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空箱

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おめがば

しくじった、と思った時にはもう遅い。
熱い、だるい、息苦しい、下腹がじくじくと疼く。
典型的なヒートの初期状態だ。
こんなことになるのならばバスケ部のレギュラーを逃す事になるとしてもきちんと抑制剤を飲んでおけばと後悔しても後の祭り。
ジャミルのヒートは人に比べて酷く、重い。それを何事もないかのように振舞う為に摂取している抑制剤も違法すれすれだと言われる程度にはきつい。
ヒートが近い事はわかっていた。けれど、次の大会のレギュラーの選抜が行われる大事な時期だった。
抑制剤を飲めばヒートによる発情やフェロモンの放出は抑えられる代わりに吐き気、頭痛、食欲不振に貧血とパフォーマンスは圧倒的に低下してしまう。
カリムよりも優秀である事を禁じられているジャミルにとってバスケはそれなりに本気を出しても良い唯一の場所だった。一年生の頃は、下手に抜きん出て目立つ事を躊躇い、見送った。二年になった今なら早々にレギュラー入りしてもさほどおかしくない筈だ。入学してからこれまで一年間、待ったのだ。それを諦める事なんて出来なかった。


そうしてヒートが近付いているというのにギリギリまで抑制剤を飲まずに粘った結果がこれだ。
朝の時点で違和感はあった。だがせめて、今日の部活までは、と見ない振りをした所為でもう不味い段階にまで来ている。慌てて抑制剤と頓服を胃に流し込んだがもう少しもすれば完全に身動きが取れなくなるだろう。頓服は抑制剤をきちんと飲んだ上で、それでも出てしまった症状を緩和する為の軽いものだし、抑制剤は予定日の三日前から飲み始める遅効性の物だ。今飲んだ所でたかが知れている。


昼休みを告げるベルが鳴ると同時に教室を飛び出す。カリムには一人で弁当を食べてくれとメッセージを送り、とにかくまずは人のいない場所へ。本来なら寮の自室に帰りたい所だが、昼休みを好みの場所で過ごす為に移動をする生徒も多い鏡の間には近付けない。まだ人気の無い廊下を縺れ始めた足で走り抜けながら逃げ込る先を考える。野外は駄目だ、きっと鼻の良い獣人には風向き次第で離れた場所からもバレてしまう。密室で、人が近寄らなくて、落ち着ける所。
「……旧部室棟」
思いつけば後は向かうだけ。玄関に並んだ誰の物ともわからない箒をひっつかんで跨り、一気に飛び上がる。考えるのはとにかく、後だ。人前でヒートがバレるのだけは絶対に避けたかった。


辿り着いた旧部室棟は校舎から遠く離れた、いかにもそこに空き地があったから建てただけとでも言うような簡素な小屋が一直線に並んだだけの実に古臭い物だった。それが校舎と校庭の間の便利な場所に建て替えられたのは丁度ジャミル達が入学する年の事。今では野外での活動を主とする部活のみならず、文化部などの部室も用意された立派な装飾を施された部室棟がある。きっと、それはアジーム家の出資によるものだろうなというのは誰にも告げていないジャミルのぼやきだ。
そうして誰も使わなくなった部室棟は今でも取り壊されずに誰も寄り付かないような場所にぽつりと置かれている。辿り着くなり箒を乗り捨てるようにして目についた一番端の扉に飛びつき、捻るがガチャリと音を立てて抵抗される。使わない部屋ならば鍵がかかっていて当然だという事をすっかり失念していた。それでも此処まで来たら諦めきれずに隣の部屋を、そこも開かなければまた次の部屋、とドアノブを無意味に捻って回った先、何番目かもわからない扉が抵抗なく捻られ、思わず喜び勇んで開け放つ。
「――――ぁ、」
しくじった、と思った時にはもう遅い。
本日二度目の後悔は、だがそれを上回る衝動にかき消されてしまった。
レオナ・キングスカラー。権力に胡坐をかいた、一番嫌いなタイプの傲慢な男。
それが、ロッカーとベンチだけが取り残された部室の一番奥、外からの暖かな日差しが差し込むベンチの上で寝転がり、今微睡みから覚めたかのような目をジャミルに向けていた。
「お前、………」
ジャミルを頭のてっぺんからつま先まで眺めた後、何かを言いかけて、顔を顰める。
気に食わない男、そうわかっているのに、ぶわりと何かが自分の中から溢れているのがわかる。圧倒的なαの匂いがジャミルの理性を食い破って本能に噛みつく。
「レオナ、先輩……」
口の中が酷く乾いていた。一歩踏み出すと、それだけで足の間からぬちゃりと濡れた音が響く。雄を受け入れる為に分泌される体液が、内腿を伝い落ちる程に溢れていた。近づいては行けないと分かっているのに、今すぐこの場を離れた方が良いとはわかっているのに足はレオナに近付く。これはあのレオナ・キングスカラーだとわかっているのに、αの匂いがジャミルを惹きつけて離さない。背後で勝手に締まる扉の音が、ジャミルの背を押している気がした。気に食わない、貸しも作りたくない、弱みも見せたくないこの男をどうすれば食えるのだろうかとただそれだけがジャミルの思考を埋め尽くす。
レオナは顔を顰めたまま身を起こしたものの、それ以上何を言う事も動く事も無かった。ただ、睨むような眼でジャミルを見上げていた。それはジャミルがレオナの肩に触れても変わらず、引き寄せられるようにそっと顔を寄せ、不機嫌なエメラルドを見据えてゆっくりと唇を開く。
「瞳に映るは、お前のあるじ……ッっッ」
バシンと大きな音と共に頬が勢いよく叩かれ、耐え切れず床に倒れながらも体を駆け抜けるのは歓喜の震え。思わず抑えた頬が熱くて痛いのに、腹の奥がきゅうきゅうと喜びを全身に伝えていた。
「ッぁ……ぅ……」
「てめぇ、今何しようとした?」
すかさず馬乗りになったレオナがジャミルの首を片手でぐ、と床に抑えつける。ぐるると喉を鳴らし、尖った犬歯を剥き出しにして笑う男にどうしようもなく、疼く。喉を熱い掌で押され、苦しくて痛くて、それでも先程よりも濃厚になったαの匂いに包まれて込み上げる飢餓感。
「せんぱぃ、はや、く……」
縋るように、腕を伸ばす。受け入れるように近付く身体にしがみつき、重なる唇に食らい付いた。


------


子猫が鳴くような声が、聞こえる。
絶えず甘えるように、哀れを誘うように、鼻に掛かった声が鳴いている。
「っっぁああああ――」
並々と注がれたグラスの縁から溢れるように気持ち良さが零れて背が撓る。喉が、痛い。宥めるように熱い掌が顔に張り付く髪を優しく払い退け、目尻をそっと拭われる。
「あ、っあぅ、あ、ああっ、あ」
歪んだ視界の向こうには、褐色の、α。見下ろす相貌が、遠い。少しでも一つになりたくて腕を伸ばせば、ぐっとその手を引っ張られて身体を起こされる。
「っっあああ、あ、奥ぅ……ッっ」
深々と穿つ熱が胎の奥まで届いている。ぎゅうとたくましい身体に縋りつき、肩に顔を埋めれば濃厚なαの香り。頭がくらくらする。否、既に思考が溶けている。背をしっかりと両腕で抱き締められ、αの香りに包まれ、そのまま身体を揺さぶられるだけでどうしようもなく気持ち良い。
「気持ち良いか」
耳朶を舐め濡らされて触れる声は身体の芯に響くような甘い低音。夢中になって何度も頭を縦に振る。そうか、と溜息のように零れるαの声がとびきり優しいものだから、つい、甘えるように肩へと頬を押し付ける。
その頭を一度、撫でられてから大きな掌がジャミルの腰をしっかりと掴む。
それだけで期待で身体がいっぱいになって、気持ち良くなってしまう。これからこの腹の奥に、望んでいた物を叩きつけられるという予感だけでもう、気持ちいい。
くれるのならば、なんだってする。言われた通りに、しっかりと首に縋りついて、身体を押し付ける。
「あっ、あ、あああ、ああ、あ、あ」
そうして始まる律動に意識が白く塗りつぶされる。
気持ち良い事しかわからない。
気持ち良い事しか、いらない。


------


本日すべての授業が終わり、さてこれから部活にでも行こうかとラギーが大きく伸びをしたところで震えたスマホ。内容を確認すればレオナから「今すぐ部屋に来い」という簡素なメッセージが一つ。
珍しい、と思った。
普段から息をするようにパシらされていると思われがちだが、いや実際に共に居る時はそれこそ手足のように働かされるのだが、共に居ない時に呼び出してまでパシりにされる事はまず、ない。ラギーが逃げ出せば簡単にレオナのお世話からは逃れられるのだ。ただ、レオナのお世話をするのはそこまで苦では無いし、むしろお世話しないで放って置くととんでもないゴミ屋敷になっても平然としたまま、腹が減ったと言いながらも食事すら取るのを面倒がり、やがて動くのも面倒臭いと一歩も外に出て来なくなるレオナが見て居られなくて世話を焼いている。こちらが勝手に世話を焼いてもきちんとバイト代をくれるのも大きい。
そんなレオナからの呼び出し。部屋というのは寮のレオナの部屋の事だろうか。学内ならともかく、寮の自室にいるとなれば体調でも悪いのだろうか。それとも何か、相当焦っているか、余裕が無い状況に追い込まれてるのだろうかという不安が過る。


駆け付けたレオナの部屋。とんとんとノックして、レオナさん開けますよーと声を掛けて返事を聞かずに開ける。それがいつものやり方だったし、今まで一度もそれについて文句を言われた事は無かった。だが扉を開けた瞬間にぶわりと襲い掛かる余り匂いに初めてこの軽率な行動を後悔し、咄嗟に無言で扉を閉じる。
心臓が早鐘のように打ち鳴らされ、身体が熱い。一瞬匂いを浴びただけで明らかな欲情に全身が包まれている。これはΩが発情した時の匂いだ。ラギーはβだから普段はαだとかΩだとかを匂いで判別することは出来ないが、実家の辺りでは時折この匂いが漂う時がある。そしてそんな時は大抵、街の男は殺気だっていて、発情したΩの匂いはバースに関係無く雄を狂わせるのだと教わった。その匂いがこの扉の向こうにある。βであるラギーですらなりふり構わず今すぐにこの扉を開けて匂いの元に飛びつきたいという欲求に落ち着かなくなってしまうような、強烈な匂い。だがその匂いの元は、果たして誰なのだろうか。余りにも匂いに気を取られて暮れなずむ部屋の様子が一切見えていなかった。もう一度扉を開けて確かめるべきだろうか。そもそも呼び出した筈のレオナは居たのだろうか、この匂いの中に。
「………おい」
ぐるぐる回る思考に動けなかったラギーの目の前で無情にも扉は開き、そうしてレオナが顔を出す。自分でわざわざ扉を開けに来るなんて珍しい、とどうでも良い事が頭を過る。小さく開けた扉に腕を付いて凭れ掛かり、しっとりとした髪を汗に濡れた肌に張り付かせ、湯気がのぼりそうな上半身を晒したまま、さも取り急ぎ履きましたと言わんばかりの制服のスラックス。ギラギラと欲に濡れた目がラギーを見下ろし、そうして眉を潜める。
「鼻、摘まんどけ」
「っ!あ、ひゃい!」
ぼうっとレオナに見惚れてしまい、慌てて鼻を摘まむ。摘まんだ所でこのムラムラがすぐに収まる訳では無いが、レオナを見て少しだけ冷静さを取り戻した気がする。この人は、αだ。支配する雄だ。だってきっとラギーの耳はぺっしょりへこたれて、尻尾だって丸まってる。聞かずともわかる、圧倒的な何かがあった。
「これ、買って来い。あと、ジャミルの荷物、回収してこい」
「これって……何スか?」
「……薬だ」
手渡されたメモにはレオナの字で殴り掛かれた見慣れない単語。まあきっと、ラギーがわからなくてもサムに言えば用意してもらえるのだろう。それはいい。だがジャミルの荷物を持って来いということは、つまり。
「……ジャミルくん、スか」
「恐らく、昼前までは授業受けてた筈だから、その辺にあるだろ」
「えっと、その……」
発情しているΩはジャミルくんスか、と余りにもデリカシーに欠けたことを聞きかけたラギーの目の前で小さくレオナがよろめく。
「っおい、」
背後を振り返り低い声で唸るレオナの両脇から新たに現れた伸びた二本の腕。まるでレオナの対のように似たような色合いの肌をしたそれが、するりと濡れた腹に絡みつき、自然な動きで掌がそのまま股間へと滑り落ちて布越しにレオナの物を探る、その卑猥さ。レオナの背後で何をしているのかわからないが何やら濡れた音まで聞こえてしまい慌てて視線を落とす。だが見下ろした先にはレオナの背後に立つ褐色の足に、絡みつくように垂れ落ち床に水たまりを作る白が見えてしまい、ラギーはもう唸る事しか出来なかった。
「っ……任せたからな」
幾らか焦った、いや高揚したとでもいうべき声がラギーの頭上に落ち、そして扉が閉じられる。
そうしてやっと、ラギーは大きく深呼吸をしながらその場にしゃがみこんだ。扉の向こうで二人は、と余計な事を考えてしまいそうになるのを必死に押しとどめて錬金術七大要素などを無駄に暗唱してみたりする。そうでもしないと落ち着かない。
「――ッっぁ、――っ」
そうして必死に、レオナに頼まれたお使いに行くべくラギーが努力しているというのに扉の向こうからは容赦ない声と音が漏れ聞こえて折角鎮まろうとしているものがまた昂ってしまいそうになる。
駄目だ、まずは此処から離れないと。
なんだか泣きたい気持ちになりながらラギーはよろよろと立ち上がり歩き出した。


------


ジャミルが気付くと、知らない天井が見えた。だが不思議と恐怖は無かった。
心地良い香りに包まれて多幸感に満ち溢れている。無意識に触れた腹が、膨れている。中にたっぷりと植え付けられた事を思い出して、その事実に頬が緩む。腹が満たされるだけでこんなにも幸せになれるのかと、ゆるりと息を吐きだして、そうして傍にある布地に顔を埋めて深く息を吸い込めばまるで麻薬のようにジャミルを溶かす香り。
だが、足りない。満たされているのに、まだ足りないと胎が疼く。
何か、人の話し声が聞こえた気がしてそちらへと視線を向ければ扉に凭れ掛かるように立つ背中が一つ。ああ、あれが足りなかったのだと、欲しかった物が見つかった喜びにゆっくりと身を起こし、ベッドから滑るように降りて、近付く。一歩、足を踏み出しただけでごぷりと音を立てて折角腹を満たしてくれた物が溢れて流れ落ちる。勿体ない。それもこれも、此処を塞いでないからいけないのだ。ジャミルが孕むまで、此処を塞いで、満たして溢れる程に種を植えてくれなければいけないというのに。
近付いた背中を両腕で捕らえ、背に顔を埋める。一段と濃い、ジャミルを幸せにしてくれる香り。もっと欲しくて、真ん中の溝に舌を這わせてはキスを落とす。しょっぱくて、少し苦かった。汗で濡れた腹の凹凸を掌の感触を味わいながら滑り落ちた指先が触れる、場所。余計な布地が邪魔をしているが、掌に包み込めば確かな質量を持ったそれ。これが欲しい。はあ、と吐き出した息が、熱に浮かされているようだった。


-------


扉を閉め、絡みつく腕を取り、そうして振り返れば蕩けたような顔で笑うジャミルがぺたりとレオナに抱き着き、強請るように唇が押し付けられて舌が唇を割って入り込んで来る。
まるで全てをレオナに預けたかのように邪気無く笑うその顔に本能が引き摺られそうになりながらも、胸に広がる苦い何かで顔が歪む。
以前食堂で会った時には、ジャミルがこんなにも嬉しそうにレオナに笑いかける日が来るだなんてお互い思ってもみなかっただろう。むしろどちらかと言えば敵意に近い感情が向けられていた筈だ。
それが、本能一つでただ子種を求めて媚び諂う生き物になってしまった。緩く背を抱き舌を絡めてやるだけで満足気に喉を鳴らし熱い身体が擦り付けられる。溢れる程に注いでやってもまだ足りないと、必死にレオナを誘おうとする。目の前に居る相手が誰かなのかなんて些細な事、頭にあるのはただ飢えを満たしてくれるαであるという事だけだ。
かつて、自分もあの男の前でこんな無様な姿を晒していたのかと思うとジャミルごと過去の自分を殺してやりたくなる。


レオナは、αだ。だが同時に、Ωでもある。
どちらのバースも合わせ持つ奇形。言葉だけ聞けば万能の生き物かのような響きだが、実際はただの出来損ないだ。どちらも合わせ持つがゆえに十分な成長をすることが出来ず、恐らく生殖能力は無いと言われている。孕む事も、孕ませる事も出来ず、番を作る事も出来ないだろう。そのくせヒートは来るから抑制剤は欠かせないし、他人のヒートにも抗えず、簡単に発情させられてしまう。子を成す事が出来ない癖に、子を成す為の準備だけは一人前で本能に引き摺られるなんて笑い話にもならない。
絡みつくジャミルを半ば抱えるようにしてベッドまで引き摺り押し倒す。欲しい物を与えられるとただ純粋に喜ぶ笑顔が、レオナには、辛い。それでも身体は発情したΩの匂いを浴びて早くその腹の奥に子種を植え付けたいと昂っていた。目の前の肉の塊の奥深くまで犯してやりたいと飢えていた。そうした所で子供が出来るわけでもないくせに。
「――……は、」
余計な事まで考えそうになるのを自嘲ともつかない吐息一つで外へと逃し、強引にジャミルの身体を俯せにひっくり返す。この男の髪が長くて良かった。汗を吸い、肌に張り付く髪に隠されてうなじが目に入らずに済む。
「あ、あああああ……っっ――」
どろどろに蕩け切った場所へと性器を押し込めば隠しもせずに上がる声が歓喜に満ちていた。散々吐き出した物が奥を突き上げる度に掻き混ぜられて酷い音を立てる。レオナを搾り取ろうと絡みつく粘膜にぐぅ、と腹に力を入れていないとすぐにでも持って行かれてしまいそうだった。
「あ、ああ、あ、ああ、あ」
枕に頬を押し付けただ押せば鳴く玩具のように声を上げるジャミルの横顔から目を逸らし、ただ中を満たしてやる事だけに意識を向ける。
レオナの昼寝の邪魔をしたジャミルを、その時まで敵意しか向けられていなかった筈の男を、それでも抱いてやったのは同情でしかない。本能に抗い、あの場から立ち去るくらいの事ならばいくら発情したΩを目の前にしたとしてもレオナになら出来た筈だった。それを、最初の酷い飢えが満たされるまであの部屋で相手をしてやり、その後わざわざ寮にまで持ち帰り、今もなおいつ終わるとも知れぬジャミルのヒートに付き合ってやっている。全て、好ましくない相手と思っている筈のレオナを相手に、ただの雌と化してしまったジャミルを憐れんでいるからだ。


今のジャミルの苦しみを、レオナは良く、知っている。
誰彼構わず、何でもいいからとにかく腹を埋めて欲しいと飢えることも、どれだけ嫌いな相手であろうとヒートの時ならば愛おしく何よりも大事な存在に見えてしまうことも、腹の奥底に種を植え付けられるだけでどうしようもないくらいの多幸感に襲われる事も、独り放って置かれてしまえば酷い飢えと虚無感に切り刻まれて心が千切れそうになることも、レオナは良く、知っている。
レオナに犯され幸せそうに笑うジャミルは、いつかのレオナの姿そのものだ。
脳裏にちらつく男の姿を振り払うように、抱えたジャミルの腰を力任せに突き上げる。
何も知らずに幸せそうに鳴くジャミルの声が、酷く、耳障りだった。

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