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おもいでばなし1

1.一番古い思い出
小さい頃、絵本を読む時は兄の膝の上がレオナの定位置だった。
胡坐を組んだ、右の太腿の上。兄の大きな掌が安定させるようにレオナの腰に回り、服の下に潜り込んだ指先がレオナのお腹を撫で、もう一つの手はレオナの内腿の合間に挟まっているのがいつもの姿勢だった。暖かくて、でも柔らかな肌を熱い掌で撫ぜられるのは少し、擽ったい。
「……そおして、おおじさまと、おひめさまは、いつまでも、しああせに、くらしました。めでたし、めでたし」
「上手に読めたな、レオナ」
凄いぞ、と頭を撫でられ、太い腕でぎゅうと抱き締められ、おでこに、鼻に、頬にたくさんのキスの雨が降って来る。
それだけで幸せだった。お返しに、兄の腕の中で身体の向きを変えほっぺたを重ねてぐりぐりと押し付ける。
「可愛いなあ、レオナ。食べてしまいたいくらいだ」
そう言って、嬉しそうに笑った兄が頬をべろりと舐める。まるで大型犬にじゃれつかれているような気分でおかしくて、やだあ、と笑いながら兄を押しのけようとするも、全く敵いやしない。
「おや、上手に読めたご褒美も要らないのかい?」
「いる!!!」
突っぱねていた手を慌てて兄の首に絡ませて抱き着く。レオナが何かを上手に出来た時にもらえるご褒美。それ自体は、ただの何の変哲もない飴玉だ。乳母にでも強請ればいつだってすぐに食べさせてもらえるような、何処にでもある飴玉。
だが、それを兄から「ご褒美」としてもらう事に意味があった。レオナが認められた証。兄が、レオナを褒めてくれた証。
「今日は何色が良いかな」
「んー……きいろいの!」
兄が傍らのテーブルに置かれたガラス瓶を手に取り、中に詰められた色とりどりの飴玉の中から黄色い飴玉を取り出す。レオナの口には入りきらないような大きな大きな飴玉。これかい?と確認するように片眉を上げて問われ、こくこくと何度も頷くと、その飴玉は兄の口の中に放り込まれる。からり、ころり、舌で転がすような音の後に、ぬるりと唇の合間から黄色の飴玉が覗く。
どうぞ、と言わんばかりに兄が笑ってから、漸くレオナは身を乗り出して兄の唇に挟まれた飴玉へと舌先を伸ばす。この飴玉は大きいから、間違えてレオナが飲み込んでしまったら窒息死してしまうから、直接舐めるのは駄目だと教わっていた。その代わりに、兄の口からだったら幾らでも舐めて良いとも。「上手に」舐める事が出来たら、もう一つくれることだってある。だからレオナは、兄に教わった通りに、兄が上手だと褒めてくれるように、一生懸命に飴玉を舐める。
ぺろりと舌の腹で舐めれば柑橘系のような、爽やかな味がした。美味しい。つるりとした表面にぺろぺろと舌を這わせるとどうしても兄の唇にも触れてしまい、くすぐったげに兄が笑っていた。
「あ、」
ころりと、飴玉が兄の口の中に消えて行く。兄曰く、ずっとあのままにしていると口の中が乾いて飴玉が張り付くからちょっと休憩が必要なのだという。でもレオナはもう、そうやって飴玉を仕舞い込んでいる時の兄の口の中がとても甘くておいしい事を知っている。
「っは、んんん、……ん」
閉じられた兄の唇を舐めれば、いとも簡単に開いて小さな舌が吸い込まれる。絡みつく分厚くて大きな舌が、甘い。とろとろと流れ込む甘い唾液をちゅうちゅうと吸い上げてはこくりと飲み下す。美味しい。
「っふぁ、……ぁ、んん……」
兄の首に縋りついて夢中で甘い味を追いかけていると、大きな掌がレオナの小さな尻を包み込み、やわやわと揉んでいた。柔らかな子供の肉が心地良いのだと、兄は言っていた。兄が喜ぶなら、レオナも嬉しい。でも普段、自分でも触れないような尻の合間を、布越しとは言え太い指先が撫ぜるのはどうにも落ち着かないし、何度されても慣れない。くすぐったいような、恥ずかしいような、きゅう、と身が竦むとお尻の間に兄の指を挟み込んでしまうのも、なんだか居心地が悪い。
ふ、と、飴玉を歯で挟み込んだ兄が吐息で笑っていた。なんだか馬鹿にされたようで、悔しくて、何でもない振りをする。
とろりと、兄の口の端から甘い蜜が垂れ落ちていた。勿体ないから、顎先に滴る場所からぺろりと舐め上げて、また飴玉に齧りつく。二人の間で少しずつ溶けた飴玉はだいぶ小さくなっていた。そろそろ、レオナが口に入れてもきっと大丈夫だと思うのに、咥えようとしても、舌を潜り込ませてもぎ取ろうとしても兄は中々飴玉を渡してはくれない。
「っは、ふ、……ぅ……おにー、たん、……」
早くその甘い飴玉を、レオナが上手に出来たという証を受け取りたくて、兄にせがむ。ぎゅうと首に回した腕に力を込めて、兄の掌にお尻を擦り付けるように揺らして、尻尾を兄の腕に絡みつけて、ちょうだい、とアピールするように口を開けて、舌を差し出す。そうすれば、兄はいつもレオナのおねだりに応えてくれたから。
レオナの目の前で、兄が、ふわりと笑みを広げていた。
喜んでもらえた、と嬉しくなるころには差し出した舌が兄の唇にぱくりと飲み込まれてちゅうと吸われる。ぞわぞわと肌が粟立って、思わず尻尾がぴんと立つ。
「ふぁ、ああ……あ」
それから、兄の舌ごとレオナの口の中に押し込まれた飴玉は随分と小さくなっていた。分厚くて大きな兄の舌はそれだけでレオナの口の中がいっぱいになってしまい、隙間から伝い落ちて注ぎ込まれる甘い液体を一滴も逃さぬように夢中でしゃぶりついて飲み下す。短い下衣の裾から潜り込んだ兄の掌が、下着の中にまで潜り込んで直接ぴったりと肌を揉んでいた。少ししっとりとした指先が何度もお尻の間を撫でていてなんだかぞくぞくと背筋が震える。
分厚い舌が抱え込んだ飴玉は、レオナの小さな舌では中々奪えない。どうにか飴玉に触れてもすぐに兄の舌先が器用に飴玉を掬い上げてしまう。その代わりとでもいうようにとめどなく甘い液体がレオナの口に注ぎ込まれ、飲み込みきれずに口の端から溢れてしまう。
「っはふ、……は、……ね、おにい、たん……欲しい……っ!」
絡まる舌の合間に、ねだる。もうすぐ飴玉が溶けて全てなくなってしまう。レオナのご褒美が、消えてしまう。
きゅう、と目の前で兄の目が細くなり、それから、ゆるりと綻んだ。ちゅうと音を立てて舌を吸われ、顎から喉まで滴る甘い唾液を舐め取り、そうしてすっかり小さくなってしまった飴玉を見せつけるように口を開けた後、がり、と噛み砕かれる。
「……!」
無くなってしまう、と悲しい気持ちになったのは一瞬だった。すぐに、兄が再び飴玉の詰まったガラス瓶を取るのに、期待が高まる。
「ごめんね、つい意地悪し過ぎてしまった。今日はもう一つご褒美を上げようね、何色がいい?」
おかわりがもらえる。つまり、レオナは上手に出来たのだ。兄に喜んでもらえたのだ。
嬉しくて、幸せで、ほっぺたがふにゃふにゃに緩んでしまう。もしかしたら、今度も上手に出来たらもっとご褒美をもらえるかもしれない。
ガラス瓶の中に詰まったカラフルな飴玉をじっと見つめて、考える。さっきは柑橘系の爽やかな甘みだったから、今度はべたべたに甘いものが欲しい。兄がお代わりをくれるのは、緑色の飴玉の時が多い気がする。
「……みどりの!」
レオナが告げると、兄はにっこりと笑って緑色の飴玉を口の中に入れた。

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