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空箱

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血に飢える

生臭い赤色に染まった戦場を埋め尽くす悲鳴、怒号、金属が噛みあう音。その中でも一際赤に身を染めた男が奮うハルバートにまた一人、ノイズを生み出して地に伏した。ローデリヒは一人、後衛に守られた高台からその姿を見つけて溜息を零した。
「貴方は本来私の隣に居なくてはならないはずなのですがね…」
ひっそりと零れ落ちた言葉は眼下で広がる争いのメロディーに紛れて消えた。今更言っても仕方の無い事と分かっていても愚痴らずには居られ無い。国としてす べき事とは決して自ら先陣を切り敵を切り伏せる事では無い筈だ。身体に数多の傷を負いながらも人とは違う身体は倒れることを知らず、痛まぬわけでもないだ ろうにその身を深紅に染めながらただ無機質に向かい来る敵を薙ぎ倒して行く姿は心強さよりも不安を掻き立てる。普段が陽気で暢気な男だからこそ、余計に。



「二人揃って後ろ居るより共に刃持って戦場に居る方が士気も上がるやん?」
だから、とまるですぐ近くの畑にトマトを採りに行くような気楽さで言われてローデリヒも最初は強く反対した。
「何言ってるんですかおばかさん。士気云々の話じゃありませんよ、我々が倒れてしまえばそこで負けてしまうんです。兵士だけに戦わせて自分だけ守られて居るのが不満なのでしょうけれど其処は我慢なさい」
「ちゃうねん、そういうんもあるんやけど、それだけとちゃうんよ」
暖かな草色の瞳が笑みの形に歪んで、そうして強く抱き締められた。ほんの少しだけローデリヒよりも丈の低い、だが戦う為の確かな体躯が力強く体温を染み込ませる。懐くように首元へと伏せられた表情はそれ以上見えなかった。
「俺が戦って、皆と自分、守るから。俺そう簡単に死なへんし。お願いやから、」
戦わせて。常と変わらぬ明るい声だがそれは頼むでも強請るでも無い懇願。内面を全く曝け出さない男の本心は全く掴めなかったけれどまるで幼子がしがみ着くような震える指先がローデリヒから言葉を奪った。
「俺に、行かせてや。俺から奪わんといて。俺は死にに行くんとちゃう、生きに行くねん、生きる為に行かなあかんねん、なぁ」
少しだけ霞んだ語尾。背中でベルベットが皺を作る感触。ローデリヒはそっと包み込むように癖のある黒髪へと指を滑らせた。そして隠された唇の変わりに髪に顔を埋めるようにして口付けを落とす。
「…わかりました、貴方にも戦場に立って頂きます。けれど約束してください、無茶はしないと。」



目の前に広がる広大な大地を埋め尽くす人の列。ゆっくりとそれが動き出したのを切欠にアントーニョ達も動き出す。上がる怒号、徐々に勢いを増して駆け出す 軍同士がぶつかり合えば一気に其処は阿鼻叫喚と化した。其処彼処で耳障りな金属音と悲鳴が頭を埋め尽くして行く、その不思議な高揚感。一際クリアになった 視界に浮ついたように軽い身体が欲していた。血を、悲鳴を、死を。
目の前へと踊り出た敵の身体へと振り下ろしたハルバートが肉を裂き骨を砕く感触が指先から身体の芯にまで痺れるように伝わる、その鳥肌立つ快感。背後で刃 を振り被る敵兵を振り向き様にハルバートを真横に滑らせれば柔らかな腹を二つに割って赤く濡れた臓腑を露にする。濃厚な血の香りが麻薬のように神経を痺れ させた。隙を突いて腹へと突き刺さる槍をそのまま握り締めて引き寄せ、胸の中心を突き差してやれば脆い人の身体は呆気なく崩れ落ち土埃舞う戦場に赤い絨毯 を敷いて行く。槍を引き抜けば自分もまた、赤く色付いた。
「死にたい奴から掛かって来ぃや!!気持ち良く天国行かしたるわ!!」



気付けばすっかり混戦状態となった戦場はただ赤かった。敵も味方も、本能の赴くままに刃を振るい生死を交わすだけの風景だ。何時の間にか先陣を切っていた アントーニョの姿も見失いローデリヒはまた重く溜息を吐き出す。戦況は悪く無い。むしろ良好といっても差し支えないだろう。数で劣っていた自軍の勢いに敵 は飲まれ始めて見えて居た勝利が確実な物となりつつある。時折報告に来る斥候にも現状維持を告げるだけで気に掛かる事といえば見失ったアントーニョの事だ けだ。敵と味方が入り乱れ団子状に固まったその中心に居る筈の彼の所までは流石に斥候でも入り込めないのだろう、生きているのかすら、掴め無い。胸の奥底 でずっと疼く痛みがより強くなり始めて居る。何も手出しが出来無いもどかしさに顔が険しくなるのを自覚する。待っているというのが此れ程苦痛と感じるのは 初めてのことだった。自分で刃を振るわなくなった当初は焦燥感や存在意義の有無に悩まされた物だがそれとはまた違う痛み。名も知らぬ大勢の兵士たちを心配 するのとは違う、たった一人へと向ける強すぎる想い。
「どうか、どうかご無事でいてください…」



もう何人殺したか分からない。もう何度、死ぬかと思ったか分からない。滴る程に塗れた血が自分の物なのか殺した相手の物なのかすら判別出来無い。分かるの は動く度に全身に走る痛みとそれを凌駕する程の興奮。まだ死なない。まだ死ぬ気がしない。考える暇も無く勝手に動く手足が止まるなんて事が思いつかない。 気付くより先に背後の敵兵を薙ぎ払い向かい来る身体を二つに割り横合いにあった頭を跳ね飛ばす。肉の絨毯を踏み越えてハルバートで足を引っ掛けて転ばせた 首を思い切り踏み砕き目の前の心臓を刺し貫き其処にあった脳天をかち割り肉を裂いて臓腑をぶちまけて四肢を切り離して骨を砕き人を殺して、殺して、殺し て、傍の人の首を横一直線に薙ごうとしたらまだ血に濡れていない刃に阻まれてたので一度引いたハルバートで再びその首を貫こうと、
「いい加減になさい!!貴方は私をも殺すおつもりですか!!!」



一直線に首を狙うハルバートを辛うじて交しながらなりふり構わずにローデリヒはアントーニョへと身体ごと突っ込んだ。刃を手にしたまま二人赤い地面へと倒 れ伏して漸く、翡翠の瞳がローデリヒのアメジストと重なる。肩で呼吸を繰り返しながら今始めて目が見えるようになったかの如く周囲を彷徨い、そうしてロー デリヒへと戻る翡翠。
「……ローデ、リヒ…?」
「そうです、私です。やっと目が醒めましたか?」
「今…俺……敵は……?」
「もう退却しています。私達は勝ちました。もう戦わなくていいのです」
「そか…もう、終わったんか…良かっ……た」
へらりと。力の抜けきった笑みを浮かべてアントーニョの意識は暗転した。



勝利に酔い痴れる兵を引き連れ宿営地へと戻る合間に何度声を掛けてもアントーニョが目を覚ますことは無かった。脈も呼吸もあるが怪我が随分と多い。人なら ざらぬ身であるからこそ生きて居るモノの、これがただの人間だったらと思うとたまらない想いに駆られてローデリヒははっきりと後悔した。やはりアントー ニョを戦場に出してはいけなかった。例え本人が何らかの強い想いがあって刃を手にするのであってもこんな事になるのならば承諾なんてしなかった。
敵の退却の知らせを受けて自軍へも退却を命じた後に駆け込んで来た斥候が知らせたアントーニョの無事に喜んだのも束の間、退却の命も聞かず一人で敵を追い 続けているとの知らせを受けて居ても経っても居られずにアントーニョの元へと駆けつけたローデリヒが見た物は想像の範疇を越えた光景だった。髪から爪先ま で血に彩られたアントーニョの口元には張り付いたような笑みが浮かび、だがその瞳は虚ろに濁っていた。逃げようとする敵兵も、止めようとする味方も区別無 くハルバートが振り下ろされ呆気なく命が散らされて行く。もう何人もその餌食になったのだろう、もはや近づける人間はおらず遠巻きに困惑を片手に抱えて眺 めるばかりで、だがそんな彼らにもアントーニョは刃を振り下ろそうとする。敵味方関係なく逃げ惑う兵士達を追い言葉無く命を奪うその姿はローデリヒに言葉 にならない程の衝撃を与えた。こんなアントーニョは見たく無かった。
気付けば勝手に身体が動いていた。近付いたローデリヒを捕らえた虚ろな翡翠に背筋が凍る。畏怖、恐怖、そんな物よりも強烈な嫌悪に鳥肌が立つ。迷うことな く空気を切り裂いて近付く刃を辛うじて引き抜いた長剣で受け止める。痺れるような衝撃と共にぎぃん、と硬質な音が響いた。なおも追いかけてくる刃に咄嗟に その身体を押し倒した。命懸けの賭けだった。



怪我の治療を終え、すっかり血も拭い落とされたアントーニョの寝顔は少しばかりやつれては居るもののいつもと変わらぬ幼さが滲む暢気な物だった。その安ら かな寝顔に嫌悪感はもう、無い。腹の奥を無造作に掻き混ぜられるような不快な名残を打ち消すように柔らかな頬を撫でると怪我の所為で熱が出ているのか少し 熱かった。天幕の外では兵士達が勝利に酔い痴れて酒盛りを始めているのだろう賑やかな声が遠く聞こえる。常ならば真っ先にその酒盛りの輪の中心に居そうな 男が今はただ静かに寝ている違和感にローデリヒの心が揺れる。
アントーニョが目覚めた時、其処に居るのは果たして今までと同じアントーニョなのだろうか。この戦がアントーニョを変えたのか、それとも元からだったのか は判らない。どちらにしても自分はこの男を今までと同じように見れるのだろうか。婚姻関係という言葉だけでは無い何かが生まれ初めて居た筈の心は同じ気持 ちのままで居られるのだろうか。落とした溜息は誰にも聞きとめられる事無くひっそりと空気を揺らした。

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