールとか、招待客とのコネ作りとか、そういう政治的な面の方が強いからな……贈り物にしたって、いかに高価な物を贈れるかでアジーム家との付き合いが変わるわけだし、客の中にも序列があるから大体、贈り物の内容も定められて……」
「夢が無い!夢が無いっスよジャミルくん!!!」
「そういう家なんだ、仕方ないだろう。レオナ先輩の所だって同じなんじゃないのか?」
「……まあ、多分、そうなんだろうけどさあ。だったら尚更、ロマンチックな誕生日にしてみてもいいんじゃないっスか?」
「ロマンチック、ねえ」
「明日の夜、レオナさんは寮の部屋に押し込んどくし、部屋には誰にも近付かないようにしとくっスよ」
「随分サービスが良いな。代わりに何を要求する気だ?」
「あ、報酬に関してはレオナさんの方に請求するんでジャミルくんは気にしなくて良いっスよ」
「え?」
「あの人、誕生日あんま好きじゃなさそーなんで。俺からの誕生日プレゼントにジャミルくんを贈ってご機嫌取りするんスよ」
「なるほど喜んでもらえるかは別として、俺なら金は掛からずに贈れるからな」
「俺はレオナさんが欲しい物をあげるだけっス!」
ジャミルがプレゼントになるのかどうかはわからないが、ラギーが言うのなら、とりあえず顔を出すくらいはしてやっても良いかという気にはなってきた。
丁度辿り着いた鏡の間、明日絶対に忘れないでくださいっス!と念を押されながらラギーと別れる。いまいちロマンチックな誕生日とやらは理解出来ていなかったが、少しだけ、明日が楽しみだった。
寮で早めに夕飯を取り、ある程度カリムの世話の目処を付けてから、普段よりも少し早い時間にレオナの部屋へと向かう。最近では堂々と正面から尋ねる事も多かったが、ラギーが周知させている中で正面からレオナの部屋に行くのは少し気が引けて、久々に建物の外壁を伝い、バルコニーから侵入を果たす。
「――……本当に来たのか」
何処か笑みを含んだ低音は、灯りも無く暗い部屋のベッドの方から聞こえた。寝起きのようにくぁと欠伸を零してはのっそりと起き上がる姿は「ロマンチックな誕生日」とはどう見ても無縁だ。少しだけそれにほっとしながらベッドの端に近付き、腰を下ろす。
「要らなかったら、帰りますけど」
「もうラギーにはプレゼント代を持ってかれてるんだ、要らないわけねえだろ」
「払ったんですか」
「奉仕には正当な対価を。当然だろ」
レオナの腕がジャミルを片手で抱えて引き寄せ、腕の中に捕らわれる。そうして再びベッドに横になるレオナに引き摺られるように倒れ込み、暖かな体温に包まれた。
ジャミルは、ラギーに対価を払うに値するプレゼントになれたのだと、知らず頬が緩んでいた。どことなく気恥ずかしくて、胸元へと顔を埋めるようにして抱き締めると、少し濃いレオナの香りで肺が満たされる。
「で?今晩はお前を好きにして良いって?」
「……お望みとあらば、構いませんけど。いつも好きにしてるでしょう?」
「まあな」
そう言ってレオナが体勢を変え、仰向けに転がされたジャミルの上に覆いかぶさる。真正面から見下ろし満足気に細められたエメラルドに、ジャミルも満たされたような気持ちになる。喜んでもらえたのなら、良かった。
そうして顔が近付き、唇が重なりそうになる時に、あ、と思い出して声を上げる。
「あ?」
ちゅ、と一度だけ啄まれて離れたレオナが片眉を上げる。変なタイミングで思い出したのは悪いと思うが、このまま身体を重ねてしまえばきっと忘れてしまう。
「誕生日プレゼント、欲しい物ありますか?」
「お前じゃねぇのか?」
「それは、ラギーからでしょう。俺からも、何か、俺が用意出来る物であれば、贈りたいと思って」
「……俺はラギーからテメェをもらったのか。いやまあそうなんだろうけどよ」
ぼふりと力が抜けたようにジャミルの顔の横に突っ伏したレオナの体重が、重い。表情は見えないが、何か一人でぶつくさと耳元でぼやいているようで、吐息が擽ったかった。
「……先輩?」
「何をどう言えばいいのか考えてる所だ、待て」
「先輩でもそんな事あるんですね」
「お前の所為だろうが」
「俺の?」
「本当にお前は可愛いんだか可愛くないんだかわかんねぇな」
「はあ、どうも」
「褒めてねえよ」
くつりと、ジャミルの上で笑うレオナの振動が肌に伝わる。よくわからなかったが、のっそりと起き上がったレオナが楽しそうに笑っていたから、まあ、良いか、と思う。誕生日が好きじゃないと言っていたレオナが笑っているのなら、それで良い。
「……そうだな、来年も、誕生日を祝ってくれりゃあ、それで良い」
「アンタ来年も留年する気ですか」
「そういう話じゃねえよ。別に、メッセージの一つでもくれるだけでいい。来年の今日も、俺を祝え」
「そんなので良いんですか?」
「それくらいがちょうど良いだろ」
「まあ、お安い御用ですけど」
スケジュール管理には自信がある。来年の七月二十七日、レオナにメッセージを送るだけならばお互い何処に居たって出来るし、問題無いだろう。だがジャミルを見下ろしていたレオナは眉を歪めた微妙な顔をしてまじまじとジャミルを見つめ、それから盛大に溜息を吐きだしていた。
「……本当に、お前はこういう所ポンコツだよな。まあ、いい。忘れるなよ」
「何でけなされてるのかわからないんですけど」
「来年の誕生日に教えてやるよ」
それ以上は不要とばかりに再び重ねられた唇に、考えていた言葉が飲み込まれて霧散する。服の上からジャミルの身体の輪郭を辿る掌が、ぬるりと唇の合間を撫ぜて潜り込む舌先が、ゆっくりと夜の始まりを告げていた。
わからない事はたくさんあったが、レオナを喜ばせる事は、出来たらしい。それなら多分、良かったのだろう。今度ラギーにもそれとなく礼をしようと考えながら、ジャミルはレオナから与えられる心地良さに身を委ねた。
余談
「さて今年もお誕生日おめでとうございます」
「おう」
「今年もプレゼントは来年の誕生日をお祝いする事をご所望で?」
「んな嫌そうな顔すんな。俺もそろそろ変えようと思ってた所だ」
「やっとですか。何年掛かってるんですか。へたれ」
「うるせえな」
「で?何が欲しいんです?」
「お前のこれからの人生全て」
「重い」
「照れてんじゃねえよ」
「照れてません」
「で?くれるのか?」
「別にあげても良いですけど、俺の誕生日の時はそれ相応の物をもらいますからね」
「俺は今すぐ先払いでやっても構わねえが?」
「それは心の準備が要るので止めてください」
「そう言わず受け取れよ。俺を」
「止めろって言ってんだろ!」
「いい加減、慣れろよ。お前どれだけ俺のこと好きなんだよ」
「うるせえなアンタこそ自分の顔面の威力をいい加減覚えろ!」
「お前だけだろ、こんだけ長い事見て来てる筈なのに未だにそれだけ俺の顔好きなの」

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