今日一日の汗をシャワーで流し、さっぱりとした気分でベッドに突っ伏す。何も纏わない肌にひんやりと冷えたシーツが心地よい。枕に顔を突っ伏して深呼吸すればすぐに訪れる睡魔にくぁと欠伸を一つ。元より何処でもすぐに眠れるという自負があるが、自分の匂いが染み付いたベッドは特に駄目だ。縄張りの中でも最も安全な場所にいるという安心感ですぐに瞼が重くなる。ちらりと時計を見れば約束の時間まではまだ間がある。少しくらいならいいだろうと、もう一度欠伸を零すとそのままレオナの意識は眠りの中に吸い込まれて行った。
とん、と小さな足音を捉えて浅い眠りを漂っていた意識が覚醒する。開け放たれたベランダの方、獣人にしか拾えないような微かな音しか立てずに此処まで登ってこれる技量に内心で感心する。
一言も発しない侵入者の動きは微かな衣擦れの音と匂いで大体わかる。そのままどうするのかと様子を伺っていれば、無遠慮にベッドに近づき乗りあがった後、レオナの背にべったり張り付くように俯せに突っ伏して背中に顔を押し付けられる。何かあるのかと少し待ってみるも、そのまましがみついてじっとりと動かなくなってしまった。
レオナが寝ていない事はきっとわかっている筈だ。尻尾でぺすぺすと足の合間を叩いてみても反応は無い。図体こそでかいが、まるで普段騒がしく跳ね回る毛玉が拗ねている時を思い出すような姿。夜の気配を纏わせた体温しか寄越さないので内心何を思っているのかまでは全くわからないが。
「………しねえのか?」
体勢は変えないまま、静かに問うてみる。ジャミルがこの部屋に来る時、身体を重ねなかった事は無い。むしろその為に来ているのだと思っている。絶対にしなければ気が済まないという訳でも無いが、よくわからない状況で焦らされるのは好きじゃない。
「……する……」
どう聞いてもやる気があるとは思えないような、ぼそりと低く唸るような声が背中に落とされくすぐったい。両肘をついて身を起こし背中を伺うが、昼に見る時よりも緩い形に結われた髪しか見えなかった。
「……そんなんで出来んのかよ」
「……やる……」
「その気も無ぇやつとする趣味は無ぇ」
「……やだ……する……」
ぎゅうとレオナの背中にしがみつきぐりぐりと頭を押し付けられ、本当に毛玉を相手にしている時のようだ。それも眠い癖に遊びたいとぐずる時の、一番面倒なそれ。
「とりあえず一旦離れろ」
ぺすぺすと尻尾でジャミルの背を叩くが、ずりずりと嫌がるように首が振られ、ますますもって毛玉がぐずっているようにしか見えずに思わず喉奥に笑いが籠る。
「その体勢だと「抱っこ」してやれねえんだが?」
絶対離さないとでもいうような力でしがみついていたジャミルが止まる。あまりに素直な反応に、声を上げて笑い出したくなるのを口角を緩ませるだけに留め、暫し待ってやればもぞもぞと背中に張り付いていた温もりが離れてひやりとした風が通り抜ける。
ようやく身を起こして身体を反転してジャミルを見る。むっすりと口をへの字にして俯いていた。拗ねているようにも見えるがレオナに心当たりはない。どちらかと言えば、頭の回転が良すぎる為にぶち当たった理不尽の壁に文句をつける事すら出来ずに鬱屈を抱えているような顔。レオナにも経験があるだけに、同情めいた気持ちが沸いてしまうのは致し方ない。
クッションに背を預けて座り直し、ん、と両腕を広げてやれば迷いなくジャミルが首に腕を回しぴったりと抱き着いて来て、やはり普段の澄ました顔からは想像もつかぬほどに素直な行動に思わず笑ってしまう。まだ大人になりきらずすっぽりと腕の中に納まってしまう背を抱き締める。ついでに首筋に懐く頭の、髪の合間に覗く耳朶に口付け唇で食む。獣人と違い、薄く、程よい硬さを持ってひんやりとした感触が存外心地良く舌まで這わせればひくりと腕の中でジャミルが震えた。
「……したい、けど、動きたくない……」
「俺にご奉仕しろと」
「たまにはいいでしょ」
「高ぇぞ」
「俺のご奉仕だって本来、馬鹿みたいに価値高いんですよ」
「此処にいるのはアジーム家の従者か?」
「……名も無きビッチです」
「じゃあ、仕方無ぇからご奉仕してやるよ。出世払いでな」
「ビッチが出世したら何になるんだ……」
「――……第二王子のオンナ?」
ふは、と漸く笑ったジャミルをそのまま押し倒し、シーツに押し付けて余計な事を言われる前に唇を塞ぐ。
柄にもない事を口走ったとは思うが、ジャミルが笑ったのならまあいいだろうという気持ちになってしまうのがもう駄目だ。
これは恋ではない。
同情、連帯感、同じ暗がりで震える者同士が身を寄せあい熱を分け与えるだけの、何の生産性も発展性も無いいずれ消え行くだけの関係。
それでも、二人で暖まれるのなら良いと思ってしまう程度には大事にしていた。
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尊大でありながらも優雅。
無能に見えて、その実ただ爪を隠して怠惰を装っているだけ。
さも地位のある男特有の、ただマウントを取る為のようなセックスをしそうな見た目とは裏腹に、レオナの手付きは優しい。
口で態度でどれだけ嫌だと言って見せても、いとも簡単にジャミルの本音を汲み取り欲しい物だけを潤沢に与える。国での扱いはどうであれ、この男は確かに王なのだと思う。物心ついた頃から共に在る主にすら明かせないジャミルの内側を曝け出しても恥と思わない程度には、この男に腹を見せてしまっている。それを心地良いと思ってすらいるのだから救いようがない。
「ぁ、あ、も、やだぁ……ッ」
「嫌じゃねえだろ、てめぇの好きなトコだ」
三本差し込まれた指がゆるゆると柔らかくジャミルの弱い場所を撫でている。そのまま果てられる程の強さは無く、無視できる程には弱くない。じっくりと弱火で炙られるように、事前に受け入れられるように準備してきたはずの場所をしつこいくらいに捏ね回されて、もどかしさばかりが募る。
「せんぱ、……っ早く、欲しい……っ」
「まぁだ駄目だ。俺にご奉仕させてぇんだろ?」
「ちんぽください……っ」
「んな安っぽい台詞が俺に効くと思うなよ」
ぐ、と一瞬だけ強く擦られるだけで期待に背が撓るのに、それ以上はくれない。あと一歩、強い刺激をくれたらこの渦巻く熱を少しでも発散できる気がするのに、それをわかっている筈なのにまた泥濘のように蕩けた中をゆるゆると掻き混ぜる事しかしてくれない。
いつも他人と肌を重ねる時には常に理性があった。相手が望む姿を演じ振舞う為に、常に手放さずにしっかり抱き締めていた筈だった。いかに相手好みの振舞いをするかそれだけに意識を集中し、肉体が得る快感は理性の下にコントロールできるはずの物だった。
それがこの男の前ではどうだ、いつも隣にいてくれたはずの理性は飛び、どう演じればよいのかも分からずに戸惑う心ばかりが取り残される。ただ気持ち良い事を追い求める心ばかり育てあげられて何一つままならない。
男を受け入れる事に慣れた場所をただ指で撫でられ、肌を丹念に唇で辿られているだけだというのにどうしようもないくらいの焦燥感に追い立てられ、思いつく限りの媚びを売って解放を願っても鼻で笑い飛ばされる。
「イきてぇか?」
問われ、こくこくと何度も頷く。れおな、と強請るように呼んだ声は自分でも驚く程に甘く媚びていた。
「それいいな。もっと呼べよ」
「っれおな、……れお、な……れおな、……はやくっ……」
「早く?」
「犯して、」
「ご奉仕してる相手にそんなご無体出来ねぇな」
鎖骨に痛みが走る程に噛みつく男がそんな戯言をほざく。ジャミルばかりが追い立てられて余裕ぶった顔で嗤うのが腹立たしいのに、つい、見惚れる。熱っぽい吐息を吐きだしながらジャミルを見下ろすエメラルドに一度捉えられてしまうともう逃れられなかった。
媚びる為の言葉ならばいくらでも思い浮かぶのに、レオナに届く言葉がわからない。こんなにも身体は求めているのに、その一欠けらもレオナに伝わらない。否、伝わっているのかもしれない。わかっている癖にただ高みからジャミルを見下ろす瞳にこんなにも焦がれているのにどうにも出来なくてただ悔しさに視界が滲むばかり。男をその気にさせる術には自信があった筈なのに、いつもはレオナも乗せられたように振舞ってくれていた筈なのに、それを拒否されてしまったらジャミルには何も残っていない。
「お前は、本当に……」
ふ、とレオナの空気が緩むのが分かった。眉尻を下げ、幼子を相手にするように目尻に滲んだ涙を吸い取られ、あやすように頬に唇が触れる。
「……欲しいなら、愛して欲しい、って言え」
「やだ……っ」
理解するよりも先に反射的に拒絶の言葉が飛び出した。ただの戯言、実りの無いいつもの軽口なのだからさらりと同じような薄っぺらい言葉を返せば良いのに考える前に声が出た。心臓がどくどくと煩い程に跳ねている。まるでナイフを突きつけられているかのような緊張感に襲われ逃げ出したいのに濡れたエメラルドが見てる、たったそれだけで動けない。
「俺に、愛されたいと、言え」
「いやだ、……れおな、やだ……」
「俺は、お前にとって不要か?」
「れおな、……っっっ」
なんと、応えればよいのかわからなかった。何か、考えてうまい言葉を返さなければと思うのに頭が真っ白になって思考する事すら拒絶していた。考えては駄目だと身体が拒絶していた。それなのに目の前のエメラルドはジャミルを真っ直ぐに射抜いていて、悲しくも無いのにぼろぼろと涙が溢れるし心臓がずきずきと痛い。最早どうしてよいのかわからずレオナの名を呼ぶ事すら嗚咽に塗れて出来ず、縋るように背を抱き締める。
「――……悪かった。忘れろ」
頬に唇が触れた、と思った瞬間にはぐずぐずに蕩けた場所に待ち望んだ熱が埋め込まれ、びりびりと走り抜けるような快感に貫かれて背が跳ねる。
「――ッっぁ、」
涙で震えて息が出来ずに声すら巧く出せない。それなのに確かめるように緩く抜き差しをした後はすぐに肉のぶつかる音がするほどに腰を打ち付けられ、絶え間ない快感を逃す事も出来ずに身体が強張り高みへと上り詰める。
「――ッっんん、っんぅ、……」
僅かな吐息すらも許さないように唇を塞がれ舌が絡まる。頭のてっぺんからつま先までどろどろに溶けるような快感に溺れそうになりながら、ジャミルはただ身を委ねる事しか出来なかった。
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