忍者ブログ

空箱

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

火日が従弟 2

日向の家に泊まる事となり、一度家に戻って明日の為の荷物を抱え辿りついた駅は、かつて度々利用していた頃と変わらず久々に訪れた火神に懐かしさを齎した。
電車に乗る前は必ず行かされていた駅構内のトイレ、長距離のお出かけの時は一人一つ、好きな物を買ってもらっていた売店、改札を出てすぐ目の前に広がる雑居ビルと商店街。
小さかった頃を断片的に思い出しては緩んでしまう口元を引き締め直しながら辺りを見渡すと相手もこちらに気付いたらしく、日向が携帯を尻ポケットにねじ込みながら片手を上げて居るのが見えた。
「っす。…全然変わって無ぇんだな。すげぇ懐かしい」
浮かれた足取りそのままに日向の元へと向かって興奮を吐き出す火神を眺める眼差しは優しいモノの、何処か既に疲弊しているような様子で首を傾げる。
「どうしたんだ…っすか?…あ、急だったからやっぱ迷惑だったとかじゃ…」
「いや、違ぇ。むしろその逆。」
迎えに来た筈の日向はそのまま家へと向かう訳でも無く柱にもたれかかったまま茫洋と改札口へと視線を向ける。
釣られて火神も改札口へと視線を向けるとちょうど新たな人の波がやってきた所で、その中に改札を抜けた途端にヒールの音を響かせて勢いよくこちらへと向かって来る妙齢の美女を見た。
「大我ちゃああああああああああん!!!!!」
ぼす、と勢いよく飛びこんできた身体を抱き留めたのは良いが、抱き合って再会を喜ぶような女性の知り合い等、火神には居ない。
アレックスにも似ているが眼の前の女性は日本人らしい黒髪だし、そもそもアレックスよりも随分と身長が低い。
どうしたモノかと助けを求めるように日向を見ると、相変わらずの何処か疲弊した眼差しのままで深いため息を吐きだした。
「おい、ちー。ちーこ。大我が困ってる」
がば、と顔を上げた女性の顔は確かに何処か見覚えがあるような気もするが白い肌の上にがっつりと化粧を施された女性の顔というのは余り馴染みが無い。
日向の助け船に離れてくれるのかと思いきや、そのままべたべたと頬や肩に手を這わせる女性の勢いは止まらない。
「やだもう、こんな大きくなっちゃって…しかもイケメンじゃない!昔から可愛かったけどこんな男らしくなるなんて…!」
そしてまた抱き締められる。
アレックスによって強制的にこういう状況に慣れてはいるがまさかアレックスのように適当にあしらう事も出来ない。
美女に抱き締められて立ち竦む大男というのは目立つ物で、改札口から溢れ出る人々が皆好奇の目を擦れ違い様に向けて来るのが居たたまれない。
「ちー、落ち着け」
「ぁ痛いっ」
日向の力を抜いた軽いチョップが美女の脳天に落ちて漸く解放されるが状況は掴めないままだ。
頭を押さえて不服そうな顔をしている美女と日向を見比べると先程よりは少し面白がっているような眼で笑う日向が口を開いた。
「まだ分かんねぇ?ちーこだよ、こいつ。千尋。」
「え、大我ちゃん私の事覚えて無いの!?やだ、昔あんなに一緒に遊んで上げたじゃない!?」
千尋と言うのは日向家の長女だ。
確か歳は10歳くらい年上だった気がするが、記憶の中の彼女はまだ中学生とか高校生で、どちらかと言うと日向に似た地味というかすっきりしたというか、とにかくこんな派手な顔立ちでは無かった。
これが化粧の効果か、と妙な納得をしながら漸く火神は強張っていた肩から力を抜いた。
「いや、覚えてるけど。…こんな綺麗になってると思わなかったから。」
「大我ちゃんったら中身までイケメン―――――ッッッ」
再び抱き付いて来た千尋に思わず火神まで遠い目をしてしまったのは仕方ない事だと思う。


漸く駅を出て歩き出す頃には千尋のテンションも少し落ち着いたのか、今は火神と日向の間で二人と手を繋いでご機嫌だ。
普段ならば嫌がりそうな日向も彼女には抗えない何かがあるのか、それとも諦めの境地なのか平然とした顔で手を繋いだままでいる。
思い出話や近況に花を咲かせながら歩く道のりは、大きく変わった所もたくさんあるけれどどれも懐かしさを呼び起こして火神の気持ちも繋いだ手のように暖かくなる。
思えば昔もよくこうして日向と二人、千尋に手を引かれて歩いた覚えがある。
「そういえば、コウくんとユウくんは?」
「優くんは都合がつかなくって今日は無理だって。康くんはまだ実家で暮らしてるから…どうなの?」
千尋のテンションに相槌を打つばかりで余り話に加わらなかった日向へと話を向けると帰って来たのは疲れて顰められた顔。
「すげーテンションで張りきって家で待ってる。お前ら皆テンション高すぎんだよ」
もうやだ。
そうぼやいてぐったりと俯く日向に千尋が仕方ないじゃなーいと掌のみならず腕まで絡めて擦り寄っている光景は主将としての日向では余り想像つかない状況だが、順くんならわかる。
日向家は一女三男の四人兄弟で、その中でも日向は上の三人とは歳の離れた末っ子として他の兄弟達から可愛がられていた。
火神が日向家に居る時は火神すらも同じように可愛がられていて、幼少の頃だったからただ純粋に嬉しいと思えたが、今同じ扱いをされたら正直ちょっと困る。
だが千尋のテンションといい、ぐったりと疲れ切った日向といい、きっと今も他の三人の日向に対する愛情表現は変わらず続いているのだろう。
火神は心の中でゴシューショウサマ、と最近覚えたばかりの言葉を呟いた。


日向家に着くと懐かしさと言うよりは喧しいくらいの騒ぎに出迎えられた。
千尋自身、既に家を出ていて一人暮らしをしている為に帰ってくるのは久々の事らしい。
長男である優太に日向と纏めて思い切り抱き締められて既視感を覚えたり、そのまま何故か日向と火神を巡って千尋と優太の間で喧嘩にもならないじゃれ合いが発生したり、いい加減面倒臭くなった日向がキレて怒鳴るも結局千尋と優太に挟まれてもみくちゃに可愛がられていたり。
ずっと一人の家に帰る事が当たり前だった火神にとっては騒がしくも懐かしい、もう一つの「家」が昔と変わらず其処にあった。
何より、兄弟達は子供から大人へと成長して顔つきが変わってしまったが、おじさんとおばさんは歳を重ねて老けたとは思うが印象自体は殆ど変わらない。
「日本に帰って来るのなら早く連絡してくれれば良かったのにねえ、どうせ千尋も康太も出て行って部屋が空いてるんだから、うちに住めば良いじゃない。」
穏やかに笑いながらそう誘ってくれるおばさんの言葉は嬉しいと思う。
小さい頃ならば一も二も無く頷いていただろうけれど、今の火神には其処まで甘えられないという遠慮とか、プライドとか、男の意地というモノがある。
そこは丁重にお断りして、でもいつでも遊びにいらっしゃいという言葉には抗いきれずに頷いた。


騒々しい夕飯を終え、風呂も借りて日向の部屋へと戻ると部屋主は既にベッドの上で寝転がって雑誌を読んで居る所だった。
おかえりー、と気だるい声がかけられるだけで文字を追うのに夢中になってしまった眼はこちらをちらりとも見ない。
ベッドの傍には火神が風呂に入って居る間に用意してくれたのだろう、布団が敷かれてあり、なんとなく其処に腰を下ろしてみるがなんだか落ち着かない。
「なんか、悪ぃな、騒がしくて。大我を呼ぶって言ったらお袋があいつらに連絡したらしくて」
「え、それじゃあちーちゃんはわざわざ来てくれたのか?」
「心配すんな、ちーはお前の為じゃなくて自分が会いたくて来ただけだから」
出会い頭からの歓迎ぶりからしてそうなのだとは思うが、改めて日向の口から言われると何とも言えずにくすぐったい。
緩んでしまう顔を見られたくなくてベッドの端にぼすんと顔を埋める。
日向家の人々はこんなにも変わらず火神を受け入れてくれる、可愛がってくれる。
日本に帰って来たのだと、漸く実感した気がした。
「お前、今絶対にやけてんだろ。」
伏せた頭をぐしゃぐしゃと掻き混ぜられる。
どうしようも無く照れると笑ってしまう癖の事を言っているのだろう、順くんはやっぱり火神の事をよく知っている。
益々口角が緩んでしまうのを止められなくて、照れるとも嬉しいとも付かないこの胸を熱くする感情を言葉に出来なくて、顔を上げるとそのままベッドの上に乗り上がり日向の背を抱き締める。
うつ伏せになった日向の上に圧し掛かるような形になってしまうが、ぐえ、と一瞬潰れた声を上げただけで日向は何も文句を言わなかった。
「いきなりなんだよ。」
「今日、康くんとちーちゃんはハグしたけど、順くんはまだだったなって思って」
「相変わらず甘えただな。もうそんな事言って許されるガタイでも歳でもねーぞ」
からかうような笑みを含んで聞こえた言葉は少し棘があるが逃げるでもなく、火神の体重を受け止めてくれる日向の肩に顔を埋めて深呼吸をする。
ちーちゃんも、コウくんも、ユウくんも、おじさんもおばさんも。
皆大事な人で、家族とも呼べるような人だけれど順くんはそれとも違う、幼い心に刷り込まれた絶対的な存在だ。
「順くん…」
呼ぶでも無く零れてしまった声を拾って日向が、おい、と指の関節で頭を小突く。
「学校ではその呼び方止めろよ。恥ずかしい。後、敬語も忘れんな」
「ん、ちゃんと主将って呼ぶ…っす」
「よろしい。」
そう言った日向の顔は見れなかったけれど、きっと満足そうな笑みを浮かべているに違いない。
ぽかぽかと暖かな日向の温もりと安心感を抱きしめながら気付けば火神はそのまま眠りの中へと落ちていった。


------

設定

【日向家】
長女:千尋27歳(通称ちー、とかちーこ、ちーちゃん)
 一人暮らししてるOL。そろそろ結婚間近の彼氏が居る。
長男:康太25歳(通称こう、こた)
 実家暮らし。脚本家かつ劇団員。たまにテレビの仕事もしてる。
二男:優太25歳(通称ゆう、ゆた)
 一人暮らししてる会社員。
三男:順平16,7歳(通称じゅん、じゅんくん)
康太と優太は一卵性双子。
千尋と優太は既に家を出て一人暮らし。
上三人もそれなりに仲良いけれど、末っ子への愛情が異常。
大我ちゃんと順くんは天使。
ちなみに火神含む兄弟間では渾名や呼び捨てが普通。
千尋の顔は日向に似た地味顔なんだけれど、地味顔だからこそ化粧で整形レベルに美女に化けるって設定があるけれど生かしきれませんでした…
多分、日向もがっつりメイクとカツラを使えば美女にはなれる。ちょっと体格がどうみても男子だけど。

拍手[0回]

PR

火日が従弟 1

誠凛に入学して早数ヶ月。
漸く部にも慣れて、黒子と言う相棒と共にインターハイへと向け練習に励むある日の事だった。
全体練習を終えた後の自主練習に夢中になってしまい、気付けば体育館に残っているのは主将の日向と火神だけになっていた。
もう今日は終わりにするのか、それともただの休憩中なのか、タオル片手に汗を拭きながらじっと火神を見つめる日向に気付いて動きを止める。
「…なんだですか?」
「…お前ってアメリカに行く前、一階に花屋とコンビニがあるマンションの608号室に住んでた?」
酷く突然な日向の問いに驚きながらも火神は素直に頷く。
「え、つかなんで主将がそれ知って…」
聞き返しても一人で納得した様子の日向はまじまじと火神を見上げてはこれみよがしな溜息を盛大に吐き出すだけだ。
「俺もずっと確信が持てなかったから人の事はあんま言えねぇけど…それにしても育ちすぎだろ…違いすぎてわかるわけねぇよ…」
そのままぶつくさとぼやきながら睨まれて火神は戸惑う事した出来ない。
手持ち無沙汰に手の中でボールを転がしながらかくりと首を傾げる。
「俺、なんかしたっすか?」
自主練をしながらの雑談、と言う空気でも無かったので真面目に話を聞くために日向へと近付いて見下ろすと、先程よりも深くて長い溜息が日向の口から吐き出された。
「昔はあんなにちっこくていっつも順くん順くん言って可愛かったのに…」
「うぇ……あ、えええっ?」
一瞬、意味がわからなかったものの、すぐに懐かしい記憶が呼び覚まされて思わず変な声が出た。
「え、まさか、順くん…?」
「そのまさかだよ。俺の可愛かった大我を返せ」
拗ねたようにタオルを投げ付けられて慌てて受け取る。
「いやだって順くんは俺よりでかかったし!!」
「てめぇが育ち過ぎなんだよバカヤロー、最後に会ったの何年前だと思ってやがんだ!!!」



順くん、と言うのは火神にとって従兄弟でもあり、大切な幼なじみでもあり、初恋?の相手だ。
火神の母親は物心ついた時には病気で亡くなっていた。
仕事の忙しい父親は出張も多く、その度に火神は日向家に預けられるのが通例だった。
それでなくても日向の幼稚園が長期休暇に入る時は殆ど日向家で過ごしていたように思う。
土日は父親まで日向家に泊まり込んでもはや第二の自宅と言えるくらいに日向家には世話になっていたのだ。
その中でも歳が一つだけ上の順くんとはいつも一緒で、ご飯を食べるのも、遊ぶのも、お風呂に入るのも、全部一緒だった。
この頃の一歳の差とは大きい物で、順くんは火神の知らない事を何でも知っていて、優しくて、大きくて、頼りになる大好きな人だった。
火神の父親の転勤に伴ってアメリカに行くまでは間違いなく火神の心は順くんで一杯だったハズなのだがいかんせん、二桁にも満たない年齢の頃の話だ。
淡い思い出として胸の底には残っていても、余り思い出す事も無くなっていた。
「…主将が…順くん…」
「おう…つか順くんは止めろ、なんかこっぱずかしい」
もう火神よりも大きくは無いが、照れた時に口をヘの字にして余所を向いてしまうのは確かに順くんと同じ癖だ。
なんだか無償に嬉しくなってしまって頬が緩むのを抑えきれない。
「おじさんとおばさん、元気すか」
「おー、変わんねぇよ。…大我のおじさんは?一緒に帰って来てんのか?」
「いや、本当は帰って来るはずだったのに、直前で残らなきゃいけなくなっちまって。」
「え、じゃあお前、今一人暮らし?」
主将が大我と呼ぶのがくすぐったくて素直に応えていたらダァホといきなり頭を叩かれた。
余り力は入って無いから痛くは無いが、順くんに叩かれたと思うと急に悲しくなる。
「だったらなんでさっさとうちに連絡して来ねぇんだよ、お前、今日うちに泊まりに来い」
「へ…?」
「どうせ寂しがり屋なのは治ってねぇんだろ?」
そう言ってにやりと口角を上げた顔は頼りになる順くんそのもので。
なんでもっと早く気付けなかったのだろうと思いながらゥス、とやっぱり頬が嬉しさで緩んでしまったのは仕方が無い事だと思う。

拍手[0回]

休日(ラブホ編)

ついこの間まで半袖一枚でも暑さに溶けそうになっていたというのに、もうコートを着て居ても寒さが染みて来るような11月。
明日は久々に二人の休日が被るからと、何か希望はあるかと木吉に聞いてみれば
「たまには日向と一緒に風呂入りたい」
という、なんとも下らなくて些細な希望が帰ってきた。
それに一々恥じらったり突っ撥ねたりするような時代は随分と前に通り過ぎてしまった。
相変わらず休みが被る事が少ない二人は一緒に暮らして居ても余り同じ時間をゆっくり過ごす機会が無い。
確かに辛うじて身体を繋げたりはしているが、日向にだってそれだけでは物足りない部分もある。
「なら、久々にラブホでも行くか」



一番忙しい時期よりはマシとは言え、残業を終えてどうにか仕事場を後にしながら携帯を確認すれば時間は既に21時前。木吉は既に一度家に戻り、泊る為の荷物を持って日向の仕事が終わるのを何処かで待っている筈だ。
外の寒さに肩を竦めながら木吉へと連絡をしようと携帯へ視線を落とした日向の頭上に落ちる影。
「順平、お疲れ」
それなりに高身長に部類される日向に影を作れる相手なぞ限られている訳で。
予想通りの木吉のへらりと気の抜けた笑みとは逆に日向の眉間に皺が刻まれる。
「お前、ずっと外で待ってたのかよ」
「いや、楽しみ過ぎて待ってられなくてだな」
はは、と笑う木吉の頬を無造作に摘んでやれば予想通りにひやりと冷たい。
益々皺を深くした日向はガキか、と軽く木吉の脛に蹴りを入れながら歩き出す。
わざわざ寒い場所で待っていた木吉を心配する言葉なんて今更必要とするような間柄でも無い。
「あれ、順平、飯まだなんじゃないのか?」
「そんなもん、ホテルででも食えるだろ」
とっとと行くぞ、と足早にホテルへと向かう日向の後をついてくる木吉の顔はきっと嬉しそうに緩んでるに決まってる。
見なくてもそれくらい分かるくらいに日向と木吉の関係は長く続いている。


此処暫く来ていなかったとはいえすっかり馴染みとなったホテルに入る。
大学生になってからは日向が一人暮らしをしていたので場所に困らない二人がそれでもホテルに来るようになったきっかけはやはり「二人で風呂に入りたい」という木吉の一言があったからだった。
風呂とトイレが別だったとはいえ、安アパートの風呂に平均身長をはるかに上回る二人が一緒に入れるような広さ等無い。そもそも、そんな広い風呂等、よっぽど家賃の高いマンションや、元の風呂をリフォームする以外に無いだろうと諦めかけていたのだが。
たまたま、友人が休日に朝から彼女と二人でラブホテルに赴き、夕方くらいまでのんびりといちゃついて過ごす事があるという話を聞いた。
風呂も大きいし、映画やゲームも出来るし、食事や飲み物だってホテルの中で注文出来ると言う。
ラブホテルと言うと、その名前からしてそういった事だけを目的にしているようでなんとなく遠ざけて居たのだが、友人の話を聞く限りではそうでもないらしい、と判断した日向は試しに一度、木吉と二人でラブホテルに行ってみた。
行ってみたら、思いのほか二人ともハマってしまったのだ。男同士でも入れる場所はネットで簡単に調べられるし、ホテルもその辺のビジネスホテルと余り変わらないような小ざっぱりとした部屋で、変に卑猥な訳でも無い。
それどころか風呂は広いしベッドも広い、平日のフリータイムならば値段も安いし、何より色んな趣向を凝らした部屋があって、非日常感がある。
以来、ただ二人でまったりしたい時には度々ラブホテルを利用するようになった。
大学を卒業し、社会人となった後も、二人が同居を始めた後もそれは続いて居たのだが此処の所は休みが被らない事が多かったのでホテルに来る事自体が久々だ。
変に新しいホテルを探すのでは無く、行き慣れたいつものホテルは帰ってきたかのような妙な安心感がある。部屋に入るなり荷物を置いてさっさと風呂に湯を溜めに行く木吉を見送り日向は広いベッドの上に身を投げ出した。
程良いクッションが心地よく疲れ切った身体を受け止めてくれる。
「順ー、すぐお湯溜まるけどその間に何か食っとくか?」
「いやいい。どうせ鉄平も何も食ってねーんだろ、風呂出てから食べようぜ」
お湯が落ちる音が響き始めた中、仄かに薫る甘い香りは入浴剤か何かを入れたのだろうか。
バスルームを見れば透明なガラスの向こうで木吉は早くも服を脱いでは外へと放り出している所で、視線に気付いた木吉が順も早く、と手招くのに思わず喉奥で笑った。
楽しみにするにも程があるだろう。
遠足が待ちきれないガキか。
そう言ってやりたいが、そんな木吉を愛しいと思ってしまうのも事実で。少しだけ軽くなった身体を起こすと日向もバスルームへと向かった。



細かな泡が絶え間なく湧きだす湯の中に大の男二人が重なるようにして浸かれる此処の風呂はやはり良い。
流石に足を延ばす事は出来ないが、膝が少し水面から出てしまうくらいで寒い思いもしない。
「あー……癒される……」
冷えた身体に染み込むお湯の熱さがたまらない。
離れて座ってみようかとも思ったのだが湯に入るなり木吉に手を囚われてしまったので日向は木吉に後ろから抱き付かれながら足の間に座っているような状況だ。
眼鏡が一気に曇って視界が真っ白に染まるが暫くもすれば治るだろうと日向は瞼を閉じて心地よさに浸った。
背凭れになった木吉の身体も暖かくてうっかりするとこのまま寝てしまいそうだ。
「眠かったら寝てもいいぞ」
「んー…」
こめかみに触れる唇が、頬を撫でる指先が気持ち良い。
だがこのまま寝てしまうのは何だか勿体ない、と、木吉に言ってやる気は無いが。
「今寝たら多分、朝まで起きないぞ、俺」
「それは流石に困るかなあ」
すぐ耳元で笑う木吉の吐息がくすぐったくて顎を上げると穏やかな眼差しとぶつかった。
すっかり木吉の肩に頭を預けた状態のまま、知らず、近づいた唇が重なる。
一度、二度、柔らかく啄むだけの口付の後にぬるりと滑り込んだがゆったりと咥内を撫でる穏やかな快感。
心の内側まで温めるような触れ合いに、不意に抱き締めてやりたくなって木吉の腕の中で向きを変えると腿の上へと乗り上がるようにして向かい合う。先程よりも低い位置に何処か期待したような眼差しが日向を見上げて居て思わず口の端が緩んだ。
「だらしねー顔」
「今、すごく幸せだからな」
へら、と笑ったその顔を罵りながらも愛しさは隠しきれずに額に、鼻先にと口付を落として行くと、強引な手に後頭部を捕らえて再び唇を重ねる事となった。
「ん、…っふ、…」
先程よりも何かを求めるような舌先が日向のそれと絡まる。
すっかり曇りが消えて透明に戻った眼鏡の向こうには弧を描いた木吉の眼がじっと日向を見つめて居て体温が少し上がった気がした。
負けじと木吉の頭を両腕でがっちりと抱き締めて舌を差し出すと木吉の笑みが一層深くなる。
味覚を感じる為の感覚器な筈なのにこうして擦り合わせるとなぜこんなにも気持ち良いのだろう。唾液の滑りを帯びた粘膜の摩擦は確かに、性的なアレを思い出すのも事実なのだが。
唇を離す頃にはうっすらと思考にもやが掛かったような、温度の低い快感が身を包む。
それと同時に少しばかり不穏な手付きで日向の背筋を辿る掌にぞわりと熱が形になってしまいそうで慌てて木吉から身を離す。
「おい、シねぇぞ。こちとら腹減ってんだ」
「俺だって減ってるよ。…けど、なあ?」
「なぁ?じゃねーよ、ローションだって無ェだろ」
「どうにかなるだろ」
「どうにか、って、…ッおい、」
背から滑り下りた木吉の大きな掌がすっかりと筋肉が落ちてしまった尻の肉を掴んでやわやわと揉みこむとそれだけで日向の食欲が遠のいてしまう気がする。
不埒な指先が肉を揉みながらもまだ固い孔の縁を擽るように撫でて行けば尚更。今なら強引に湯からあがってしまう事も出来るのに、そうする所まで辿りつけないのは日向にも食欲では無い飢えが徐々に思い出されてしまったからで。
むに、と割り開かれた尻の肉の合間に当たるジャグジーの泡が何とも言えないもどかしさすら覚える。
「それにほら、俺もう勃ってきちまったし」
そう言って泡の合間に袋の裏から孔までの間に擦りつけられた物は確かに柔らかさを残している物の熱を蓄え始めて居てじわりと目尻に熱が上る。
なあ、と。
それ以上言葉にせず、強請るように首筋に、鎖骨に、胸元にと触れる唇は熱い。
肌の上を彷徨う唇が戯れに乳首を啄んで思わず日向の肩が揺れた。
「――……は、また前みたいに茹だってその後潰れんのはゴメンだからな」
「善処するよ」
溜息一つ、妥協してやったのだと言わんばかりに吐き出しても帰って来るのは勢いよく振られる尻尾が見えそうなくらいの笑顔で、日向は心の中でもう一つため息を吐きだした。
結局、日向とて木吉に惚れているのだ。
簡単に木吉に欲情してしまうし、こんな状況で強請られたら否と言えない。
まだ腹の底に残る純粋な空腹感に蓋をして日向は自ら木吉に唇を寄せた。



幾ら慣れているとは言え、碌な潤滑剤無しに木吉の人並み外れたペニスを飲み込むのには相当な時間と忍耐が必要だった。
少しでも楽になるように、と足元は湯に漬かったまま壁へと手を尽き、膝立ちで背後から受け入れても木吉の大きさが変わる訳では無い。
なんとか全てを日向の中へと納めた頃にはすっかり二人とも真夏の炎天下で運動したかのような汗塗れだった。
「入った、か……?」
「ん、全部入った…けど、ちょっと休憩しような」
荒い呼吸を吐き出す日向を労うように耳朶や項に触れる唇は優しい。
けれど足の間を貫く熱は確かな存在感で日向の中で脈打っていて、思わず確かめるように下腹部を撫でると薄くなった腹筋の下に木吉の形がうっすらと分かるような気がした。
「は、…こんなトコで盛んなきゃもっと楽に気持ち良くなれたっつーのに…」
「でも、好きだろ?こういうのも」
肩にやんわりと歯を立てられて日向の身が竦む。
下腹部を擦る手のうえに木吉の大きな掌が重ねられてぐ、と強く撫でられるとより一層その存在感が増したような気がする。
ぴったりと背に張り付いた木吉の身体が離れて、改めて腰を掴まれると期待に日向の身体が震える。
「動くよ」
宣言通りにゆっくりと引き抜かれると引き攣れた粘膜が一緒に引き摺られるようで内臓ごと持って行かれそうな錯覚に陥るが、そんな不快感は最初のうちだけだ。
抜けそうな程引き抜いてから、再び奥まで埋める動作を幾度か繰り返して行くと次第に木吉の形に馴染んだ其処は不快感よりも快感を呼ぶ為の性器へと変わる。
圧迫感よりも無遠慮な熱が容赦なく内側から性感帯を抉り、生みだすモノは電流のような刺激だ。
びりびりと背筋を駆け抜けるそれが生まれる頃にはすっかりと滑らかになった動きで木吉が奥深くまでを幾度も強く突き上げて日向はただ壁に爪を立てる事しか出来なくなってしまう。
「っは、…っぁ、…っ、…」
湿気の所為か、熱の所為か苦しくて閉じられない唇からは荒い呼気と飲み込む事が出来ない唾液が落ちるのを分かっていても日向にはどうする事も出来ない。木吉が動くたびに背に降ってくる汗が少しだけ冷たくて、けれどそれだけ背後の木吉も興奮しているのだと思うと冷静になどなっていられない。
汗で滑る肌を離すまいとがっちりと掴まれた腰は痛いくらいの強さで、見えない木吉の感情が籠っているようで煽られる。
「て、っぺぇ、…ッ…」
少しでもその興奮を伝えたくて腰を掴んだ掌の上に手を重ねる。
バスケに励んでいた頃よりも骨っぽくなった木吉の掌を抑えつけるようにして強く掴めばごくりと、背後で唾液を飲む音がした。
「順平…ッ、」
益々早くなる動きに次第に余計な事が考えられなくなって、日向の中を思う様突き上げる熱に縋る事だけで頭が一杯になってゆく。
殆ど触れられていないのに日向のペニスもとろりと先走りを湯の中に垂れさせながら揺さぶられるがままに揺れるばかりで溜めこんだ熱を吐き出すのを待ち構えているだけだ。
「――ッッッ、…」
ずん、と一層強く突き上げられた時、中に溢れる熱を感じながら日向も声にならない嬌声を上げながら湯の中に白濁を吐きだした。



茹だる程では無いが、一戦交えた疲労感と身体に残る熱はいかんともしがたい。
あの後頭や身体を洗ったりとなんだかんだしているうちにすっかりと戻ってきた食欲を満たすべく、ビールを片手に夕飯代りのデリバリーを二人で突く。
「やっぱ、風呂でヤるのは止めようぜ…なんかすげー眠いっつーか疲れる」
「えー?俺は風呂でするのも結構好きなんだけどな」
「熱いし滑るし碌なモンじゃねぇ気がすんだけど」
「風呂の中だといつもより順平の肌が赤くなってて凄く卑猥なんだよ」
ぶふぉ、と思わず咳込む日向を前に木吉はただにこにこと爽やかな笑顔を浮かべているが、その内容は余り褒められたモノでは無い。
「それに、湯当りするとくたぁってなるのが、またなんというか」
「うん、これから風呂でするの禁止な」
へらぁ、と幸せそうな顔の木吉だが、湯当りを起こしているという事は日向が気持ち悪くなっているのを分かった上で言っているのだろうか。
毎度そんな状態になるまで盛られてはたまらないととりあえず釘を差す。
「じゃあ、次する時はお湯の温度を下げよう」
そうか、そうすればいいのか、と一瞬納得しかけて、けれど言った傍から言葉を翻すのもなんとなく癪なので聞き流す事にする。
何本目かのビールの缶を一気に煽って空にすれば程良い酔いが事後の倦怠感と相まってこのままベッドに倒れたら本当に寝れそうだ。
けれどせっかくの休日、せっかくのホテル。どうせならもう少し木吉と接触したいという思いもある。
決して口には出さないが。
「なあ順平、そろそろこっち来いよ」
言わずとも獣の勘なのか、それとも長年の付き合いで学んだタイミングなのか。
同じく空になったビールの缶をテーブルへと置いた木吉がベッドに移動して両手を広げて待ち構えるのに日向の頬が満足げに緩んだ。
ん、と曖昧な返事を返しながら腕の中へと倒れ込んでそのまま木吉ごとベッドに沈み込む。
お互い、備え付けのローブを着ただけの格好は程良く火照った熱をすぐに染み込ませる。
「暖まって、腹一杯んなって、酒も入ったら眠くなってきた…」
「風呂の中でも言ってたな。一時間くらい仮眠したらどうだ?」
緩やかに木吉の腕に抱きしめられながら頭を撫でられると、益々眠気が強くなってきて思わず大きな欠伸が零れ落ちる。まだ日付が変わる前で、少しくらい仮眠しても時間はまだまだある。
どうせチェックアウトは昼前なのだ、焦る事は無いだろう。
「それじゃあ、少しだけ寝る。30分経ったら起こしてくれ」
「わかった」
そっと木吉が身体の位置を入れ替えると日向が木吉を見上げる形になる。
既に重くなり始めた瞼を瞬かせながら日向は一度、木吉の頭を引き寄せると触れるだけのキスを残してすぐに眠りの中へと落ちて行った。
------
再び眼を覚ました時、木吉は日向の横に身体を横たえたまま大きなモニターに映し出されたAVを眺めている所だった。
起こせ、と言った筈なのだが、時計を確認して見れば一時間以上経っていて日向は眉を潜める。
「30分経ったら起こせっつったよな…」
「ん?…ああ、起きたのか。おはよう順平」
少しばかりの怒りを滲ませたくらいでは木吉は揺るがない。
それどころか抱き締められて口の端にキスまでされて怒っている方が馬鹿らしくなってくる。
まあいいかと日向は溜息一つで諦める事にした。
「つーか…何見てんだ」
「そういえば余りAVって見た事無かったなあ、と思って」
モニターの中で高い声を上げて喘いでいる女優は柔らかそうな乳房を揺らして男優に思うがまま揺さぶられていて、高校生くらいの時ならば間違い無くオカズとして有り難く利用させて頂くような美人なのだが。確かに日向も木吉と付き合ってからAVのような明確なオカズを使用した事は余り無い。
「そういえば鉄って一人でヌく時どうしてるんだ?」
「え?…基本的には日向を思い浮かべたりしてるけど」
少し予測はしていたが、実際に言われるとなんとなく居た堪れない。
だが少し嬉しいと思う気持ちもある。
勿論顔には微塵たりとも出したりしないが。
「順も似たような物だろ…あ、そうだ、アレ持って来たんだ」
不意に閃いたような木吉がベッドから起き上がって鞄の元へと向かう。
ぼんやりとそれを眺めていた日向は、だが帰ってきた木吉が手にしていた物にがばりと跳ね起きた。
「おま、おまっ何でソレ…!!」
「いやあ、この前部屋の片づけしてたらうっかり見つけちまって」
へら、と笑う木吉が差し出すそれは形状はただの男性器を模したディルドなのだが底に吸盤が付いていて床や壁に貼りつける事が出来るタイプの物だ。
時折、木吉が居ない時にこっそりお世話になっていたりするのだが木吉にその事実を伝えた事は無い。
むしろ墓まで隠し持って行きたい事実だったというのに。
「最初はローションの減りが早いなあ、って思ってたんだ。前に使った後よりも随分減ってる事が多いな、と。俺は一人でする時使わないし、そうしたら日向が使ってるのかな、と思ってちょっと家探ししてみたら」
「お前それうっかり見つけたんじゃなくて確信犯じゃねぇか!!」
思わず全力で木吉の頭を叩いてしまったが、日々部活に励んでいた時よりも随分と威力は衰えて居た。むしろ叩いた掌が痛い。
「だって、見たいじゃないか。日向がコレ使って一人でシてるトコ」
殴られてもなんのその、きらきらと輝かんばかりの笑顔に見えるのは惚れているからなのか、いやこれに惚れていると余り思いたくない。
なあ、と。
ベッドに乗り上げた木吉がそっと日向の手にディルドを握らせる。
その強請るような声は日向にとって余りに分が悪い。
「これ、使ってるトコ見せてくれよ」
耳元を擽る低音にぞわりと背筋が粟立ってしまうのを日向は舌打ち一つで受け入れた。



一人だけ見せ物にされるのは嫌だと言えば、あっさりと木吉は日向をオカズにして一人でして見せるから、と返されてしまってはもう文句のつけようも無い。ベッドの上に木吉が、眼の前の床に日向が腰を下ろして向かい合う姿は中々に間が抜けていると思うが黙ってフローリングの上に吸盤を押しつける。
正直、木吉が日向に興奮している姿を見るのは好きだ。
いつもへらへらと笑っているだけの瞳が熱に潤み、真っ直ぐに日向を射る瞬間がたまらない。
思い出すだけでもちりちりと下腹部に生まれそうになった熱を吐息で逃してディルドの上へとローションを垂らして濡らして行く。
少したっぷり目に使うくらいがちょうどいい。
確認するように掌を使って温度の無い玩具にローションを塗しながらちらりと木吉を見やると食い入るように見つめる眼差しが日向を見ていた。
「お前、見過ぎ」
「だから、見たいんだって。気にせず続けてくれ」
「いや気になるだろうがよ。…っつーかお前もぼさっとしてんなとっとと俺のオカズになりやがれ」
言われて初めて意識したのだろうか、木吉の眼に熱が宿るのを確認してからそっと足の合間へとローションを纏った指を運ぶ。
ひと眠りしたとはいえ、つい先程まで木吉を受け入れていた其処は滑りを借りてあっさりと日向の指を飲み込む。
一応、中にもローションを塗り広げるように一度指でぐるりと掻き混ぜた後、膝立ちになってディルドの上へと腰を落として行くと纏わりついた粘液がくぷぷと小さな音を立てた。
眼の前では漸くやる気を出したのか、あぐらを掻いてローブの裾を乱した木吉がまだ柔らかな性器を掌でゆっくりと撫でている所だった。
「なんだかいつも想像でしかなかったのに、眼の前に居るって不思議な感覚だな」
言葉はいつものような雑談じみているが、その奥にちらつく木吉の情が押し殺したような低音となって心地よい。
ゆっくりと床に尻が付くまで腰を落として日向は細く息を吐きだした。
まだ身を焦がすような熱は遠い。
けれど既に下腹部には小さな種火が生まれつつある。
床に手をついてゆっくりと腰を前後に動かせば木吉程の強さは無くてもじんわりとした気持ちよさが身体の芯を伝わって行く。
風が吹けば消えてしまいそうな種火を温めるように瞼を伏せてまだ冷たさを感じる玩具が生み出す感覚を追いかけると動く度にぐぷぬぷと音を立てるローションが鼓膜を震わせた。
「順平、見えないから裾、避けてくれ」
言われるがままに床に落ちて全てを隠していたローブの裾をまくり上げて背へと退ければ熱を持ち勃ちあがりかけた其処が丸見えだ。
強く、見つめる木吉の視線を感じてざわざわと肌がざわめく。
滲むように身体の奥から熱が溢れて指先にまで滲むのを感じた。
「は、何、お前もうそんなんなってんの?」
うっすらと眼を開けば眼の前には既に固く反り返った木吉が眼に入り思わず鼻で笑う。
けれど自分の姿でそうなっているのかと思うと玩具を咥え込んだ其処がきゅ、と意識の外で収縮する。
仕方ないだろ、と口元だけで笑って見せる木吉が視線を落とす、その恥じらいとも言えない仕草がまたなんとも言えずに日向を煽る。じんわりと汗が滲む体温に浅く息を吐き出してから、日向は膝立ちだった姿勢から体育座りのようにして足を開くという見せつけるような姿勢へと変えた。
えろ、と木吉が唾を飲み込んで呟くのが心地よい。
腰を突き出すようにゆるゆると前後に身体を動かせば玩具を咥え込んで広がった孔が木吉にも丸見えになっている筈で、羞恥心が無いわけでは無いのだがそれもまたスパイスとなる。
「順平、いつもそんな格好でしてんの…」
「まあ、な。こうすると、此処、すげー擦られて気持ちいい」
此処、と下腹部の上を掌で撫でて見せる。
木吉程の大きさが無いそれは存在が分かる程では無いが木吉にはそれだけでも十分な刺激になったようだ。
押し殺したような呼吸が荒い。無意識なのだろうか、木吉の少し早くなった手が竿を擦りあげながら時折親指で薄い先端の皮膚を撫でているのを見ていると、まるで自分がそうされた時の事を思い出してふるりと腹の上で性器が震えた。
互いに向かい合っているだけで一度も触れていないというのに、ただ眼の前に居るというだけで身体の奥が疼く。
燃えるような飢えを宿した眼が貫くように真っ直ぐ日向を射るだけで焦げてしまいそうだ。
眼の前で先走りを溢れさせた木吉の性器がとてつもなく美味しそうな物に見えて、けれど触れる事は躊躇われるこの距離感。
もしかしたら日向も木吉と同じような眼で木吉を見つめているのかもしれない。
「順、俺、もうそろそろヤバい…ッ」
「…ッん、…俺も…っ」
ぬちぐちとお互いの生み出す水音すら熱を煽る材料となって、その合間に零れる吐息が熱い。
食い入るように互いを見つめるまま快感を追いかけて自然と腰を引いては突き出す速度が速くなる。
自分の思うまま、良い場所だけを選んで押し付け続ければやがて小波だった快感が大きな波となって全身が戦慄く。
眼の前では木吉も奥歯を噛み締めるようにして快感を追いかけて居て、日向は耐える事無く大きな荒波に促されるままに込み上げた物を吐きだした。

拍手[0回]

休日(夜明け前)

不意に、目が覚めた。
妙にすっきりと覚醒した意識は再び眠りの中に戻るような気配も無い。
窓の外は日の出を目前に明るくなって来た頃合いで、せっかくの休日にこんな早起きしなくてもと思いもするが睡魔から追い出されてしまえば仕方ない、日向は静かに身を起こした。


九月に入ったとは言え、涼しくなる気配はまだ無い。
すっかりぬるまった室温に、流れる程の汗が肌を包んでいて気持ちが悪い。
さてまずはシャワーでも浴びるか、それとも何か家事の一つでも片付けるかと思案しながら隣を見下ろせば大の字になって眠る木吉の姿があった。
昨夜、日向がベッドに入った時に木吉はまだ家に帰ってすら居なかったが、ベッドサイドに点々と脱ぎ捨てられたシャツやスーツを見るに、必死の思いでなんとか仕事を終わらせて帰って来たものの、力尽きてベッドに倒れ込むのがやっとだったといった所だろうか。
日向も木吉も、社会人になってもう何年も経った。
ただ自分の仕事をこなせばよかった新人時代とは違い、部下を抱え仕事を与える立場になりつつある。
働き盛りと呼ばれるような歳ももうすぐそこだ。
お互い、休みをのんびり過ごせる日が少なくなってきているのは確かで、久しぶりに日向が全く予定の無い休みになった今日、木吉も休みを満喫すべく深夜遅くまで仕事を片付けたのだろう事が簡単に想像出来て心がほんのりと暖かくなる。
深い睡眠の中に居るのか、ぴくりとも動く事無く眠る木吉の無精髭が生え始めた頬を撫でてそっと口の端に唇を落とす。
こんなにも穏やかに木吉を愛しいと思えるくらいには、日向も歳をとった。


どうせまだ太陽すら姿を見せて居ない時間だから木吉はそのまま寝かせておくことにして、とベッドから降りようとした日向の視界にふと映った木吉の股間。
男であるなら誰しも経験した事のあるハーフパンツを中から持ち上げる存在に少し、興味が惹かれた。
溜まっているのも事実だし、ほんの少しの悪戯心が過ぎったというのもある。
特に明確な理由は思いつかないまま今まで以上に静かに音を潜めて木吉の足の合間へと移動すると、そっとハーフパンツに手を掛け、下着ごとゆっくりと引きずりおろす。
徐々に姿を現す性器は見慣れているとは言え、でかい。
むあ、と汗臭さというか、何とも言えない雄の香りがして日向は思わず唾を飲み込む。
まだ周りに柔らかさを残す竿の部分に手を添えて先端に口づけを落とせばぴくりと震えて反応するのが嬉しくて、傘の張ったカリの下に、裏筋に、根元にとキスの雨を降らせて行く。じんわりと掌に伝わる熱が、日向の奥深くを強く突き上げて掻き乱す時の事を思い出して下肢が甘く疼いて震えた。


今でこそ、日向に馴染んだ木吉のそれだが、最初の頃はこのでかさが本気で憎かった。嫉妬とは別の意味で。
お付き合いを初めた頃はキスだけでドキドキして、けれど健全な男子高校生にはそれだけではすぐに足りなくなって触り合い、抜き合うようになるのはすぐだった。
そこまで行けば、次は挿れたい、となるのは自然の流れではあったがそこからが問題だった。
まず、木吉も日向も男だった。
端的に言えば、お互いがお互いを抱きたがった。
日向がもう少し体格が良ければ、なし崩しに木吉を押し倒していたかもしれない。
木吉がもう少し自分本位になれれば、体格に物を言わせて日向を押し倒していたかもしれない。
けれどそのどちらでも無い二人は先に進む決定打に欠いていた。
それに何より、木吉が中々に頑固だった。
日向としては、最初を木吉に譲ったとしても、その後で木吉を抱く機会がもらえるならば別にそれでもいいかな、と思い始めていたのに、木吉は頑なに「自分が抱かれるのはありえない」と、妥協案をすっぱりと切り捨てたのだ。
その有りえないという理由も、日向にしてみれば良く分からない理由で、其処で起きた大喧嘩は一番最初の別れの危機だった。
結局、木吉が泣きつき、土下座をしてまで謝り、頼み込み、とりあえずは日向が受け入れる側になると決めたのだが。
次の問題はサイズだった。
日本の平均サイズなんて物をはるかに超える木吉のそれは、一朝一夕で受け入れられるような物では無かった。
慣らそうとしても掌の大きい木吉は指も太い。
一本ならすんなり受け入れられるのだが、二本目になると途端に入らない。
時間を掛けて慣らすにしても、まだ若い二人は「待て」が出来なかった。
つまり、最後まで辿りつくよりも先に今までもやっていたような手軽な手段ですっきりして終わってしまう事が多々あったという事で、中々挿入という段階まで行けなかったのだ。
募る苛々やら焦燥やら、それでも木吉が「抱かれたくない」という主張を変えない事など重なって起きた喧嘩は二度目の別れの危機と言っていい。
その喧嘩の最中に日向が思わず「ならお前のサイズが入るようになるまで他のヤツとヤって来てやらぁ!!」という、後になって思えば売り言葉に買い言葉が過ぎる台詞を言い放ってしまい、仲直りをしたというよりは木吉の凄まじい執着心を見せつけられてなんとなく元の鞘に収まってしまったという経緯を持つ。
周りからしてみれば馬鹿らしくとも本人たちにとっては重大な「最後までする」という目標は、結局、頑なな木吉に折れた日向が密かに自分で自分の孔を弄り、いざという時にすぐに解れるようにするという涙ぐましい努力をした末に、漸く二人は一つに繋がる事が出来た。
あの時の感動はバスケの試合に勝った時のような妙な達成感と、まだ取り除ききれなかった痛みと、それから身体から溢れて止まらない愛おしさが綯い交ぜになっていて今でも忘れられないでいる。


それからもう二桁くらいの月日が流れただろうか。
慣れとは恐ろしい物で、先端を唇に含んで舌を這わせてやればびくびくと跳ねるデカブツが可愛いなんて思えてしまうのだから凄い。
湿気を含んだ陰毛を指先でかき混ぜながら薄い皮膚に包まれた先っぽを丹念に舌の平で舐り、時折音を立てて吸いつけば低い溜息が聞こえて思わず木吉を見上げる、が、寝言のような物でまだ覚醒には至っていないらしい。
眼鏡が無くてぼやける視界で確証は無いがそっぽを向いた鼻先を見れば間違ってはいないだろう。
ちゅ、と音を立てて唇を離すと日向は一度静かにベッドから降りた。
サイドボードに置いた眼鏡を掛ければ随分と視界がクリアになると見下ろした視界の中で自分のハーフパンツも低い山を形成しているのに少しだけ笑う。
昔の事を思い出したからか、眼の前に美味しそうな木吉の性器があるからか、日向の身体も甘い熱を帯び始めている。
下の引き出しからローションを取り出してから何処か浮かれたような気分でベッドの上へと戻る。
半分脱がされたハーフパンツからひょこりと巨大な性器を勃起させて爆睡している木吉の姿は本来なら笑える姿の筈なのだが、今の日向にとっては興奮させる一因にしかならない。
再びむき出しの性器へとかぶりつきながら、ローションを指先に纏わりつかせて自分のハーフパンツの中へと潜り込ませると半勃ちの性器がぬるりと擦れて思わず息が漏れたが其処は無視して奥の窄まった場所へと。
確かめるように縁を撫でてから指を一本、何の抵抗も無く入るのを確認してから更に一本、中へと沈めて行く。
温い温度の粘膜が指の太さに押し広げられている抵抗感。特に二本分の関節が重なった所が奥に、手前にと動くたびに身体に熱が滲んで汗が一筋、背筋を伝い落ちぞわりと肌が粟立つ。
眼の前には眠る木吉、その寝ている人の下肢に顔を埋めて一人熱を高めている行為はなんとも変態臭くて、それがまた日向の身体に火をつける。
「ん、…っ…ふ、…んん…」
自然と含んだ先端から喉の、可能な限り奥深くまで木吉の性器を飲み込み唇で扱きたてる。徐々に唾液のお陰で滑りやすくなる性器の浮き出た血管の筋一つも漏らさず愛するように丁寧に、けれど熱に煽られるように。
どれだけ頑張っても飲み込みきれない根元の方は掌で包んで余す所なく撫でて、そうしながら少しずつ綻んだ後孔へと指を増やす。
三本、ぎっちりと咥え込んだ其処がローションを含んで立てる水音に紛れて時折木吉が唸る低い声が鼓膜から日向を揺さぶる。はやく、はやく。
焦る指先が思わず慣れ親しんだ場所を強く引っ掻いてしまいびくりと日向の肩が跳ねた。
全身を甘い衝撃が走り抜けて一気に股間に血が集まり膨張するような。
荒い息を吐きながら、咥え込んで居るのは自分の指なのに何かを強請るように腰を揺らしてしまうのは習慣というやつだろうか。
より深くまで飲み込めるようにと尻を持ち上げかけて、また小さく唸り声を上げながら頭の向きを変えた木吉に留められる。
少しずつ動き始めた木吉はもう少しもすれば起きる頃合いなのだろう、ぼりぼりと無造作に腹を掻く指先を眺めながらずるりと根元から強く吸いあげながら唇で性器を扱いて顔を上げた。すっかりと固く反り返る程に勃起した木吉のペニスが唾液に濡れててらてらと艶を魅せる様は率直に股間を刺激する光景だ。
は、と一度落ち着くように短く息を吐きだすと下肢に埋めていた指を引き抜いてから、思いきって下着ごとハーフパンツを脱ぎ去るとローションに濡れた場所がひんやりと風に冷えてひくつく。
唇を舐めて飢えに急かされるまま、けれど木吉を起こさないようにと這うようにして身体の上に覆いかぶさり、じっと顔を見つめてみるが、まだ木吉は夢の中なのか寝言にむにゃむにゃと唇を動かすばかりだ。思わず日向も口元を緩ませながらそっと唇を重ねると手探りで木吉のペニスを手にして場所を合わせる。小さく口を開けた後孔にぴとりと宛がえば期待に胸の鼓動が強くなるのを感じた。
「ん、……ッ…は、…」
一番太さのある部分が入口を無遠慮に広げる皮膚の緊張感に自然と眉が震える。
手を木吉の腹について体重を支えながら少しずつ奥へ奥へと飲み込む熱源に知らずに上がった息が短い間隔で唇を干からびさせて行く。
無理に押し広げられる感覚が身体の奥で悲鳴を上げているが、自分で腰を下ろす姿勢では力を緩めるのも巧く行かない。
いっそ一気に腰を落としてしまえばそれなりの痛みが襲うが一瞬で済むんじゃ無いか、などと不穏な考えが過ぎる。
慣らすように飲み込めた部分を浅く上下させてはみるものの、中途半端な場所に腰を浮かせてなんとか片手で体重を支えている姿勢というのは地味に体力を削り取って行く物だ。もう少ししっかりと慣らせば良かったと後悔しても今更戻るなんてもっと出来ない。早く奥深くまで咥え込んで丹念に舐りたいと身体が欲求しているのに。
よし、一瞬の痛みを堪えよう。
心の中でそう決めると、呼吸を整える為に何度か、深呼吸を繰り返す。
どく、どく、と普段よりも早い脈の音を聞きながら不意に息を吸い込み一気に腰を下ろそうとして、
「何…してんの……」
がし、と大きな両掌に腰を掴まれて上にも下にも動けなくなって日向は木吉を見た。
まだ眠いのか瞼を重たげに瞬いているがうっすらと目尻が赤い。
戸惑ったような擦れた低音の後にごくりと乾いた唾液を呑み込む音が、木吉の欲を露わしているようで日向も思わず喉を鳴らす。
「じゅんぺ、やらしー…」
確認するように腰を浅く持ち上げられ、せっかく今まで苦労して飲みこんだ部分があっさりと抜けて行ってしまって思わず不満げな声が喉を鳴らした。
けれど、木吉が見ている。
早く、すぐ傍にある熱を飲み込みたくてひくひくと震える縁を、寝起きの少しだけ剣呑さを含んだ木吉の目が真っ直ぐに見詰めている。
それだけで日向の熱がまた一層高まり、すっかり勃起した性器の先から先走りが滲みだした。
「早く、…鉄、焦らすな…」
いかんせん、腰を固定されてしまっていてはままならない。
顔を木吉へと寄せても顔には届かず、仕方なく胸元に頭を擦り付けるように懐いてみる。ふわ、と濃い汗の匂いが鼻をくすぐって、つい衝動的にTシャツ越しの胸元に噛みつく。
「こら、齧んな…」
漸く腰が木吉の腹の上へと下ろされ、宥めるように抱き締められながら髪を掻き混ぜられるが欲しいのはそんな子供騙しでは無い。
日向の尻の合間に挟まるようにして固くそそり立つ木吉の熱だ。
がじがじと、Tシャツに唾液を滲ませて噛みつきながら腰を揺らめかせば木吉の喉が鳴る音を間近で聞いた。
「何で、こうなってるのかわかんないが…いいんだな?」
寝起きにこの状況は確かにわけわからんな、と頭の隅で日向は同意するがそれは表に出さずにただ幾度も頷く。
ぐ、と背を抱きしめられる手に力が入ったかと思うと気付けば天地が逆さまになって日向が木吉を見上げていた。
間を置かずに持ちあげられる足が、ひたりと触れた熱が自然と日向の口角を上げさせる。
顔を寄せて唇を重ねる木吉を喜んで抱き締めてやりながら、舌を絡ませる事に夢中になって必死に流し込まれる唾液を飲み下す。
すっかりと木吉に身を任せてしまえば、ぐいぐいと奥へ突き進む熱に痛みは然程感じず、案外すんなりと全て入ってしまって一息吐く。
糸を伝わせながら離れた唇を舐め取りながら視線を重ねれば其処には愛しいという感情が溢れて抑えきれないと、こちらが恥ずかしくなるような優しい色をした木吉の目とかち合って。
きっと、自分も同じような顔をしているのだろうなと思いながら日向はうぜえと一言吐いて木吉に再び唇を重ねた。

拍手[0回]

無題

賛牙の才能があると言われながらも開花する事無い自分が嫌だった。
戦闘部族である吉良にとって、賛牙の存在は大きい。
今までに居なかった賛牙の可能性を持つ日向にのしかかる期待は過剰と言っても差し支えない程に熱烈だった。
繰り返される訓練と、何も得ずに終える日々。
確実な成長が感じられる剣の稽古とは違う、無から有を無理矢理捻りだすような賛牙としての訓練は期待に応えられない苦しさだとか、無駄な努力をしているような徒労感だとか、果ては何時まで経っても開花しない自分の存在意義の無さだとかマイナスな感情ばかりが胸に溜まる。
小さい頃は未来の賛牙ともてはやした村猫達も、未だ賛牙としての力を目覚めさせる事の出来ない日向に白い目を向けている気すらする。


そんな全てが嫌になって、日向は吉良から逃げ出した。
当然、規律を破れば追手が掛かるだろうし、弱いわけでは無いが特別に強いわけでも無い日向が何処まで逃げ切れるかなどたかが知れている。
それでも、もう耐えきれなかった。賛牙になりたくないわけじゃない、けれどなれないまま吉良の中に留まっていられなかった。
どうせ開花しないならいっそ殺せとすら思った。
自棄にも近い、脱走だった。


夜の闇に乗じて谷を抜け、森を駆け抜けて向かった先は祇沙最大の街、藍閃。
幸いにも道中で追手に出会う事は無かった。
見逃されているのか、単純に運が良かっただけなのかは分からないが街が見える辺りになって漸く日向は足を止め、一息吐く。
何せ吉良以外の集落なぞ行った事も無いのだ。
見た事も無い、滑らかな表面の石の建物やカラフルな色彩、行き交う人々の多さ。
遠巻きに見ても分かる規模の大きさに足が竦んだのは一瞬、ぱし、と両手で頬を叩くと気合いを入れてから日向は街へと足を踏み入れた。


だが勢いよく街へと入ったは良い物の、早速日向は困惑していた。
何故かわからないが通りゆく人々が皆自分を見て眉を潜めているのだ。
吉良の中よりもあからさまなそれに入れたばかりの気合いが早くも抜けて行きそうだ。
色々な部族が集まる街だと聞いていたのだが余所者、吉良の猫は嫌われているのだろうか。
それとも自分の格好に何かおかしい所があるのだろうか。
すっかり沁みついたマイナス思考がぐるぐると頭の中で巡り始めるも、森に引き返すのも逃げるようでプライドが許さない。
せめて、道から外れて屋根の上でも登ろうかと考え始めた時にその猫は現れた。
「…ーぃ…おーい、待ってくれって」
背後から肩を叩かれて思わず尻尾を逆立てて臨戦態勢に入ろうとした日向にその猫はからりと笑って驚かせたならすまん、と謝罪を述べた。
勢いを殺がれたように不審げに顔を顰めながらも日向が構えを解いたのを見計らって猫は日向の耳を指差した。
「それ、本物?」
「は?」
「いやあ、黒い耳と尻尾の猫が居るから追い出してくれなんて言われて来てみたんだけど…なんかそんなに危なさそうじゃないし」
「……どういう事だ?」
日向は話がさっぱり読めずに益々眉間の皺を増やした。
確かに日向の耳も尻尾も黒いが、それが何だと言うのか。
何処か馬鹿にされたような物言いも腹が立つが相手の猫は日向よりも頭一つ分、上背がある上に身体も確りと鍛えられている。
腰に提げられた大剣からしても力のある闘牙だろう。
本気でやり合ったとしても勝てそうには無い、と忌々しく思いながら先を促す。
「説明したいのは山々なんだがー…なんだか人が集まって来ちゃったしなあ、すぐ其処に宿があるから其処で話さないか?」
確かに、周りには二人を取り囲むように、けれど少しの距離を開けて人が集まりつつある。
小さく舌打ちを一つ落として日向は一つ頷いた。


宿は元々その猫が宿泊していた場所のようで、店主らしき男と軽い挨拶を交わした後、ベッドとテーブルと椅子が一つずつあるだけの簡素な部屋へと通された。
椅子に日向が、ベッドに猫が腰を落ち着けるなりそういえば、と猫は切りだした。
「俺は木吉だ。この辺で賞金稼ぎをやってる。」
「…日向。…特に何もやっていない」
お前は?と問うような視線に負けて名乗ったは良い物の、日向には紹介すべき職も無い。
気まり悪く視線を逸らすと、はは、と軽い笑い声が響いた。
「何もやっていない、って…藍閃には職探しに来たのか?見た所、お前さんも闘牙だろう?」
日向の腰に提げられた二対の小刀を顎で指しながら問われて言葉に詰まる。
今までの紆余曲折を説明するのは面倒だし、だからといって明確な目的があって此処に来たわけじゃあ無い。
闘牙と木吉は言ってくれたが、それで食べて行ける程強いとも思って居ない。
「あー…それよりも、さっきの。どういう事だよ。」
結局、話題を変えることで逃げた日向を木吉は余り気にしないようだ。
「そうだった、忘れる所だったな。黒い耳と尻尾ってのはこの辺では不吉の象徴って言われてるんだ。悪魔に呪われた印だ何だって。」
「不吉の象徴、って…黒い耳と尻尾なんざ、吉良には腐る程居るぞ」
「ああ、日向は吉良の出か。あそこの部族って、出不精で有名じゃないか。それがどうして藍閃に?」
結局、話が戻ってしまった。
苛立つよりも先に唖然としてしまって日向は言葉が出てこない。
確かに余り縄張りから外に出ない吉良の民だが出不精は無いだろう、出不精は。
街の猫の視線に漸く納得したが、そうしたらこの好奇心丸出しで目を輝かせている猫は何なんだ、不吉の象徴じゃないのか、日向の黒は。
「ああすまん、こんな綺麗な色した猫を見るの初めてでな、つい興奮した」
日向が固まって居るのを知ってフォローしたつもりだろうがなんだその斬新な攻撃手段は。
日向は特別顔が良いわけでも無いし、色だって吉良にはありふれた黒だ。
そんな褒め方されると誰が予想した。
落ち着き無く尻尾が揺れるのを止められない。顔だってじわじわと熱を持ってきているのを見られなくて思わず机に突っ伏した。
かわいいなあ日向はー、なんて暢気な声が恨めしい。
もうどうしていいのかすら分からないくらいに戸惑っているというのに頭を撫でるな耳に触るな。
言ってやりたい事はあっても言葉にならない。
「なあ、もし良かったら暫く俺と一緒に狩りをしないか?今何もしてないんだろう?」
唐突な誘いに少しだけ顔を上げれば、いつの間にか木吉はテーブルの上に腰を下ろして日向を見下ろしていた。わしゃわしゃと遠慮なく頭を掻き混ぜる手はそのままに、どうだ?と首を傾げて来る。
たまに耳を掠める掌がくすぐったくて耳をぴくぴくさせながら日向は眉を潜める。
「耳と尻尾はマントか何かで隠せば目立たなくなるだろうし…藍閃も初めてなんだろう?わからない事があれば案内してやれるし。悪い誘いじゃないと思うんだが」
悪い誘いじゃないから怪しいんだとは、言わないでおいた。
とりあえず、街に入ってから今までの流れが早過ぎて脳みそが着いて行けない。
何の裏も無いような笑顔を暫く見上げてから、ため息と共に少し考えさせてくれ、と言えば、木吉は嬉しそうに、おう、と応えた。


------

設定とか補足とか妄想とか

パロ元の単語の簡単な説明
猫:パロ元の世界では人の代わりに、人間に猫耳猫尻尾が生えた「猫」という生き物が人間のように暮らしてる
闘牙:戦闘時、前衛的な役割の人。物理的な攻撃とか防御とか。
賛牙:戦闘時、闘牙にチート級の補助魔法を掛けられる人。
   生まれた時には素質の有無がわかり、素質があっても開花しないと使えない。

吉良:余り余所との交流が無く、引きこもり気味な村。黒耳黒尻尾な猫がたくさん居る。
藍閃:多分、この世界で言う東京みたいな所。黒耳黒尻尾な猫はほぼ居ない。
祇沙:多分、この世界で言う日本みたいな括り。

詳しくはwikiとかで調べてみて下さいむしろプレイしてみてください。
随分前にプレイして以来なので、細かい設定とかは間違えているかもしれません。
時間軸は余り考えていません。
虚ろが来る前かもしれないし、ゲームのハッピーエンド後かもしれない。

木吉:闘牙
刹羅生まれの猫。大剣一本で闘う。
茶色の耳とふさふさ尻尾

日向:そのうち賛牙
吉良生まれの猫。双剣で闘う。
賛牙の素質は有る物の、開花せずに燻ってた所を木吉と出会い、才能を開花させる予定。
黒耳黒尻尾。



【悪魔とか】
色のままに行くと
赤司:ラゼル
緑間:フラウド
青峰:カルツ
黄瀬:ヴェルグ
ですが流石に違和感有りまくりなので
紫原:ラゼル
緑間:カルツ
青峰:ヴェルグ
黄瀬:フラウド辺りが妥当??
と此処まで妄想して
ヴェルグ青峰×冥戯今吉って有りじゃないと気付いた。
今吉:冥戯猫
其処まで真面目に邪神信仰してたわけじゃないのに
召喚に応じた青峰を見て一目惚れ。
最終的に青峰の眷族になればいいじゃないhshsprpr
ただ、色通りに
変態コスチュームに身を包んで白ネコちゃんn僕を殺しに来てよvな緑間とか
ずっと鬱な顔で物静かな青峰とか
傍若無人なヴェルグとかも見てみたいですけどね…!
ラゼルな赤司は…正直有りだと思う

拍手[0回]

TemplateDesign by KARMA7

忍者ブログ [PR]