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空箱

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よわよわ

寝苦しさを感じて目を覚ます。寝室に射し込む明るい日の光の中、まるで抱き枕でも抱えるかのようにジャミルの右側からしがみ付いている一回り大きな熱い身体。普段から同じベッドで眠っているが、朝までジャミルの肩を枕に両手両足でがっちりと抱え込み、こんなにもべったり絡みついているのも珍しい。レオナによってすっかり裸のままベッドに入るのが当たり前になってしまった所為で、互いの肌が汗でぬるりと滑っていた。道理で寝苦しいわけだと思った所で思い出す。
レオナは昨晩、出張から深夜遅くに空港に帰ってきた筈だ。空港に着く頃には公共交通機関は動いていないし、迎えを呼ぶにも遅すぎる時間だからそのまま近くのホテルに泊まり、今日は会社に顔を出してからゆっくり帰ると、飛行機に乗る前に通話した覚えがある。だからジャミルはキングサイズのベッドに一人寂しく寝ていたというのにいつの間に帰っていたのか。
そっと頬に掛かる柔らかく波打つ髪を避ければ現れるのは眉間に皺を寄せて眠る少し窶れた顔。
「んん……」
むずがるように頬を擦り付け、ぎゅうとしがみつく腕に力が込められていた。見慣れない可愛らしい仕草にジャミルの頬が緩む。壁に掛けられた時計を見れば時刻はジャミルの起床予定時間よりも早い。まだゆっくりしていられる。だがそれにしても熱い。この男の体温はこんなに高かっただろうかと、ふと掌をレオナの額に押し当てる。
「あっつ……」
風邪だろうか、過労だろうか。纏う汗をそっと拭えば、うっすらとレオナが目を開く。
「……おはようございます」
「…………ん」
普段の半分も開いていない目蓋の下でさ迷う濡れた瞳がジャミルを見付けるとふわりと笑い、そうしてまた閉じられてぎゅうと抱き締められる。
「体調、悪いんですか」
「……へぇき……」
問えばもにゃもにゃと不明瞭な声が返ってくるが、碌に舌も回っていないのはどう見ても平気では無いだろう。ジャミルよりもよっぽど優れた身体を持つ成人男性がふにゃふにゃになっている。
「俺、そろそろ仕事に行こうと思うんですけど、ひとりで大丈夫ですか?」
「……ん」
こくりとジャミルの肌に懐くように頷くものの、確りと絡み付いた手足は全く離れる気配がない。
「……それとも、仕事を休んで側にいた方が良いです?」
「ん」
再びこくりと頭が縦に動くが、一瞬の間を空けてからゆるゆると横に振られる。それから、ようやく思い出したかのようにおずおずと離れる体温。
「へーき……」
もぞもぞと鈍い動きで布団の中で泳いだ身体が自分の枕を見付けてぽふりと頭を乗せる。その、言葉とは裏腹にしょぼくれた顔。いつもキリリと吊り上がった眉は垂れ下がり、熱に潤んだ瞳がもの悲しげにジャミルを見ていた。心なしか唇まで尖らせている。
「……寝てれば、治るから、気にするな……」
少しだけ理性を取り戻したような唇がそれらしい事を言うが、そんな目で見られたらそれじゃあ行ってきます、だなんて言えるわけがない。本人は自覚していないのだろうが、明らかに行って欲しくないとその目が訴えている。幸いにもジャミルの今日のスケジュールはさほど忙しく無いから完全に休みにすることは出来なくとも、在宅でなんとかなるだろう。
「……俺も休みますね。色々取ってきますから、少しだけ一人で我慢しててください」
良い子に自分の枕に収まる頭に口付けを一つ落とし、ベッドから下りる。部屋を出る間際に振り返ると、まるで忠犬のようにじっと悲し気な顔でジャミルを見つめるレオナに思わず笑ってしまった。


服を着て、ノートパソコンと必要な書類、それから朝食代わりのバナナを一房。水分補給には2リットル入りの水のボトルとコップを二つ用意した。あとついでに体温計と各種薬の入ったピルケース。何度かに分けて寝室に運び込んだが、ジャミルが部屋を出てすぐにまた眠りに落ちたのかレオナは瞼を伏せたままただ少し苦しそうな呼吸をしているだけだった。最後に水で絞ったタオルを二つ程握り締めて戻って来た時もレオナは眠ったまま。下手に起こしてしまうよりはこのままそっと寝かせて置いた方が良いだろうかとベッドの傍らに立ちそっと様子を伺えば、わかっていたかのように再び持ち上がる瞼。熱に蕩けたエメラルドがじっとジャミルを見て、じゃみる、と呼ぶ形に唇が音もなく動いていた。誘われるように手を伸ばせばまるで撫でろと言わんばかりに頭を差し出され、その見慣れぬ素直さにジャミルの頬が緩む。
「会社、連絡はしてあるんですか?」
「……空港……出る時、した……」
「なら良いです」
ベッドに戻りながら汗でしっとりとした髪を撫でる。布団の中に足を入れて枕を背に座れば、すかさずレオナがもぞもぞと動いてジャミルの腿を枕にした。
「俺も休み取るんで、安心して寝てください」
「ん……これ、邪魔」
ぐい、と無造作に引っ張られるのは裸のままウロウロするのも躊躇われて履いたスウェット。勝手に引きずりおろそうとしているようだが普段の半分の力も出ていないのかただ闇雲に布地が伸びるだけだった。
「脱いだら寒いんですけど」
「じゃま」
まるで駄々っ子のような良い様にジャミルの頬は緩みっぱなしだった。あまり他人を甘やかしたいという気持ちになった事は無かったが、今のレオナはとことん甘やかしてやりたいと素直に思う。普段、頼れる年上の男が弱っていると何故こうも可愛く見えてしまうのか。
はいはい、と仕方なくという態を装いながらウエストゴムを下ろし尻の下まで脱げばあとはずりずりとレオナが足で蹴るようにして脱がせてくれたが、足首辺りまで脱がせた所で満足したように右足にぎゅうと抱き着かれた。仕方なく自分の足で蹴るようにしてなんとか脱ぎ捨てて漸くジャミルの腿を枕に安心しきったように息を吐くレオナの頭を撫でる。腿に乗せられた頬は熱い。今この体温という事は、これからもっと上がるのかもしれない。外気に晒された左の太腿が多少寒いが右足に絡みつく体温で凍える事は無さそうだ。汗で絡む髪を優しく解きほぐすように撫でていればとろりと目蓋が落ちてすぐにまた寝息へと変わる。それを見届けてから、ジャミルは各所への連絡の為にスマホを取り出した。


バナナで空腹を訴える腹を宥めながら、折り曲げた左足を机代わりに作業に熱中していたらお昼近くになっていた。レオナに自由を奪われた右足の感覚が無くなっていることに今更気付く。流石に一度動かして血流を戻したいし、レオナに水分補給もさせたいと思い、右足を抱き締めたままぴくりとも動かずに寝ていたレオナの肩を軽く揺すって覚醒を促す。
「ちょっと、一回起きてください。お水飲みましょう」
二度、三度。肩を揺らすと重たげな目蓋が小さく瞬く。露になったエメラルドが左右にのろりと動き、そうしてジャミルを見付けると驚いたように見開かれた。
「……仕事は?」
「休みましたよ。貴方が寂しそうな顔するから」
先程よりもレオナの意識ははっきりしているようで、熱で潤んではいるものの知性を取り戻した瞳で首が傾く。
「……なんの話だ?」
「覚えてないんです?」
パソコンを横に退かしながらレオナの髪を撫で様子を伺うも、訝し気に眉を寄せて考え込むばかり。
「――――ぁ」
だが不意に、何かに気付いたように微かな声を上げ、それから再びジャミルを見る。
「……わすれろ」
目が合ったのは一瞬。すぐに恥じ入るようにシーツの上に突っ伏した頭を、ジャミルはぐしゃぐしゃに撫でまわしてやった。

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バレンタイン

日曜の夜。
夕食を終えた後、珍しく「あとはもう一人で大丈夫だからジャミルはゆっくり休んでくれよな!」とカリムに気遣われた。
そんなに疲れた顔をしていただろうか?いや特別疲れたという認識は無いし、むしろ今日は穏やかな一日だったから体力が余っているくらいだ。
だがカリムがそう言うならお言葉に甘えて自由な時間を満喫するのも良いだろう。ジャミルと友人になるべく頑張っているカリムは一通りの事は一人で出来るようになってきていた。点数をつけるとするならまだまだ落第点ではあるが、かつて一から十まで全てジャミルの手を借りていた頃と比べたら格段に成長している。出来なかった所の尻拭いをするのは結局ジャミルだが、ずっと見守っていなくとも明日の朝少し早く起きて確認しに行ってやれば良いだけだと思えば過去の苦労よりもずっと楽になっている。
さてそうなれば何をしようかと考えながら自室へと向かって歩いていた所に同級生からかけられた声。お前寮長の世話しなくていいなら暇だろちょっと付き合えよとポーカーのお誘い。何処の誰が切欠だったかはわからないが、今寮内ではひっそりとポーカーが流行っていてジャミルも度々参加しては掛け金を巻き上げさせてもらっていた。それだけジャミルが強いとわかっていても、だからこそこてんぱんに叩きのめしてやりたいと思うのがNRC。ホリデーの一件で寮内での反応は様々だが、以前よりも遠巻きにジャミルを白い目で見る者も居れば、以前よりもざっくばらんに話しかけて何かと構おうとする者も増えた。
たまの暇な夜。付き合っても良いかとジャミルは二つ返事で同級生の輪の中へと入って行った。


談話室の床に輪になって座り、寮生たちと興じるポーカー。ボロ勝ちする事もあればギリギリの駆け引きを楽しめる白熱した展開も有り、気付けば結構な時間が経っていた。今日も戦績はジャミルの独り勝ち。此処で稼げる小銭程度には興味無いが、圧勝する心地良さは何物にも代えがたい。
「うわ、何でジャミルまだこんな所に居るんだ!?」
負け犬達の恨み声を浴びて勝利に浸っていると通りがかったカリムが大声を上げるので思わずジャミルの眉が寄る。
「何で、って。俺は自由な時間に談話室で遊ぶ事も許されないのか」
「いや、そういうわけじゃ、そうじゃなくて、いやでも!」
わたわたと大袈裟に手足をばたつかせて慌てたカリムが輪に近付きジャミルの腕をぐいぐいと引っ張り出した。
「別に何しててもいいんだけど、でも今日は駄目なんだ!部屋に帰ってくれ!」
「何故」
「なんでも!」
「嫌だ」
「頼むよお、本当に今日だけでいいから!!!」
腕を引っ張るだけでは足りないとばかりにカリムがジャミルの脇の下に両腕を入れて抱え必死に引き摺り上げようとする。力づくで抗う事は出来るし、カリムが何を言おうと跳ね除けてやる事だって、別に出来た。だがこうなったカリムは多分しつこいし、こんなのに絡まれたままゲームに戻る気にもならない。カリムの指示に従うのは癪に障るが、とりあえず一旦部屋に戻って見せれば満足するだろう。その後再び隙を見て外に抜け出すなりなんなりした方が効率的だと考えて溜息一つで立ち上がる。
「はあ……部屋に帰れば良いんだな」
「おう!悪いな、楽しんでた所だったのに」
「わかってるなら言うなよ」
たはは、と笑いながらも全く引く気は無いカリムに溜息をもう一つ。ぐいぐいと背を押されるままに歩き出す。
「明日の準備もばっちり終わってる筈!だから朝もゆっくりしててくれて構わないぜ!」
「ギリギリになってやっぱりアレが無かった!とかはごめんだからな。何かあれば早めに言えよ」
「おう!」
そのまま部屋までついてくるのかと思いきや、廊下に押し出された所でカリムの足が止まり、思わずジャミルは振り返る。
「じゃ、また明日な!」
「……ああ。おやすみ」
「おやすみ!」
だが何かを言う前にひらひらと手を取り能天気に笑うカリムはすっかりそこでジャミルを見送るつもりのようだった。問い質すのも面倒で、ひとまずは挨拶を向けて部屋へと歩き出すしか無かった。
てっきりカリムが自立した所をジャミルに見せたくて暇を言い渡したのかと思ったが、この分だと確実に部屋に何かあるのだろう。サプライズ、的な何か。それが何かはわからないがカリムのこういう善意の面倒ごとには悲しい事にそれなりに慣れている。どうか徹夜で対処を考えなければいけないような面倒ごとでは無いようにと祈りながら辿り着いた自室の扉。寛げる筈のプライベートルームを前に深呼吸を一つ、自然と身構えて扉に手を掛け、一気に開く。
「――――は?」
扉を開けたその手でそのまま思わず扉を閉めてしまった。想定よりも部屋の中はずっと綺麗なままであったし、徹夜の心配はなさそうだった。だけど。
もう一度、扉をそっと静かに開ける。隙間から覗き込んだ自室は普段と変わった様子はない。だが、そのベッドの上。真っ赤な赤い塊と、此処に居る訳がない他寮の先輩がジャミルの枕に突っ伏すようにして寝そべっていた。
「あ、……ああー……」
なるほど、と思わず他人事のような声が零れた。だって、まさか、今までスカラビア寮に一度も来た事が無い男が突然ジャミルの部屋で待っているなんて思わないだろう。
そっとベッドに近付くも待ちくたびれたレオナはすぅすぅと心地良さそうな寝息を立て、耳だけがぴるぴると小さく震えていた。それが可愛らしくてつい、ベッドの端に腰かけるとふわふわの耳の付け根をそっと撫でる。ぴるると肌を擽る柔らかな毛がくすぐったい。
「んぅ、……」
獣の耳の心地良さを堪能していると、くぐもった声が上がり、のっそりとレオナが顔を上げる。完全に俯せに寝ているものだから鼻の頭が少し赤くなっていた。
「………遅ぇ」
寝起きの半目がジャミルを捕らえ、それから不機嫌にグルゥと喉を鳴らして文句を一つ。悪いとは思う物の、この男がこんなサプライズを仕掛けて来たのかと思うとついジャミルの頬は緩む。
「すみません。……でもカリムを伝書鳩にするのは無理がありますよ」
「……寮のヤツら全員に、副寮長はこれから俺と部屋に籠るから今すぐ部屋に帰せって触れ回った方が良かったか?」
「流石にそれは止めてください」
ふふんと満足げにレオナが笑い、そうして寝起きの熱い腕がジャミルを引き寄せ胸元に抱き込まれる。
「でも急にどうしたんです?」
「まあ、テメェはそう言うだろうな。これ渡しに来ただけだ」
これ、と。端に投げ出されていた赤い塊に見えていた物をぽすんと腹の上に置かれた。ふわりと強い花の香りが目の前で弾ける。透明なフィルムに包まれた、数えきれない程の薔薇の花束なぞ実際目にするのはジャミルも初めてだった。
「……これを?何故?」
「気になるならラギーにでも聞け。俺はテメェが受けとりゃそれでいい」
「頂けるのなら、ありがたく頂きますけど」
「ん」
カリムがぽんぽん贈って来るような馬鹿みたいに高価な代物ならともかく、高価な類とは言え花は花だ。断った所で枯れるのを待つだけか、むしろ枯れる暇さえ与えられずにゴミ箱に投げ捨てられるくらいだったら受け取る方が精神衛生上、良い。
「ジャミル」
「はい?」
呼ばれ、顔を上げれば間近に迫るレオナの顔。それから柔らかな感触が唇を塞いで数度、柔く啄まれた。
「……お花、水切りしないと」
「保存液に浸かってるから急がなくても枯れやしねぇよ」
一度逃れて吐息を交わすも、再び塞がれる。枯れないのなら、良いか。唇の狭間を撫ぜる舌先を迎え入れ、レオナの背に腕を回しながらジャミルは瞼を閉じた。

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あんらめぇ

「あん♥あん♥先輩のおっきな♥おちんちんが♥じゃみぅの♥おまんこの♥気持ち良いとこコンコ痛っったぁ!」
「やかましい」
べこんと音がするほどに背後から思い切りよく後頭部を叩かれた。珍しい。すぐに手が出る野蛮人のように見えて実は滅多な事では手を出さない男だというのに。そんなに気に食わなかったのだろうか。ちょっぴりじんじんと余韻が残る後頭部を擦りながら振り返ればとてつもなく渋い顔をしていた。気に食う食わないとかそんな話じゃない。なんかもっと、なんだろう、困った大人みたいな。たまにトレイン先生とかがこんな顔をしている気がする。
「お気に召しませんでした?」
「萎える」
「んん~~……」
ばっさり切り捨て赤点評価。そうか、駄目か。頑張って仔犬が泣くような甲高い声を作ったのになあと少し悲しい物を感じて枕に顔を埋める。背後ではレオナがジャミルの腰をがっしりと掴んで膝を立てさせ直し、繋がった場所を緩やかに揺さぶった。中に埋められたくっきりと形良く出っ張った場所がジャミルの良い所をごりごりと擦り、勝手に身体がぎゅうと収縮して枕を強く抱き締める。
「んぁ、……んッ」
押し出された声とも吐息ともつかない空気が枕に吸い込まれてじんわりと広がる。押し付けた顔が熱い。
「あっ」
「邪魔だろ、退けろ」
確り抱き締めていた筈の枕が横からレオナに引っ張られるとあっさりと抜けてシーツに上半身が落ちる。乱暴な。ぐきりと急に変な角度に曲がった首が痛かった。
「何が駄目です?参考までに聞きたいです」
「そもそも何で突然そんな真似始めたんだ」
「男性はこういうのが好きって聞いたので」
「テメェも男だろうが」
「抱かせてくれますかァンっ……ッッそんな、いきなり……っ!」
両肘を取られたと思うと背後から上半身を釣り上げられた姿勢でずこぬこと中を突かれ、不安定な姿勢に緊張した身体が想定以上に快感を受け取ってしまって辛い。
「あっ、あ、せんぱ、待っ……っひぁ、あ」
止めたくても自由になるのは口ばかり。それも止める間もなくがつがつと突き上げられてしまえばただ意味のない音を発するだけの器官にしかならない。
「……いいから、お前は余計な事考えずに鳴け」
何も考えないでただ身を委ねていたら地味な素の反応になってしまう。あの、画面の中で柔らかな身体をくねらせ男性を盛り上げようといういじらしい努力が見られる甲高い鳴き声よりも、スイッチを押したからつい零れただけの声しか出ないジャミルの方が良いとでも言うのだろうか。何本かその手の動画を見てみたが女性は皆あんあんきゃんきゃん派手に鳴いていたし、男性はそれをオラオラドヤドヤ楽しそうに攻め立てていた。だから、レオナもそういうのが好きだと思ったのに。
もしかしたらレオナは性嗜好が特殊なタイプなのかもしれない。
「っぁあ、っあ、んんっ、ん、」
「唇噛むんじゃねえよ」
「っひぁっあ、あっ」
どう鳴いていいのかわからなくて口を噤もうとすれば即座にぐっと強く肘を引かれて奥深くまで貫かれる。後ろから突き刺さった物が腹から突き出てしまいそうな程に押し込まれて喉が細く金属的な悲鳴を上げていた。左肘が解放されてほっと一息ついたのも束の間、レオナの掌に顎を掴まれ、二本の指がジャミルの口の中に無造作に入れられて唇を閉じる事を阻止してしまう。
「ふぁ、やらあ、へんはあっ、あ、」
唇が閉じられなければ碌な言葉も紡げない。いつしかぴったりと背中がくっつく程にレオナに抱き込まれていた。はふはふと揺すられる度に声が溢れ出るだけのジャミルの耳元で、ふ、と笑う吐息が揺れていた。
「っあふ、あっ、あ、ああっあ」
なるほど、レオナは呂律が回っていない系が好き。そう頭に刻みながら込み上げる快感にジャミルは身を委ねた。

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いちゃいちゃ

まだ人の多いサバナクロー寮の中を、スカラビア寮の寮服を着たままレオナに手を引かれて歩く。当然集まる視線に晒されるジャミルとしてはたまったものでは無いが、長いコンパスを最大限に動かし走る一歩手前のような勢いで歩くレオナは止まらない。突き刺さる好奇心の中、半ば引き摺られるような形で廊下を歩み、談話室を突っ切り、そうしてようやくたどり着いた寮長部屋。中に入ったら一言くらい文句を言ってやろうと思っていたジャミルの目論見は、扉が閉じられると同時に振り返ったレオナにそのまま扉へと背を押し付けられ、言葉を紡ぐべく開いた唇をまんまと唇で塞がれてくぐもった音しか出す事しか出来なかった。
忙しなく服の下に潜り込み肌をまさぐるかさついた掌。我が物顔でジャミルの口内を荒し呼吸を奪う分厚い舌。
圧迫感に喘ぎ逃げようとしても後頭部がごつんと扉にぶつかるばかり。それ以上の拒絶はしなかった。出来なかった。


持ち出し禁止の本ばかりが置かれた図書室の一角で二人きりの放課後の自習。普段からあまり人気の無い場所ではあったが、今日はレオナの耳でも気配を捉えられないくらいに誰も居なくて、思ったよりも今日為すべき課題が早く片付いてしまって。自然と肌を寄せ合い、唇を重ね、そのまま本格的に雪崩れ込んでしまう前になんとか理性を取り戻してレオナの部屋へと向かったのだ。レオナだけじゃなく、ジャミルだってそのつもりでこの部屋に来たのだからする事には反対しないが、こんな、背中の薄い板一枚向こうは数多の寮生が行き交う廊下なんて状況は初めての事でどきどきと鼓動が跳ねて落ち着かない。
「――……ッんぁ、せんぱ、んんんぅ」
一瞬唇が離れた隙にその事を訴えたくても、息吐く暇無く再び重なる唇がジャミルに言葉を紡がせない。温い舌に掻き混ぜられて言葉ごと思考が溶かされてしまう。まだベッドに辿り着いていないのに、お互い服を着たまま二本の足でしっかりと立っているのに、身体の輪郭を確かめるように這う熱い掌とやわこい場所を掻き混ぜて同化させるような舌に何もかもがどろどろにされてすっかりその気になってしまった身体が熱い。
いつもならベッドの上に優しく押し倒され、甘やかなキスを交わし、酷く穏やかに、時としてしつこいくらいに全身を隅々まで触れて、舐って、唇を這わせて漸く触れる場所にレオナの指先が忍び寄る。服の中に潜り込んだ手が背骨の先の柔らかな場所をまさぐっているのだと思うとなんだか酷く卑猥な事をしているようで思わず逃れるように足踏みをしてしまうが、それを許さないようにぐ、と一本指が中へと潜り込んだ。
「んん、……ッッは、」
いともたやすくレオナの指を根本まで飲み込んで行くのは、レオナに手を引かれる前の、図書室で自習する更に前、自分の部屋を出る時にはそもそもするつもりがあって、用意してきたから。ようやく唇が解放され、足りない酸素を取り戻す呼吸に肩を揺らしながら霞むレオナを見れば満足気に牙を見せて笑っていた。
「……此処で、するんですか?」
「嫌か?」
「嫌じゃ、ないですけど……っ」
なら良いだろうとばかりにそれ以上の答えを聞く気が無い唇が再びジャミルの唇を啄み言葉を奪った。そうして二本、三本と腹の中をまさぐる指が増える。
「っは……ぁ……」
熱を高めるというよりは、本当にただその場所のサイズを測るだけのような。数度、中で指が閉じたり開いたりを繰り返してあっさりと引き抜かれる。それから半ば強引に下衣を引きずり降ろされるも装飾が絡まって太腿の半ばまでしか下ろせず、すぐ耳元で舌打ちが一つ。きっと丁寧に脱がせるという選択肢は端から無いだろうから、それなら後ろからの方が楽だろうか。知らぬ間にレオナの胸元にしがみついていた指を解き、そっと向きを変える為のスペースを作る為に押し退けようとするもその手を取られてレオナの肩へと捕まらせられる。
「掴まってろ」
「え、」
ぼんやりする思考で問い返す間も無くレオナが腰を落として軽くしゃがむ。そうして両腿の裏に腕の感触を感じると同時にふわりと身体が浮き、慌ててレオナの首にしがみついた。両足がレオナの腕に抱えられ、扉に押し付けられることによって辛うじて支えられる宙に浮いた身体。
「ば、……っかじゃないのか……」
「たまにはいいだろ」
にぃ、と吊り上がる口角。美しい大人の顔に滲む何処か子供染みた好奇心を見つけてしまってはジャミルに否を唱える術はない。少しでもレオナの腰に負担を掛けないように協力するだけだ。
「腰、おかしくしても知りませんからね」
「ンなヤワじゃねえよ」
抱え上げられたせいで、少し見下ろすレオナの顔。かちゃかちゃと金属音がするのはベルトを緩めている音だろうか。餌を待つ雛鳥のようにぱかりと唇を開けて無言の訴えを向けるエメラルドに誘われて唇を重ねる。ちゅ、と一度音を立てて啄めばすぐに食らい付こうとする唇からは逃げる。不服そうに片眉が吊り上がり、眇めた目で睨まれた。噛み付く真似事のように首を伸ばしてジャミルの唇を奪おうとするのを顎を上げて避け、それから揶揄うように唇の端に触れるだけのキスを押し付けて、また逃げる。追いかけるレオナが狙いを外してジャミルの顎先を食み、ふふ、と笑い声が漏れた。
「焦らしてんじゃねぇよ」
「必死なのが、可愛くて、つい」
がぶ、と仕返しのように首に甘く歯を立てられ、それから一度抱え直され扉に押し付けられると、ひたりと剥き出しの場所に触れた熱。先走りを塗り付けるように幾度か足の間を往復するその熱に否応にも気分が高まる。そうしてぴっとりと入口に狙いを定めた熱が、ず、とゆっくりとめり込んで行く。
「あ、……っ待っ……」
身体のコントロールを全て他人に明け渡している緊張感が今までにない感覚を連れて来て思わず怯むがレオナは止まってくれなかった。ずぶずぶと為すがままに身体の奥深くまで突き刺さる熱に全身を支配されて背が撓る。
「い、っっっっったぁ………」
ごんっ、と派手な音を立てて後頭部を扉にぶつけた。ぎゅうと収縮した場所が熱を食み気持ち良いのだかぶつけた頭が痛いのだかわからない。ぐぅ、と一度は唸る声がすぐ傍で聞こえたような気がしたが、ジャミルの肩に顔を埋めたレオナは小刻みに震えていた。
「………ちょっと」
「っふ、いや、……テメェは可愛いな」
「馬鹿にしてるんですか」
「愛でてやってんだろうが」
ジャミルは痛みだか快感だかわからないもので涙目になっているというのに顔を上げたレオナは心底楽しそうに笑っていた。よしよし、と言いながらもジャミルの尻をもにゅもにゅ揉んでいるばかりで誠意の欠片も感じられない。じっとりと細めた目で見下してやれば宥めるように唇を啄まれる。
「おら、また頭ぶつけたくなかったらちゃんとしがみついてろ」
大変不服ながら、仰け反らないようにするためには言う通りにレオナの首にしがみついた方が賢明だろう。レオナの腰に掛かる負担など知った事かとぎゅうぎゅうにしがみついてやった。


結果として、普段はなかなかしないような体勢での行為は大変盛り上がったしジャミルは満足したが、レオナは何も言わなかったものの恐らく筋肉痛になっていたので暫くはまたいつも通り、ベッドの上で睦み合う事になるだろう。

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デリバリー

はたと目を覚ますと、リビングのソファにうつ伏せになって寝ていた。落ちかけた涎を拭いながらぼんやりと重い瞼を瞬かせる。確か、今日は此処のところ仕事が忙しかった所為で帰ってくるなりソファに突っ伏した気がする。仕事着から着替えもせず、右手にはスマホを握り締めたままだ。既にスリープに入っている画面を起動させればメッセージアプリに文字を入力している途中で寝落ちたらしい。わけのわからない文字と記号が入力欄で踊っている。送信されていなくて良かったと思いながらやり取りの相手を見れば、恋人でもあり同居人でもあるレオナだった。帰る、そのたった短い言葉になんと返信しようと思ったのかすら思い出せない。だがそのメッセージが送られた時間と今の時間を見比べて慌てて飛び起きる。既に二時間程経っていた。
「起きたのか」
ソファから見えるダイニングのテーブルにはそのレオナが優雅に座って寛いでいた。風呂上りのような濡れた髪は無造作に肩にかけられたタオルからも溢れて生身の肌に水滴が伝い落ちている。下は薄いパイル地のズボンだけは履いていたが、碌に身体を拭かずに着たのかしっとりと肌に張り付いていた。片手には文庫本、遠視の気がある為に読書やパソコンに向かう時にのみ使われる眼鏡をかけている所からして、風呂上りにそのままジャミルが起きるのを待っていたのだろう。
「……すみません、寝ちゃってたみたいで……すぐに、」
「夕飯、デリバリーでいいか?」
「え、……あ、はい」
立ち上がろうとするジャミルを留めるように手をひらひらさせたレオナが眼鏡を外し、本の間に挟み込んで立ち上がる。代わりに掴んだスマホを片手におざなりにタオルで濡れた髪を拭いながらソファへと近づいてくるとジャミルの隣へとどかりと腰を下ろした。
「食えそうか」
そう言って軽く操作した後に渡されたスマホ画面を見れば、馴染の店のデリバリー発注が完了した画面。レオナの好きな肉メニューも多いが、普段自ら食べようとしないサラダや野菜たっぷりのスープ、更にはジャミルの好みのメニューも確りと組み込まれていた。二人分にしては少々量が多いが、食べきれないという程でも無い。ジャミルの頬がつい、緩む。
「……ありがとうございます」
そっともたれ掛かればさも当たり前のように肩を抱かれ、見上げればすぐに啄むだけのキスが一つ。唇が離れてからも間近の距離でまじまじとジャミルの顔を見詰めたレオナの瞳が緩く微笑んでいた。それから、目元にも一度だけ唇を押し付けられ、離れる。
「隈、ひでぇな」
「最近、仕事が立て込んでたので」
「明日は?」
「午前を休みに出来たので、午後からゆっくり出勤出来ます」
「よし」
まるでお手が出来た犬を褒めるようにぐしゃぐしゃと頭を撫でられて思わず笑う。つい仕事に夢中になって無茶をしがちなジャミルに適度に休む事を教えたのはこの年上の恋人だ。あながち、犬扱いは間違っていないのかもしれない。
「シャワーは浴びられそうか?」
「浴びられないって言ったらどう甘やかしてくれるんです?」
「端から甘える気かよ」
「甘やかしてくれないんですか?」
「お望みのままに、お姫様」
くはっ、と満足気に笑ったレオナがジャミルに覆い被さり、がぶりと頬を甘く噛んだかと思えばそのまま荷物のように肩に担ぎ上げられる。
「う、っわ、無茶しないでくださいよ」
「テメェ一人くらい無茶でもねぇよ」
「明日腰痛めてても知りませんからね」
「俺より自分の心配しろよ」
ぶらりとレオナの肩に担がれ、歩くたびにぷりぷりと揺れる良く引き締まった尻を眺めながら軽口を交わしていれば無防備な素足を掴まれ、少し乾いた指先がするりといかがわしくズボンの裾から潜り込んで足首を撫でる。その不意を突かれた感触に思わずぞわりとあらぬ熱が込み上げそうになり、反射的に竦んだ身体をレオナが笑う。
「俺、疲れてるんですけど」
「無理にとは言わねえよ」
バスルームに辿り着き、よ、と勢い付けたレオナに床の上へと下ろされるのかと思いきや、真正面から向かい合うように抱き抱えられてつい習慣的にレオナの首裏に、背中にと手足を絡みつけて自ら抱き着く。まるで赤ん坊のように抱き抱えられているような姿勢だが、こうしているとジャミルの方が上に位置する為にレオナを見下ろすことになる。
「最近忙しくて甘やかしてやれなかった恋人を思う存分ベッドの上で甘やかしてやりてぇと思うんだがどう思う?」
見下ろされてなお自信に溢れた美しい顔がジャミルを見上げていた。ジャミルに否を言わせないずるい顔。疲弊した身体は休息を求めているのも事実だが、すっかり仕事で乾いた心が癒しを求めていたのも事実だ。既にこんなにも甘やかされているというのに、もっと求めろと年上の男がジャミルを誘う。
「………ちょっとときめきすぎて言葉になりませんね」
「そいつぁ何よりだ」
額を触れ合わせ、二人で密やかに笑う。今日は良く眠れそうだった。

拍手[1回]

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