静まり返った夜の街にぽつりと輝くネオンサイン。良く言えば古めかしい、悪く言えば今にも壊れそうなオンボロの外観に固く閉じられた分厚い扉。客商売である筈なのにまるで人を寄せ付けない見た目のその店は知る人ぞ知る、というクラブで、外の見た目とは裏腹に押すだけで簡単に開く二重扉を通り抜ければ、中は音と光が渦巻く良くある普通のクラブのようになっていた。
扉を抜けてすぐ、内臓にまで響くような大音量に紛れない声でよおビッチ、と投げつけられた声の方を見上げれば、すっかりジャミルと顔馴染の店員の巨躯。一応、此処は会員制のクラブ、という事になっている。だが管理はザルだし、そもそも顧客かどうか確認する為の店員がいとも簡単に職務を放り出して、ジャミルの顎を掴むと大きな唇が食らい付くように押し付けられる。
「んん、……っ」
分厚い舌が無遠慮に口の中を舐めまわし、片手でいやらしく尻を揉まれ、今入って来たばかりの扉に背を押し付けられて貪られる。野性的な見た目通りのセックスをするこの男の事は嫌いじゃない。むしろ気に入っている方だとは思っている。だが今日は、気分じゃない。
お世辞程度に舌を絡めるだけのジャミルにその気が無い事を悟った男が名残惜し気に唇を食みながら、駄目か?と強請るように眉尻を下げるのに思わず微笑ましさを感じて笑ってしまう。
「また今度な」
ジャミルから一度口端に口付けを送り、そっと肩を押すだけで巨躯は素直に離れた。絶対だぞ、と念を押すように尻の狭間をジーンズの生地ごとねじ込むかのように太い指でぐっと突き上げられて、思わず甘い吐息を漏らしてから別れる。
面積自体は広い店内だが、真ん中に煌々と照らされたホールが広い空間を保っている以外には謎のオブジェやソファとテーブルが置かれたブース、それから目隠しのようなパーティションや装飾が無秩序に置かれていて雑多な事この上ない。既にそれなりに客の入った店内をぐるりと見渡しながら入口から一番奥、ホールの端にあるカウンターへと向けて足を進めればその間にも何人かの顔馴染とすれ違う。
久しぶりだな、と声を掛けられたと思った頃にはするりと腰を抱かれ、ごく自然な動きで臍から下腹部へと下着の中にまで手を滑らせた男はテクは悪くは無いがいまいち盛り上がりに欠けるセックスだった気がする。ぞろりと性器の付け根を撫でる大きくて骨ばった掌の形はそこそこ好みではあるが丁重にお断りをした。
ジャミル、とハートマークでもついてそうな甘い声で教えた覚えの無い名を呼び、目が合うなり抱き着いて来た女は身体の相性は良かったがこれ以上関わり合うと面倒な事になりそうなのでパス。そっと挨拶代わりにハグをして、頬にキスの一つも押し付けて早々に逃げた。
ジャミルを見つけた途端にへにゃりとはにかみ笑う男は、少し前にジャミルで童貞卒業した坊や。童顔の割りに凶悪な性器を持っていたことを思い出して尻が疼く。あのデカブツでがむしゃらに突き上げられるのは悪く無い。悪く無いのだが、いまいち手が伸びない。いや、手は伸ばした。元気にしてたか?と股間のデカブツを撫でながら聞いてやった。兆しても居ないうちから存在感のある性器を丁寧に服越しに撫でてやり、その気になる寸前に離してじゃあなと笑って逃げた。引き留める事も出来ずにしょげる姿は可愛げがあったので今度たっぷりサービスしてやろうと思う。
いまいちピンと来る相手が見つからないまま気付けばカウンターの前。いつもの場所にいつもの男が座っていることになんとなく安心しながらメニューを眺める。何か、ほの甘くてさっぱりしたもの。モヒートでいいかと適当に決めて注文する。
「随分大量に釣り上げてたなモテ男」
色気のある低音で笑う「いつもの男」ことレオナはこの店の客の中で一番の顔馴染、つまりは何度も寝ている相手だと思う。体の相性が抜群に良く、話も合う、そして思考も似ている。あまりに馴染みすぎてしまうからなるべく避けている所すらある。多分それはレオナも同じで、お互いの気が合ってしまった時なんかはもう目があっただけで何も言わずともヤる体勢に入る。言葉が無くてもお互いの欲しい物を正確に分け与え、余計な手順を踏まずとも高効率で満足をくれる一番のお気に入り。だが今日はお互い、何か違った。約束された安定が欲しいという気分では無い。そもそもレオナは別に狙ってる獲物が居るようだった。
「お陰様で。そちらの釣果はいかがですか」
「まだ糸垂らしただけだからな。食い付くかどうか」
にたりと牙を剥き出しにして笑う男の視線の先を追いかけるが、雑多な人ごみに紛れた獲物までは判別つかなかった。バーテンが差し出すグラスを礼と共に受け取ると、冷えた液体を一気に半分程煽る。瑞々しいミントの香りが炭酸と共に鼻に抜けて心地良い。
「随分可愛らしい賭けをされてるんですね」
「は、負け戦はしねえよ」
自意識過剰にも聞こえるような台詞に思わず釣られて笑う。他の人間が言ったのならば笑い話だがレオナならば有り得ると思えてしまうのだから仕方が無い。レオナはジャミルをモテ男と評していたが、ジャミルから言わせてもらえればこの店でレオナ以上にモテる人間は見たことが無い。現に今もレオナが獲物を狙う横顔にいくつもの視線が突き刺さっていた。声を掛ける機会を伺い、待っている間にジャミルが隣に座ってしまった為に近づく事すら出来なくなってしまった哀れな雑魚。こっぴどく振られるよりは、そのまま夢見ていた方がきっと良い。
ぼんやりと辺りを眺めているうちにレオナの釣り糸に反応があったようだった。それじゃあお先に、と悪い顔で笑ってあっさりとジャミルを置いて人の波に埋もれて行ってしまう。それを羨ましいと思いつつ、今日はもう駄目かもしれないと半ば諦めの気持ちがあった。ジャミルはそれなりに論理的な思考を元に行動していると自負しているが、こういうことに関しては感性が大事だと思っている。何もかもがいまいちぱっとしないという時に無理に相手を定めてもいまいちなセックスしか出来ないし、同じ相手だったとしても感性で惹かれた日にはとんでもなく気持ち良いセックスが出来る。すべては、その日のノリ次第。今日はきっと何をしても駄目なパターンだ。この一杯を飲み終わっても気が乗らないようだったら大人しく帰ろう、とホールの人集りを眺めながら氷の解け始めたグラスを揺らす。
ビール一つ!とバーテンに注文する明るい声にふと視線を向けたのはたまたまだった。そこに居たのはジャミルと同じくらいの年齢の、いかにも愛されて育ちましたと言わんばかりの笑顔でビールを受け取る男の姿。着ている服はシンプルなデザインだがそれなりのハイブランドばかりで相当な金持ちのお坊ちゃんである事が窺い知れる。そんな汚れなんて知りませんみたいな顔したお坊ちゃんが何故こんなクラブに来ているのかとふと興味が沸いたのは事実。ジャミルやレオナのような目的でこのクラブに来ているのは全体からすれば極々少数であり、大多数は本来の意味のナイトクラブを楽しむべく集まってきている客ではあるのだが、それなりに治安の悪い店である。敢えて見通しが悪くなるように置かれたパーティションや装飾の向こうで男女問わず性交が行われているのは日常茶飯事、違法な物の取引やその使用だって当たり前のように行われているし、その辺のトラブルでいざこざが起きる事だって少なくない。店もそれを黙認どころか助長させているような所がある。
いつかこの男もそのいずれかに飲み込まれるのだろうか。疑う事を知らない能天気そうな笑顔を見る限り、そう遠く無い未来だという気もする。可哀想に、と思う物の、それと同時に新しい玩具を見つけたような気分だった。いずれ失われるものならば、遅くても早くても同じ事だろう。
ちょうど振り向いた男と目が合い、反射的に笑みを浮かべて見せる。人好きのする笑顔の男はそれだけで嬉しそうにジャミルの傍へと寄って来た。
「隣、いいか?」
「どうぞ」
「ありがとな!」
そう笑って隣の席に落ち着いた男がビールの瓶に刺さった櫛切りのライムを指で押し込み、ぐいと煽る。身長はジャミルよりも低そうだが、汗ばんだ首筋に浮かんだ喉仏がビールを飲む度に動くのはとてもそそられた。ぷは、と景気よく息を吐いた男がジャミルに向き直ると真っ直ぐに右手を差し出される。
「俺はカリム!よろしくな!」
「……ジャミル。よろしく」
初対面でまず名乗り合う健全さに吹き出しそうになりながらも右手を握る。この店に顔馴染は多いが、性器の形や好きなプレイは知っていても名前を知らない相手の方が多いジャミルに取っては眩しいくらいに健全だった。そこから始まる会話も友人に連れられて初めて来ただの、知らない人と一緒に踊るのが楽しいだのと幼く見える顔を綻ばせて語る姿はジャミルの悪戯心を膨らませるばかりで、穏やかな青年を装った微笑みで相槌を打ちながら腹の底ではいつ食らってやろうかと暗い欲が疼いていた。
カリムが瓶を煽るペースに合わせて水で薄まったモヒートをちびちびと飲み、後一口でカリムが飲み終わる直前にグラスを煽る。たん、と少しばかり強くグラスをカウンターに叩きつけ、大袈裟にふう、と息を吐きだした。
「悪いが、トイレに行きたいからお先に……っと、」
そうして椅子から下りる間際に、よろめき、カリムに肩からぶつかる。わざとらし過ぎるかとも思ったが、純粋なカリムが慌てたように両腕でしっかりとジャミルを抱き留めてくれるのにひそりと笑った。
「ああ、……ああ、悪い。少し、飲みすぎたみたいだ」
「大丈夫か?一度座って……水でも飲むか?」
「いや、トイレに……」
「わかった、連れてってやるよ!」
にやける口元を隠すように片手で抑えればそれらしく見えたのか、気づかわしげにカリムが椅子から下りてジャミルを支える。
「無理そうだったらいつでも言ってくれよな、我慢するなよ」
「ああ、……」
支えられるままに体重を預け、のろのろとトイレに運ばれて行く。浮足立つ心で早くも身体が熱かった。期待で下肢に熱が蟠りわざとしなくても足が縺れそうになり、その度に励ますような声を掛けられ、そうして辿り着いたトイレはお世辞にも綺麗とは言い難い場所。禿げたペンキと黒ずんだ汚れ、好き勝手にぶちまけられた落書きと鼻にツンとくる臭い。すっかりこの場所に馴染のあるジャミルにとっては興奮を増す材料にしかならない。
「ほら、ついたぞ……ッ!?」
丁寧に個室まで運んでくれたカリムを扉の内側へと引き摺り込み、壁に押し付けるようにして唇を重ねる。怒るだろうか、怯えるだろうか、下手したら泣くのでは無いかと期待しながら驚きに開かれた唇の隙間から舌を潜り込ませて口内を探る。ビールの苦みとライムの香りが残る粘膜を舐り、奥に縮こまった舌を舌先でつつきくすぐってやると、我に返ったカリムにがっしりと両肩を掴まれ、引き剥がされる。
「んぁ、……」
「っっジャミル、気持ち悪いのはもう大丈夫なのか!?」
拒絶や困惑の言葉ならまだしも、想定外に心配されて思わずジャミルが呆気にとられる。だが揶揄や言葉遊びでは無いと知れる真剣な眼差しに射止められて素直に頷いた。
「んなの、初めから嘘に決まってんだろ……」
「なら良かった!」
そう言ってにかっとこんな場末のトイレに似合わない顔で笑ったカリムがするりと体勢を入れ替えたかと思うと今度はジャミルを壁に押し付けるようにして唇を重ねて来る。
「んっんんぅ……????」
濡れた舌が無遠慮に押し入り我が物顔でジャミルを貪る。視界の端でトイレの扉が閉じられ鍵をかける音が聞こえた。予想外の出来事に瞬くしか出来ないジャミルの目の前で夕焼けのような瞳が弓形に笑っていた。
わけがわからない。
それがジャミルの素直な感想だった。
「気持ちいいなあ、ジャミル」
「ッひぅん…ッぁう、あ……あ……」
みしりと軋む音がしそうな程にめいっぱい広げられた場所をぬくぬくと擦られながら、散々しゃぶり尽くされた胸を指で痛い程につねられてがくがくと脚が震える。踏ん張ろうとすれば童顔に似合わない巨根の脈動までも感じ取れてしまいそうな程に締め付けてしまい、益々気持ち良くて力が入らない。
「あ、またイきそう……ッ」
「っや、あ、あぅ、ああ、あ……あ」
壁に頬まで押し付けてしがみついてなんとか身体を支えるのに必死だというのに、軋む程に骨盤を強くつかんだカリムがごつごつと腹の奥深くを穿つスピードが速くなる。もう何度吐きだされたのかわからない物が溢れてばちゅばちゅと卑猥な水音を立て、足首にまで伝い落ちて行くのがまた肌を粟立たせる。
荒い息が項に掛かり、ごりごりと遠慮なしに中を擦られるともうそれだけでイきたくないのにまた勝手に体が喜んでカリムを搾り取ろうと絡みついていた。それすらも引きずるような勢いでピストンされてしまうといとも簡単に上り詰めてしまう。
「っふ、ぅぐうぅぅ~~っ」
「ジャミル、……ッっ」
もうわざとらしく喘いで見せるとかそんな事も考えられないくらいに必死だった。奥歯を噛み締め壁に爪を立て絶頂感に耐える。そうでもしなければ床に崩れ落ちてしまいそうだった。
なんとか耐えて、堪えて、やり過ごしたと思った頃にずるりとカリムの物が抜け落ちて行く。内臓の一つや二つ一緒に持っていかれたかのような質量の喪失感に、折角今まで耐えた足ががくりと折れ、膝をつきそうになる寸前でカリムの腕に抱きかかえられる。
「よ、っと。……辛そうだな、ジャミル」
「……も……無理ぃ……っ」
「ほら、こうすれば俺にしがみつけるだろ?」
弱弱しく頭を振る事しか出来ないジャミルの身体がずるりと引き上げられ、向かい合うようにして背を壁に押し付けられる。両腕をカリムの首へと回させられ、左膝が持ち上げられて再び宛がわれる萎える気配の無いそれにひぅ、と引き攣った悲鳴が漏れた。
「もーちょっと、頑張ってくれよな!」
「や、やだ……無理……無理……」
「っはは、ジャミルは可愛いなあ!」
ぼたぼたと重力に任せて閉じ切れない場所から白濁を溢れさせていた所にずん、とまた奥深くまでカリムに貫かれてただ悲鳴を上げることしか出来無かった。
気持ち良い事は好きだ。気持ち良くなりすぎて我を失う程に追い詰められるのも、嫌いなわけじゃない。
だが今日はそんなつもりは無かった。不慣れそうなカリムを軽く揶揄って楽しんでちょっと満たしてもらえれば満足するつもりだった。
それが蓋を開けてみればジャミルが手も足も出ない程に丁寧な……というよりもねちっこくてしつこい愛撫で挿入する前から散々鳴く羽目になり、挿入したらしたでデカいし遅いし終わりが無い。穢れを知らない善人そのもののような顔をして人の話も聞きゃしない。優しい顔して自分のいいように進めるもんだからもうジャミルはイきすぎて体力の限界だった。
気持ち良い事は好きだ。予想外だったとは言え、今までにないくらいに気持ち良いカリムとのセックスも好きだ。
でももしも次があるのならばせめてベッドがある場所がいいと願いながらジャミルの意識は快感に塗りつぶされて行った。
[2回]
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