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空箱

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10

何のきっかけでそんな話になったのかは覚えていない。
気付いたらダンスの話になり、踊る事自体は好きだから色んなジャンルを齧って来たと言うジャミルに、レオナはソシアルくらいしか習った事が無いと話した所、それは知らないジャンルだから是非教えてくれと目を輝かせて強請られ。
二人で一緒にシャワーを浴び、普段ならばそのまま水気を拭くだけ拭いたら裸のままベッドに縺れ込む所だったが、とりあえず下着一枚身に着けて部屋へと戻る。素肌のままだとリードがし辛いだろうとその辺にあったレオナの運動用の黄色いTシャツをジャミルに着せてやると余りにぶかぶかと色んな所を余らせていて笑いを誘う。丈が余り、下着をすっぽりと隠してしまうせいでまるで何も履いていない幼子のようだ。かくいうレオナも下着一枚だけのくせに運動用のスニーカーだけを履いた姿だったのであまり人の事を笑ってはいられない。
「とりあえず、お手をどうぞお姫様」
右手を背に、左手をジャミルへと差し出して恭しくお辞儀をすれば、一瞬嫌そうに顔を顰めてから恐る恐るというように右手が重ねられる。
「三拍子はわかるな?女は……お前は、右足からだな、繋いでる手と同じ方からと覚えりゃいい。拍に合わせて交互に足を動かせ」
重なった手を握り、右手はジャミルの背に宛がいぐっと引き寄せる。ぴたりと胸が重なる程の距離。勢いあまって一度顔をぶつけたジャミルが驚いたようにレオナを見上げた。
「近……こんな密着するのか?」
「細かく言えば違うが、この方がわかりやすいだろ。最初はまず俺の足の上に乗れ」
意図を察したらしいジャミルがぱちと一度瞬き、それからそっとレオナの靴を踏みつけるように右足、左足と乗りあがる。安定する場所を探すように何度か足踏みした後、靴の越しに足の甲の上、ぴたりと足の裏が張り付き体重がかけられた。
「何処見ればいいのかわからない……」
「俺の顔でもいいが?」
「……なんか嫌だ」
「見惚れるからか?」
「……」
返す言葉を失い唇がへの字に曲がるジャミルに思わず笑う。好きにしろよ、と告げるも行き先を無くした視線はすぐ間近のレオナの鎖骨辺りを見て居た。
「それじゃあ、行くぞ」
ジャミルの背に当てた右手でまず、いち、に、さんと本来のテンポよりもずっとゆっくりとしたリズムで背を叩く。そこから流れるように次のいち、で背をぐっと引き寄せ左足を大きく前へ一歩、に、で右足を揃え、さん、で左足をその場で踏む。ジャミルの体重が掛かった足を強引に動かしているためにそれなりに力が居る。今度のいち、は右足を後ろへ大きく引き、に、で左足を揃え、最後にさん、で右足をその場で踏む。これで1セット。まずは一拍目にアクセントを置く独特のワルツのリズムに慣れてもらおうともう一度左足を動かそうとするとジャミルの踏む力が弱くなり、レオナの右足に全体重が掛かる。だが次に右足を動かそうとする頃には既に体重は左足に移り、また左足を上げる頃には体重が移動していた。踊る事が好きだと言う言葉通り、飲み込みは早いのかもしれない。少しテンポを上げて動かしてもコツをつかんだかのようにすっかりレオナのタイミングに合わせて体重を乗せる足を変えていた。ならばと、ただ前後に動くだけの動きから、ボックスステップへ動きを変える。最初こそ急に足の浮いている時間が変わった事に戸惑ったようだったが二週目になる頃にはすっかり心得たように動きについて来ていた。ジャミルはただレオナに運ばれるまま動くだけだが、自分で体重の移動をしてくれるかどうかでレオナのやりやすさが随分と変わる。だが遠慮か、急いているのか、先走るジャミルの足が度々レオナの足から離れそうになる。
「自分で動こうとするな。俺の呼吸を読んで、合わせろ」
一度、動きを止め、アドバイスのつもりでそう告げれば他に何も言わずともジャミルの背がぴしりと伸び、左腕がレオナの二の腕に触れる。足の裏だけでなく腿を、腰を、胸を、レオナの呼吸を読み取る為の器官としてひたりと押し当ててくる。釣られるようにレオナも背筋を伸ばし、本来美しいとされる形をとりながらまず最初に背中をいち、に、さんと叩いてから足を運ぶ。繋いだ手を横へと引きながら左足を横へと移動させればぴたりと吸い付いたようにジャミルの足がついてくる。向きを変えくるりくるりと回転しても面白いくらい自然にジャミルはレオナに合わせていた。繋いだ手と、背に当てた手、それから触れ合う足の一瞬の呼吸で正確にレオナの向かう先を理解し初めからそう振り付けられていたかのように踊っていた。ふふ、と楽し気な笑い声が胸元で揺れている。
「大体わかったな?今度は、自分で足を動かせ。またスピード落としてやるから」
こくんと頷いたジャミルがレオナの足から下り、それから踵を踏んでレオナも靴を脱ぎ棄て遠くへと蹴り飛ばす。Tシャツ一枚羽織っただけのジャミルと、下着一枚のレオナと見た目は酷い物だが、ぐ、と背中を引き寄せてやるだけでまるで誂えたようにぴしりとレオナの身体にフィットする背中に自然と口角が上がる。
とん、とん、とん、と三度、動くスピードを伝えるように背中を指先でノックしてから左足を一歩大きく踏み出す。
「……っと、」
「さっきと同じだ。自分で動こうとしないで合わせろ」
大きく後ろへと移動しようとし過ぎてバランスを崩しかける身体を支え、意識させるように敢えてぴたりと腿を触れ合わせる程に近くに位置取る。本来ならばお互いの間にはスカートとスラックスがあり、多少の隙間があっても摩擦で纏わりつく布が上手く呼吸を伝えてくれるのだが、お互い素肌ではそうも行かない。今度は後ろへと引こうとする動きに慌てて追いかけてきたジャミルの足がレオナの足を踏んだ。
「あ、……」
「いい。気にするな。まずは慣れろ」
「ん、」
どうせお互い裸足だ。踏まれた所で痛くない。身体に馴染むまで、まずは基本の前後を幾度も繰り返す。いち、に、さん、いち、に、さん。ただ規則正しく前後に足を動かすだけだった動きに慣れてきた頃、少しばかり膝を使ってアクセントをつけてやる。一は強く、二と三は弱く。それだけで途端にジャミルの合わせ方が格段にうまくなってきた。初心者だからなるべく余計な動きは省いた方が覚えやすいかと思ったが、機械的に動く「運動」では無く「踊る」方が得意なタイプだったようだ。急にステップをボックスに変えても難なくついてきている。
「慣れてきたじゃねえか」
「……なんか、お堅い踊りだと思ってたんだが」
「だが?」
「……ヤらしいな、コレ」
ちらと上目遣いに見上げるジャミルが舌先を覗かせて吊り上がった唇の端を舐める。まるで挑発するようなその笑みにレオナの吐息もふつふつと込み上げる笑いに揺れる。
「こいつの相性で結婚相手を決める国もあるくらいだからな。大事だろ、相性」
「ダンスの相性で?」
「男と女が身体を密着させて運動するんだ、わかるだろ」
「本当にヤらしいな!」
声を上げ笑う合間にも足はボックスステップを踏んだままリズムは途切れていない。顔を上げて笑いながらも既に手慣れた様子でレオナの足運びにひたりと寄り添い付いて来ている。いち、に、さん。握った左手と背中の手に掛ける力加減一つで方向転換も移動も熟練のそれと変わりない。右手を離し、繋いだ左手を引いて頭上でくるりと回してやるだけでジャミルも素直にくるりと一回転してそしてまたレオナに抱き留められて元の姿勢に戻る。
その、常よりも幼い顔で笑うジャミルの笑顔に引き寄せられるように唇を重ねた。口の端に触れるだけの幼いキス。驚いたように乱れた足がレオナの足を踏み、バランスを崩した身体をしっかりと背中から支えてやる。
「っふは、やらしい」
縺れる足にジャミルがまた笑い、抗議のようにステップを乱してわざとレオナの足を踏もうとするのを避け、代わりに反対の足でジャミルの爪先を踏みつければけらけらと楽し気な声が上がる。避けて、踏み込んで、踏みつけて、踏まれて、三拍子のリズムは辛うじて保っているものの既にステップはぐちゃぐちゃだった。強引に引き摺り回すような力で方向転換をすればなんとかついて来ようとしつつも抜け目なく足を踏もうと試みるジャミルの肩が、腰が、膝がぶつかり合う。先程までの滑らかな足運びとは程遠いじゃれあいにレオナも笑う声が抑えられない。
「へったくそ」
「先輩のリードが下手なんだろ」
くるりと方向を変えて足を運びながらふと目についた何の変哲もない、自室の壁。くるり、くるりと回転しながら自然とそちらへと足を運びジャミルの背を壁にそのままの流れで押し付ける。レオナに誘導されるまま身を預けていたジャミルが突然背に触れた壁の感触に驚き逃れようとする前に、圧し掛かるように身を寄せて壁に縫い付け、勢いのまま唇を重ねる。先程までの戯れのような物では無く、今度は上がった呼吸を飲み込むくらいに深く、舌を潜り込ませて貪る。
「ん、……」
左手を指を絡めるように握り替えれば素直に絡まる指先。肩にしがみついていた手が背を滑り、ぐしゃりと髪の中に潜り込んでもっとと強請るように抱えられる。角度を変え、より深く舌を絡め合わせてはくちりと微かな水音が響き、隙間から熱の籠った吐息が漏れ、体温が蕩ける。先程まで子供のようなじゃれ合いで笑い転げていた空気がしっとりと湿り気を帯びるようだった。
「……は、……」
二人とも薄っすらと汗ばんでいた。最後に下唇に吸い付いて離れるとジャミルの長い睫毛が震えていた。それがゆっくりと持ち上がり、レオナを見上げる夜色の瞳が濡れていた。
「……やらしいことするのか?」
問う、というよりも確認するようなジャミルの囁きに笑い、頬に、耳朶にと唇を滑らせて行く。
「好きだろ、やらしいこと」
「うん」
素直に言えたご褒美とばかりに耳朶を唇に含みわざと水音を立てて吸い付いてやれば鎖骨に熱っぽい吐息が触れた。髪を引かれ求められるままに再び唇を塞ぐ。積極的に差し出される舌をしゃぶってやりながらシャツの下へと手を潜り込ませ湿った肌を探った。


見慣れた運動用の黄色いTシャツ。レオナのみならず、サバナクロー寮の者ならば誰でも持っている。
壁に手をついたジャミルの背に汗を吸ったTシャツが張り付いていた。その上に散らばる、サバナクローではあまり見かけない射干玉の真っ直ぐな髪。
「っっぁあ、…ッぁ」
ぐ、と腰を押し付けるように奥まで突き上げてやれば強張り、うねる様が布越しにもわかる。壁に額をつけて俯くジャミルの顔は背後からは全く見えない。だが爪先が白くなるまで必死に壁にしがみつく指先や、突き上げる度に嬉しそうに絡みつく内壁、呼吸を合わせるように揺れる腰が雄弁に語っていた。
「あ、ああっあ、あ、あ」
とん、とん、と浅いリズムで奥を捏ねれば憚る事無く蕩けた声が壁から跳ね返って来る。
悪く無い、と思う。
ただそこにあったから着せただけだった。別の物があれば迷いなくそれを着せていただろう。だがサイズの合わない黄色に着られて普段よりも幼く見える癖にめくれ上がった裾から覗く尻が、足が、艶めかしく震えているのが征服欲をそそる。ゆるゆると揺するリズムを崩さぬままに一房、髪を掬いあげてはそっと唇を押し付けた。きっと、ジャミルは気付いていない。
「そのシャツ、やるよ」
「っ……は……?…ぁ」
意味を理解せずに戸惑うような声にひそりと笑い、それからずろりとギリギリまで引き抜いてから一気に奥まで突き上げた。ただ、もらってくれれば良い。意味など考えなくて良い。
「――ッっんあああ、あっ」
上がる声を心地よく聞きながら細い骨盤を両手でしっかりと掴み、圧し掛かる。レオナの限界ももうすぐそこまで来ていた。

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