王族であり、アジーム家の大事な取引先でもあると同時に重要なコネクションでもあるその男は、宴好きの現アジーム当主に招かれて度々アジーム家に訪れていたから顔は知っていた。
威厳のある体格だが、人好きのする笑顔と気さくな人柄、奉仕には惜しまず褒美をばら撒くその男の評判は従者たちの間でも悪くはない。ジャミルもカリムと共に度々お土産と称した様々な珍しい玩具やアクセサリー、菓子等をもらっており、心から慕うような素直さは無かったが、決して害のある人では無いという認識を持っていた。
それが覆されたのは、今までならば子供は寝る時間だからと参加させてもらえなかった夜の宴に初めて混ざる事を許された時の事。混ざると言っても宴を楽しめるのはカリムであって従者であるジャミルははしゃぐカリムをなんとか制御するので手一杯だった。そもそも子供と言える年齢の者はこの場にはカリムとジャミルしか居ない。酒を飲み、普段よりも質の悪い絡み方をする大人からカリムを守るのは命を狙う暗殺者から守る事と同じくらい、神経が摩耗する。
そんな中で不意にジャミルの実父がそっと傍に近付き、この場を代ろうと言ってくれた時は本当にありがたいと思ったのだ。ジャミルでは何を言っても笑うばかりの大人達も、父であれば巧く往なしてくれるだろう。
そうほっとしたのも束の間、お客様にお酌を、と今日の主賓である男を示されて歪みそうなる顔を引き締め、かしこまりましたと頷く。面倒な大人達から逃れられるのはありがたいが、その代わりに主賓の相手をするとなればそれはそれで荷が重い。だが此処でジャミルに逆らう術はない。命じられたのならば、ただ粛々とこなすしかない。
男とアジーム家当主が語らう座は広間の一番奥、他よりも一段高い場所にあった。段の手前まで近づき、跪いて頭を垂れると人好きのする笑顔で出迎えられる。
「待っていたぞ!さあ、おいで。酒を注いでおくれ」
「失礼します」
許可を得てから立ち上がり、傍らの従者から酒が入った壺を受け取ってから改めて男の前に跪く。差し出された銀の盃に恭しく壺を傾ければ血のように赤い液体が盃を濡らし、ふわりと独特な酸っぱいとも甘いとも言えない匂いが広がる。溢れぬように、だがみすぼらしくない程度に盃を満たしてから壺を戻し、伺うように見上げるとにこにこと笑う男と目が合った。
「さあ、さあ、こちらへ来て座りなさい。遠慮することはない、さあ」
前のめりに誘いかける男に思わず当主を見るが、苦笑いをして頷くだけだった。従者であるジャミルが主と主賓と並び座る事などあり得ない話だ。だが命令に逆らう事も出来ない。主も首を振らない。ただ酌をするだけで済むと思っていたジャミルだったが、これは面倒な事に巻き込まれているのだと知らず緊張が走る。
「……失礼、します」
ぎゅうと壺を胸の前でしっかりと握り締めながら、指示された通りに男の傍らへと座る。するとすかさず壺が取り上げられ、たった今注いだばかりの盃が目の前に差し出された。
「良い子だ。それでは、毒見をしなさい。毒が入っていないことを証明する為に飲み干しなさい」
にこにこと、男の人好きする笑顔は変わらない。疑われているのか、からかわれているのかもわからなかった。もう一度当主を見るもただ同じ顔で頷くだけで何もわからない。
「――……頂きます」
両手でそっと盃を受け取り、顔を寄せるとツンと刺激のある匂いが鼻につく。ジャミルはまだ生まれてからこれまで一度も酒を飲んだことはない。色合いは綺麗だがとても美味しい物とは思えない匂いのそれの味を知らない。口にするだけで人格が変わったり、または体調を崩したり、こんなものを好んで飲む大人たちの気持ちがまだわからない。縁にそっと唇を寄せ、盃を傾ける。口に含んだ途端にじわりと熱が滲み、そして冷える。匂いそのままの味と、強烈な渋みが混ざり合ったなんとも言えない味が口いっぱいに広がる。
「全部、飲みなさい」
吐き出す程では無いが、口にしてなお何故この液体が好まれるのかわからない微妙な不味さ。だが味わってしまえば余計に辛くなるのは理解した。促されるまま、ぐ、と顎を上げて一気に盃を呷る。ごくりごくりと喉を通る度に胃が焼けるような熱が広がる。これが毒なのか、それとも元々の液体の味なのかもわからない。ただ一心不乱に飲み干し、そうして空になった所で息を吐く。ぐらり、と視界も揺れていた。世界が回る。なるほど酩酊とはこういう事か、と妙に腑に落ちた。
「良い子だ。それではもう一度、今度は私の為に注いでおくれ」
気付けば盃が取り上げられ、そうして壺を手に持たされていた。壺と、そして男とを見比べ、そうしてやっと命じられた言葉を理解し、膝をつこうとした。
「……ぁ……?」
確かに持ち上げようとしたはずの身体は気付けば男の肩に凭れ掛かるように倒れ込んでいた。よろめいたのだと、そう気付くのに時間がかかってしまったくらいに意識がふわふわとしている。なんとか零さぬようにと握り締めた壺の中身がたぽんと揺れて水音を立てていた。支えるように腰に回された男の掌が熱い。そのままぴったりと身体をくっつけるように引き寄せられ、見上げた男は変わらない笑顔でただただ笑っていた。
「そのままの姿勢で構わない。さあ、早く」
笑っているのだから、たぶん、大丈夫。はい、と一つ返事を返して、そうっと壺を盃の上へと傾ける。とろとろと銀を浸食し広がる赤。とくとくと注がれるにつれ鮮やかな赤が深みを増して行く。目は確かに液体が注がれている場所を注意深く見て居た筈だった。万に一つも粗相がないようにと最新の注意を払っている筈だった。だが気付いた時には盃から溢れる程に注がれた赤が男の手を伝い衣服を濡らして行くところだった。ふわふわとした気持ちは何処かへと吹っ飛び、胃の底が冷え切る。慌てて頭を下げようとするも腰に回された腕が離れる事を許さず、せめてもと身を縮めて俯く。
「も、……申し訳ございません……」
動揺で呼気が荒くなる。熱い。肌と言わず眼と言わず内側からの熱で汗が滲んでいた。俯く先には豪奢な金糸の刺繍が散りばめられた白い召し物が無残にも真っ赤に染まっている。とても自分や父が弁償出来るような代物ではない。主に尻拭いをさせたとなれば明日からバイパーは笑い者だ。どうすればいい?わからない。
「ふふ、そう、怯えなくていい」
濡れた手が縮こまるジャミルの顎に触れ、見上げた先の男は涙に歪んだ視界の中でも変わらずただ笑っていた。
「名前は?」
「……ジャミル、……ジャミル・バイパーです……」
「そうか、ジャミルか。良い名だ」
そういうと男は片腕でジャミルを抱え上げて自分の膝の上におろした。主賓の膝の上に座るなど想定外の出来事でジャミルの思考はついていけない。ジャミルを可愛がってくれている当主ですらこんな事をした覚えは無い。罰の為に平伏させるのならばまだしも、こんな幼子でもあやすかのように抱えられ、わけがわからずただぽかんと男を見る事しか出来ないジャミルに男は殊更口角を釣り上げて笑う。
「何、心配するな。大した事ではない。だがそうだな、着替えが必要だから手伝ってくれるか?」
「……ッ!はい、お任せください!」
許される、とまでは行かずとも贖罪の為にならなんでもするつもりだった。勢いよく頷いたジャミルに目を細めた男が不意に顔を近付け、ちゅ、とジャミルの首筋に水音を残す。
「っっ!!???」
ちくりとした痛みともつかない感触に驚くジャミルを他所に、それでは行こうかと男はにっこりと笑ってジャミルを抱えたまま立ち上がり、歩き出す。壺を抱えたまま身を縮こまらせるしかないジャミルにはもうすべてがわからなかった。
ただ、縋るように振り返った当主が苦く、苦く笑って見送っていたのだけが強く眼の裏に焼き付いた。
肌の上を、熱い舌がなめくじのように這っている。
顔から足の爪先まで全身くまなく這いずり回ってジャミルの身体を濡らしてゆく。それどころか唇の内側にまで潜り込んだそれがべったりと唾液を塗り付けるように口の中を好き勝手に舐めまわす。飲み込んだ唾液は先程飲んだ酒の残りカスのような味がした。不思議と不快だとは思わなかった。ただ少し息苦しくて、ぞわぞわして、ふわふわする。何にも無いのにふと笑い出したくなってしまうような、浮ついた心。
「気持ち良いかい?」
男が問う。きもちよい。ああ、それだ、とジャミルの唇が綻んだ。
「うん、きもちいぃ」
「良く効いているようで良かった」
そう言って男が笑うから、ジャミルも笑う。頬を撫でられて、その大きな掌にすっぽりと包まれるのが心地良くて、頬を摺り寄せる。何でこんな事になっているんだっけ、と何処か遠くで自分が首を捻っていたが瞬きをする間に何処かに消えてしまった。だって、こんなにも気持ち良い。
この部屋に辿り着くまでは、もっと眠気に苛まされていた筈だった。宴の後にみっともなく地面に転がる人間の気持ちがわかってしまうくらいには眠かったのだ、とても。だがこの部屋にやってきて、酔い覚ましに、と頂いた水を飲んでから何か様子がおかしい。空気の匂いすらも感じ取れそうな程に神経が研ぎ澄まされているのに、思考がふわふわとしている。男への緊張も何もかも何処かへ吹っ飛んでしまって、いつにないくらいに素直な気持ちで受け答えが出来る。
満足気に眼を細めた男がジャミルの唇を啄んだ後、再び男のジャミルの肌を食み、そして丹念に舌で濡らす。あんまりにも丁寧に舐め尽すからなんだかすっかりキャラメルにでもなってしまったようだった。男の舌に舐めて溶かされてとろとろと柔らかくふやけている。触れるだけで形を変えてしまう程にふやけているのに、男の髪が、髭が、ちくちくと柔らかな肌を突き刺してむず痒い。特に、内腿から足の付け根に顔を埋められてしまうとたまらなかった。くすぐったくて逃げたいのに、確りと脚を掴まれてしまっては身動ぎすらままならない。
「やぁ、ら……っはなして、……」
男の頭をどかせようと動かした腕が、自らの重さに耐え切れずにぽとりと男の髪を撫ぜるように落ちてしまう。もう一度持ち上げたくても、自分の腕の筈なのに重くてうまく動かせない。
「こら、おいたは無しだ」
そう言って笑った男に両手を捕らわれ、握られる。ジャミルの小さな掌よりもずっと太くて骨ばった大人の掌。熱くて指先からも溶かされてしまうようだ。そうしてまた、男がジャミルの下肢に顔を埋める。舌先でキャラメルの形を変えるみたいにぬるりぬるりとジャミルの肌を撫で、時折ちゅうと吸われると身体の奥でつきんと何かが走り抜ける。ふぁ、と力の抜けたような声が出た。もうすっかり舌は溶けてなくなってしまったのか、なんだかうまく回らない。大きな男の唇がジャミルの肌にかぶりつくように食んでは唾液で濡れた場所を吸う、それを何度も繰り返されると尾骶骨の辺りがなんだかむずむずして落ち着かない。逃れようとしても男の頭を股に挟み腕を取られているせいでただシーツの上をくねる事しか出来ない。
「気持ち良い時はちゃんと口に出して言いなさい」
穏やかな男の声が足の間からする。気持ち良い、うん、きっとたぶんそう。
体がぽかぽかして心がふわふわして、無性に嬉しくて笑いたくなっているのだから。
「きもち、いい……ッぁ」
縺れる舌でなんとか言葉にした途端により強く足の付け根を吸われてひくんと背が浮いた。白い何かが、身体の中を直線的に走り抜けている。
「良い子だ」
ぎゅう、と手を強く握られるだけでなんだか幸せな気分だった。こんなにも身も心も蕩けてしまったらそのうち液体になってしまう。
正に液体になりかけていることを証明するかのように男の舌が身体の内側へと潜り込み、撫でていた。誰にも、自分でも触れた事の無いような場所を熱い舌が押し広げてジャミルを内側からしゃぶりつくそうとしていた。
「あ、……ッあ?……ぁ、やだあ……それ、……っ」
体内に触れられる本能的な恐怖に頭を振る。ジャミルがジャミルの形を保っていられなくなってしまう。そのくせちくちくとあたる髭が、まだジャミルに輪郭をある事だけは教えてくれる。ただの液体になり切る事も出来ずにぐずぐずの塊のまま男に食べられてしまう。逃げようとしても繋いだ手が更に男の顔に尻を押し付けるように引き寄せ、じゅる、ぬちゅ、と水音が立つ程にしゃぶり尽くされる。
「っひぅ、やだ、やだあ……っ」
ぞわぞわが止まらない。熱が出た時みたいに身体が熱い。なんとか逃れようともどかしい身体を暴れさせてやっと、男が離れる。
「怖いか?」
「……うん、」
「じゃあ、これは止めて置こうか。その代わり、此処にお薬を塗らせてくれ。怖くないから」
滲んだ涙を追い出すようにぎゅうと瞼を閉じて頷く。お薬が何なのかはわからないけれど、お薬なのだから身体に良い物の筈だ。何も悪く無い場所に塗る薬が何かなんて、考える事すらしなかった。一度手が離され、小物入れに手を伸ばした男が取り出した小さなケース。蓋を開けば半濁した白い軟膏のような物がみっちりと入っていた。それを、ごつごつとした中指がごっそりと掬い上げてジャミルに見せる。
「これを塗るよ。ちょっと冷たいけれど、怖くはないね?」
自分の目で、確認した。それがジャミルの警戒心を解いた。小さく頷くと男は笑ってジャミルの額に口付けを落とす。先程散々舌でほじられた場所にひやりとした物が触れ、安心させるようにゆるゆると指先が入口を撫ぜた後に、にゅるりといともたやすく内側へと潜り込んだ
「ん、……っん、……」
柔軟に形を変える舌とは違う、硬い指の感触。異物感は大きかったが、痛みは無かった。ジャミルの中をぞろりとまんべんなく撫でてから引き抜かれ、入口に溜まった薬を指先で拭っては中へと押し込まれる。そうしてすっかり塗る薬がなくなると、更に新しく薬を掬い取ってはジャミルの奥深くまで薬が運ばれる。薬が増やされる度に押し込まれる指が増え、圧迫感は増すのに撫ぜられている場所がじんじんと熱を持っていた。最初は指一本でもこれ以上は入らないと思ったのに、気付けば男の指は三本も入り込んでぐちゅぬちゅと水音を立てる程に自由にジャミルの中を掻き混ぜていた。指の腹でぐ、っと強く粘膜を擦られるとびりびりと痺れるような何かが肌の上を這いあがり、きゅうと身体が緊張する。舌で舐られていた時と同じぞわぞわが、先程よりも強く溢れ出ているのに「お薬」を塗られているのだと思えば怖くはなかった。むしろお薬ならば、もっと欲しいとすら思ってしまう。熱くて、じんじんする所をもっと強く掻いて欲しい。
「気持ち良いかい?」
「きもちい、……ッきもちぃよお……ッ」
問われ、何度も頷く。少しでも気持ち良くなりたくて、もっと、と唇から自然と零れていた。だが、言った傍から無情にも男の指がずるりと引き抜かれてしまう。
「ぁ、……」
何故、どうして、こんなにも気持ちが良いのに、と悲しい気持ちで男を見ると、目尻にそっと口付けが落とされた。
「もう、怖くない?」
「……うん、」
「気持ち良かった?」
「……きもち、よかった……ッ」
だから、はやく、と気持ちが急くのに男は続きをしてくれるどころか離れて行ってしまう。おいて行かれるようで悲しくなって視界が歪む。つい今しがたまで当たり前のように男が触れてくれていた場所がじくじくと痒みとも痛みともつかない熱で疼いている。早く、擦られたい。掻きむしるくらいでもいいから、強く擦って欲しい。でも頭も体も巧く動かなくて、何を言えば良いのかわからかった。
「今度は、これでジャミルの中を撫でてあげようと思うんだが、怖いかね?」
そう言って、男が下肢の布を緩め、性器を、恐らく性器だと思われるものを取り出す。だが他人の性器等、普段見る事なぞ皆無に等しい。生えている場所は確かに性器であるのに、余りにもジャミルの物とは違い、太くて、長くて、まるで意思があるかのように天井に向かって反り返っている姿に知らず、乾いた唇を舐める。
「触って、確かめてみなさい」
ジャミルの腹の上に跨る男に両手を導かれ、そっと両手で包み込むようにして触れさせられたそこは熱かった。驚いて引っ込めそうになる手の上から男の手が重なり、ゆるゆると幹を上下に擦る。薄い皮膚の下に、脈打つ熱の塊があった。びくびくと時折跳ねてまるで別の生き物かのように力強かった。そうしながらもジャミルの内側は熱くて、痒くて、そんな疼きを指よりも太く熱いこの塊で撫ぜられたら。
「ぁ、……ッあ、あ、あ――ッッッ」
何かが急速に駆け上りジャミルの内側を真っ白に塗りつぶして行った。がくんと言う事を聞かずに身体が勝手に仰け反り、全身が沸騰するように熱いのに、凍り付いたように硬直して動けない。急激に身体から神経を引き剥がされたような衝撃。余りにも強いその感覚に支配されたのは、時間にすれば数秒の事だろうが、その数秒で何かががらりと塗り替えられてしまった気がした。
「気持ち良さそうだね」
硬直が解け、は、は、と荒い息を吐くしかないジャミルの頬を男の手がゆっくりと撫でる。気持ち良い、そう、これは気持ち良い事。男が言うのだから、間違いない。気持ち良かった、だから、早く。
「っは、……ふ、……ください……」
「ん?」
「中、撫でて、ください……」
指で撫ぜられるだけであんなに気持ち良かったのだから、これで撫でられたらもっと気持ち良い筈だ。わかってるからこそ、目の前にあるのにまだからっぽの中がきゅうきゅうと鳴いている。早くこれをどうにかしてくれないと、おかしくなってしまいそうだ。
「いいよ。いっぱい撫でてあげようね」
そっと両手が男の首の後ろへと誘導され、しがみつく。ジャミルの腰など簡単に握り潰してしまいそうな大きな掌がぴったりと骨盤を掴み、腿の裏を膝で押し上げられて晒された場所にぴたりと熱が押し付けられた。
「ぁ……ッあ、……」
指よりも全然大きくて熱い塊が浅い場所にめり込むも、すぐに逃げて行く。くぷくぷと音を立てて入口を擦られるだけでも痺れる程に気持ち良いが、奥の疼きが酷くなってこのまま全部腐って無くなってしまいそうだった。ぎゅうと男の首を引き寄せようとするが強靭な大人の身体はびくともしない。それどころか入口の縁がこすれるだけでますます力が抜けてしまいそうになっている。あとちょっとで欲しい物がもらえる筈なのに、さっきのように真っ白な世界に行ける筈なのに、ジャミル一人の力ではどうしようも出来なくてただどろどろと身体が溶かされて行く。
「……ッはやく、……っくださいぃ……ッ」
涙腺までもが溶けてしまったのか、ぼろりと涙まで溢れて来た。歪んだ視界の向こうで、男が笑う。
「ァ、―――……ッッッ!?」
勢いがそれほどあったわけでは無い。だが、ぐ、と体重をかけられたと思った瞬間にはジャミルの中をめりめりと音を立てるように押し広げた熱が真っ直ぐに奥を目指して突き進んで行く。
たったそれだけだった。待ち望んだ熱がゆっくりと撫でただけで今までにないくらいの白に包まれて意識が飛びそうになる。
「っひ、……ッぃぎ、……ッ――」
食い縛った歯が解けないまま、ぞろりと中身を全て引き摺りだすかのごとく引き抜かれ、また奥深くまで貫かれる。気持ち良い、だが、気持ち良すぎてどうして良いかわからない。一度待って欲しくても、それを伝えたくても、言う事を聞かない身体は真っ白な世界にジャミルを縛り付けたままで返してくれない。どうにか帰ろうとしても男が緩やかに腰を動かすだけでまた新たな波が来て押し戻されてしまう。
「ジャミル、良い子だね」
男が何か言ったような気がしたが、もはやジャミルの耳には届いていなかった。ゆるゆると穏やかな動きでジャミルの内側の柔らかな部分を撫でられているだけなのに嵐のように終わりの無い快感に目の前がちかちかしている。
「っゃ、あ、………ぅ……」
息すらもままならずに引き攣った音が漏れるのが精一杯。がくがくとジャミルの意思を無視して震える身体をいとも簡単に抑え込んだ男が、緩やかだった動きから一変して、ずん、と一番奥深くまで一気に突き上げる。
「ぃ、……ぁ、……ッぁあああああ……」
これ以上ないくらいに引き攣った身体が限界を迎え、そして堰を切ったように喉から音が出る。食い縛っていた歯が解かれてしまってはもう、だらしなく開いた唇を閉じることが出来なかった。ずん、ずん、と重量感のある熱が最奥に叩きつけられるたびに悲鳴にもなれない声がジャミルの唇から漏れる。必死にしがみついても制御を失った身体がばらばらになってしまいそうだった。
「っゃああ、ああ、あ、あああああ…ッあああ、あ」
「好きなだけ、気持ち良くなりなさい」
次第に早くなる動きに身体も頭もぐちゃぐちゃだった。ぐちゃぐちゃで、気持ち良くて、怖いのに、幸せで、涙が溢れて止まらない。もう息をするのも辛くて早く終わって欲しいのに、永遠にこの白い海に縛られていたいとも思う。
気付いた時には、ジャミルの自室のベッドの上だった。自宅ではなく、次期跡取りの従者としてカリムの部屋の隣に与えられた部屋。何かと便利なこの部屋で過ごす事が殆んどであったから、自宅の自室よりもよっぽど生活感がある。
瞼が物理的に重い。体があちこち軋んでいて、起きているのに頭が回らなかった。ただぼんやりと、虚ろに視線を彷徨わせて天井からとろりと視線を動かせば、ジャミルの父親がベッド端に座っていた。ジャミルが起きた事に気付いたようで気づかわし気な顔で額を撫でられる。
とうさん、と、呼んだはずの声は音にすらならずにただ喉を震わせるだけだった。
益々眉を潜めた父は、ジャミルの頬を撫でると、静かに、すまない、と小さな声で謝罪を零した。
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