後ろ手に両腕を拘束され、真っ白なシーツに息が出来ない程に顔を押し付けられ、尻だけを高く持ち上げられる。怖くて、逃れたくて、必死にもがいても大きな父の手はびくともしない。骨盤が軋む程に腰を握られ、そうして本来、他人に触れさせるような場所では無い所にひたりと押し当てられる、熱い塊。
何度経験してもこの恐怖は少しも和らぎはしない。ただ闇雲にもがくより、身体の力を抜いた方が楽だという事は覚えた。覚えたからといって、カタカタと震える程に恐怖で強張ってしまった身体は言う事を聞いてくれなかったが。
「――ぃ、……っっっっ!」
めり、と脚の間から真っ二つに引き裂かれるような痛み。息を止めるな、深呼吸をしろと言う記憶の中の兄の声に従おうとしても、呼吸すら巧く出来ずにひぅ、と喉が鳴った。まるで腹の中に焼けた杭でも打ち込まれたかのように熱くて痛いのに、冷や汗に塗れた肌が寒い。
力を抜かなければと思うのに、痛くて、辛くて、逃げたくて、のたうつ身体を押さえ付けて、ず、ず、とレオナの柔らかな内側が無造作に引き裂かれて行く。汗も、涙も、悲鳴すらもシーツが吸い取ってくれたが、痛みだけは決して逃してはくれなかった。下肢ばかりか、頭までガンガンと金槌で叩かれているかのように痛い。
「――……強情なのは、あの阿婆擦れ譲りだな。大人しく雌らしくしていれば可愛げがあるものを」
頭にぐっと体重が乗せられ、耳元で嘲笑う父の声。怖くても、痛くても、辛くても、この男の言いなりになってやるのだけは許せなかった。何もかもを奪われ、名ばかりの第二王子としてただ生かされているレオナのささやかな反抗だった。いっそその憎しみのままに殺してくれれば良い物を、王家の威厳を損なうだとかなんだとか、碌でも無い理由でレオナは飼い殺されている。
王が愛した筈の女が、王の寵愛を受けながらも違う男と愛し合い、子まで成した。それがわかったのは既に王の子として民に周知させた後だから、今更それを覆す事は出来ない。それが、周りの反対を押し切ってまで王が強引に後宮に迎え入れたハイエナの娘の子だったから尚更の事。
これは躾なのだと、父は言う。
キングスカラーに、雄は二人も要らない。夕焼けの草原という群れを率いる雄は、王と、その後継者のファレナだけで良い。レオナがそれでも此処で生きる事を許されているのは、雌だからだ。だからレオでは無く、レオナと名付けたのだと、父は言葉で、身体で、レオナに教えているのだと言う。
父が命ずるままに、呼ばれた日には父の従僕の元へと向かい「雌になる為の準備」を大人しく受ければ此処までの苦痛は無いのだろう。少なくとも、何が起きるのかもわからずにただ為すがまま父を初めて受け入れた日は、此処まで辛いと思わなかった。その代わりに頭も体もどろどろに溶けてしまうようなおかしな薬を嗅がされ、能面のような顔をした父の従僕に機械的に尻の穴を解され、腹の奥深くまで犯される事を喜び、父が望むように雌として振舞う生き物にされてしまう。
そんな姿をこの男の前に晒すくらいなら、殺された方がマシだった。唯々諾々と抱かれてやる雌なのでは無く、犯される事に怒り、憎しみを増す雄なのだと精一杯の反抗だった。
「ぎ、……ッぅ、ぐ……ッッ」
不意に後ろで組んで縛られた腕を掴まれ、片手で易々と身体を引きずり起こされると腹の底の鈍痛が全身にまで響く。異物を受け入れ、乾いた場所を強引に引き剥がすような痛みを訴えていた場所はもう痛みというよりもただ、熱くて辛い。耐えがたい鈍痛が脈拍と同じ速度でレオナを苛む。もう何処が痛いのかもよくわからなかった。ただゆっくりと出し入れをされるだけで内臓ごと全て引きずり出されるような痛みを覚えていた場所が、ぬめりを帯びて動きをスムーズにさせていた。
「……こんなに濡れて。本当に女のようだな」
ぐちゃ、ぐちゅ、と内臓を壊す音を立てながら次第に早くなる動きに吐き気がする。父が腰を両手で掴み直すと支える物の無い上半身は姿勢を維持する力も無くシーツへと顔面から落ちた。
「っひ、っぐ……ッぅ、……う……」
ともすれば上がりそうになる悲鳴を、シーツを噛み締めて押し殺す。そうでもしなければ痛くて、怖くて、みっともなく父に泣いて許しを請うてしまいそうだった。父の大きな物が奥深くまで突き上げる度に内蔵全てが揺さぶられ、あまりの衝撃に耐え切れずに嘔吐くが、今朝に父の命令を聞いて以降、恐怖で食欲を失い何も食べていない身体からは苦い胃酸しか吐き出せなかった。
肉を打つ音がするほどに勢いよく何度も腰が打ち付けられ、ぐちゃぐちゃと流れた血が泡立つ音がする。あまりにも辛くて、もはや何故こんなになってまで必死に耐えているのかよくわからなくなっていた。早く終わってくれとただぎゅっと身を縮こまらせて耐えるだけで精一杯だった。溢れる涙で息苦しい。苦い唾液で濡れたシーツを噛み締めながら、細い糸一本で辛うじて耐えているような状況だった。
「……は、出すぞ。……確り孕めよ」
父の言葉も、朧にしか理解が出来なかった。既に身体の内側は痛みで感覚が無く、自分がどうなっているのかすらわからない。ただ、ぎゅうと強く腰を掴まれ、肩を強く噛まれて、漸く終わったのだろうと思う。きっとまた、下肢は見るに堪えない惨状になっているのだろう。ファレナにまた無駄な心配をかけるな、と薄れゆく意識の中で、レオナは思った。
ひんやりとした指先に頬を撫でられて緩やかに意識が浮上する。腫れぼったく重たい瞼をなんとか持ち上げれば、霞んだ視界に映る夕焼け色の髪。
「……おはよう、レオナ」
穏やかな、兄の声。頬を包み込む冷たい肌が心地良くて、すり、と懐かせる。
「……っ、」
おはよう、と言おうとしたつもりだった。だが痛む喉はひゅうひゅうと空気が通る音を立てるだけだった。
「……まだ、熱が高い。ゆっくり体を休めなさい」
そう言って、レオナの前髪を掌で掻き上げて露わになった額に唇が押し付けられる。小さな水音を一つを残して離れようとする指先に縋りついたのは無意識だった。嫌だ、行かないでと言葉にしたいのに、いくら唇を動かしても喉はまともな音一つ生み出せない。立ち上がろうとしていたファレナが困ったような顔で微笑んでいた。
「……せめて、熱が下がってからだ。元気になったら、何でも言う事を聞いてあげるから」
言葉が生み出せない代わりのように、ぼろりと目から涙が溢れる。それを恥じらう心もあったが、兄を引き留めるのに必死だった。レオナよりもずっと大きな手の、二本の指をきゅうと握り締めて首を振る。
「レオナ、聞き分けてくれ。お前に無理はさせたくない」
兄も頑なだった。レオナを労わっているからなのだということは、わかっている。どうすればこの寂しさを伝えられるのかわからなくて、握った指先を引き寄せて口付けた。ひんやりした肌が蕩けた舌に心地よかった。いつも兄がしてくれる時のように太い関節までぱくりと咥えて舌を絡ませてみるが、戸惑ったようにぴくりとも動かない指は、いつものようなふわふわと頭が蕩けるような気持ち良さは連れて来てくれない。はふ、と一度息苦しさを隙間から吐き出して、舌で指の合間を舐める。兄がレオナを舐めてくれる時の事を思い出して、必死に動きを真似して、溢れる唾液を啜る。この手に触れて欲しくて必死だった。
「……レオナ」
咎めるとも、宥めるとも違う、熱っぽい吐息で名を呼ばれてぞくりと背が震える。今までただレオナに舐られるだけで大人しかった指の背で上顎を擦られてんふ、と鼻から息が漏れた。こりこりとした兄の指の骨がそこをなぞるだけでじんわりと熱い身体が蕩けて行く。ちらりと見上げた兄の顔は、滲んだ視界ではどんな表情なのかわからなかった。
「……辛くなったら、言うんだよ」
そうして、レオナをすっぽりと隠してしまう程の体躯が覆い被さって来る。欲しい物が得られる事が嬉しくて、緩む頬を隠し切れずにこくりと一つ頷いた。
「本当に、痛くないんだな?」
もう何度もされた問いにこくこくと何度も頷いて見せる。早く、その宛がわれた熱を中に埋めて欲しかった。
痛くない、と言えば嘘になる。薬を纏った指一本で丁寧に中を探られるだけでも、荒れたその場所は腹の奥まで響くような痛みを訴えていたし、父からされた仕打ちを思い出して身体が震えそうになっていた。でも正直にそれを伝えたらきっと兄は此処で止めてしまうだろう。それよりも、早く満たして欲しい。此処を満たされる事は幸せな事なのだと、教えて欲しい。
覆い被さる兄に縋りつくレオナの頬に口付けが落とされ、それから大きな掌に腰を掴まれて、熱が、埋まる。
「――……ッっ!!」
声が出ないのは、都合が良かった。痛みに押し出されるようにして吐き出された息は、何の音も生み出さない。気遣うようにゆっくりと中に埋まってゆく熱が、痛くて、辛くて、でもそれ以上に気持ち良かった。触覚から受け取る快感とはまた別の、多幸感が溢れ出るような気持ち良さ。身体がどれだけしんどくても、兄の物で腹が満たされているのだと思えば幸せだった。
「レオナ、……」
躊躇うような声に兄を見上げると、すっかり視界が歪んでいた。熱が出ると涙腺が緩くなるからいけない。言葉の代わりに、首にしがみついた腕に力を籠め、兄の腰に足を絡めて引き寄せる。お願いだから、此処まで来て止めるなんて言わないで欲しい。怖い記憶を、早く幸せな記憶に塗り替えて欲しい。
音を生み出せない声の代わりに、唇を、ふぁ、れ、な、とゆっくりと動かして、呼ぶ。そうしたら空気に触れた舌が寂しくて、兄の分厚い舌が恋しくて、そっと舌を差し出して、誘う。
ふ、と息を吐きだした兄が、顔を寄せ、大きな口で唇を塞がれる。レオナの口一杯になってしまうような分厚い舌に口内を満たされて、頭がふわふわする。
「――ッっ」
ず、と腹の中に埋まった熱が抜けようとすると走る痛みに息が詰まった。すぐに離れようとする兄の首にしがみつき、腰に足を絡めて逃がさないようにする。
これは気持ち良い事。
兄としているのだから、気持ち良く無い訳がない。
レオナが気持ち良いのだから、兄にだって気持ち良くなって欲しい。
父の寵愛を受けながらも他の男を愛した母のように、レオナも父を裏切ってやるのはいい気味だ。
レオナは、父を相手にしている時には苦痛しか無いが、兄が相手ならば喜んで自ら足を開いて雌にだってなってやるくらい気持ち良いのだと、必死に自分で言い聞かせる。
諦めたように再び動き始めた兄が、腹の中をゆっくりと擦るだけでびりびりする程気持ち良い。肩が跳ねてしまうのは気持ち良いからだ。息だって、思わず甘い声が出そうになるから詰まるだけだ。
大丈夫、気持ち良い。こんな怪我をしていない時に兄と触れ合う時の事を思い出せば、ほら、こんなにも気持ち良い。
「――……っっっっ!」
ズキン、と身体の奥底から走り抜ける快感にがくんと身体を仰け反らせながら、レオナの意識は白く弾けた。
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