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空箱

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オメガバース

 初めてのヒートは祖国を離れて帝国に入ってすぐ、皇帝に謁見する為に部屋に入った時に起こった。発熱、発汗、動悸、それからどうにも抑えきれない性的な昂り。記憶にあるのは部屋に入って数歩進んだ所までで、気がついた時には見知らぬ部屋で宰相の男と交合っている所だった。 
 男は訳がわからず暴れだしたレイヴスを難なく抱き締めると皇帝の前でヒートを起こして倒れたレイヴスを介抱してくれた事、薬が効かずなかなか症状が収まらなかったので静める為に行為に及んだ事、恐らくは皇帝の強いαのフェロモンでヒートが誘発されたのだろうと言う事、宰相自身もΩであるから妊娠の心配は無い等を丁寧に説明してくれた。同じΩのよしみとして何かあれば頼ってくれとも。 
 これから仕える主でも有り敵でもある皇帝の前で無様な姿を晒した情けなさと、そろそろ動いて良い?と男が腰を揺する度に生まれる初めて体験した強い快楽に抗えない無力さで終いには幼子のように泣き出してしまい、レイヴスにとって忘れたくとも忘れられない忌まわしき記憶となって今でも胸に苦く残っている。 

 ~中略~ 
 
「あれ、どうしたのその格好。また襲われた?」 
「わかって居るなら薬を寄越せ。毎度ヒートになってから此処へ来たのでは遅い」 
「だって君、先に渡したら身体に悪い飲み方するでしょ?これは良く効くけど副作用が強いんだからそんなことさせられないよ」 
「子供が出来なくなるくらい別に構わん」 
「Ωに生まれた神凪は血を繋がなきゃいけないんでしょ」 
 漸く黙ったレイヴスに薬と水を差し出せば引ったくるような勢いで奪われて何の疑いも持たずに勢い良く飲み下して行く。それからフラフラと覚束ない足取りで勝手に人のベッドへと倒れ込むとそのまま動かなくなった。 
「ちょっと、他の男のザーメンまみれのまま人のベッドに乗らないでくれない?」 
 苦情を呈した所で薬が効くのをじっと待つレイヴスの反応は無い。もはやこれくらいの言葉では顔をあげる事すらしてくれなくなって寂しいのと同時に、それだけ慣れてしまう程に身体を重ねて来たことがなんだか感慨深いものがある。最初の頃なんて助けを求めることすら出来ずにじっと独りで小さく身を丸めて耐えているだけだった。その度にヒートの匂いを頼りに探しだし、無闇にフェロモンを撒き散らす身体をなんとか部屋に引きずり込んで薬と一時の快楽を与え続けてきた。全幅の信頼、とまでは行かずともヒートの時に頼るべき人間と認識してもらえるようになるまで随分と時間が掛かった。 
「ねぇ洗ってあげるからさ、シャワー浴びようよ。俺がαの臭い嫌いなの知ってるでしょ」 
 漸く顔を上げたレイヴスのこちらを見る眼がとろりと溶けている。ベッドなんて一番アーデンの匂いが染み付く場所に居れば当然の事なのに、この匂いがΩの物だと信じているレイヴスはそうと知らずにいつもベッドに引き寄せられては枕を抱え込んでアーデンの匂いを堪能している。だが今日は駄目だ。レイヴスはこんなに離れていてもわかるほどに他のαの臭いをまとわりつかせていて、ベッドにもそれを残されるかと思うと耐え難い。 
「ほら、お風呂に行くよ」 
 顔をしかめながらもなんとか近づいて脇の下へと強引に手を差し入れて引き摺り上げれば、案外素直に両腕が首へと巻き付いてきた。少し前まではあっさりと持ち上がった華奢な身体は今やずっしりと質量を増している。身長は殆どアーデンと変わらないくらいに伸びたし骨格もずいぶんと男性的になってきた。これで肩幅に見合う筋肉量になったらさすがに抱え上げられ無い気がする。 
「アーデン、」 
 ぐいと腕に引き寄せられたかと思えば重なる唇、積極的なのは悪く無いがその口の中に濃く残る違うαの臭いに耐えきれず、反射的にレイヴスの身体を突き飛ばした。 
「言ったでしょ、αの臭い嫌いだって。お風呂に入ったらいくらでも付き合ってあげるから」 

~中略~ 

 選ばれていながら自覚も覚悟も持たぬ腑抜けの王。世界が、妹が、今どういう状況にあるかも理解せずにのうのうと基地に現れたノクティスにただ灸を据えてやるつもりで出た筈だった。
「将軍」 
 呼び掛けられて我に返る。まだ頭がぼうっとしていて動かない。犬のように浅い呼吸と激しい動悸の音が耳に五月蝿い。汗が滲む程の身体の熱、これに似た症状と言えばヒートだがつい先週終えたばかりの筈だ。なるべくヒートを起こさないように強い抑制剤も毎日かかさず飲んでいる。今朝も飲んだか?いや飲んだ筈だ。 
「君の運命の番、ノクティス王子だったんだねぇ。あ、今は陛下か」 
 重い揚陸挺の稼働音が響き渡る中、ここに居るのはレイヴスとアーデンだけだった。うんめいのつがい、その単語だけが意味もなく頭の中でぐるぐる回る。 
 ただ一発くらい殴り付けてやろうと思っていただけなのに、ノクティスを見たとたんに得体の知れない衝動に突き上げられて本気で殺そうと思った事は覚えている。全身が怖毛立ち、拒絶するよりも先に引き寄せられるようにして手が出そうになる程の恐怖とも怒りとも着かない心の昂り。間違いを起こすくらいなら殺してしまわなければとただそれだけが頭を駆け巡って、アーデンが横槍を入れなければ本気で殺していたかもしれない。
「ねぇどんな気持ち?妹さんを差し置いて自分が運命の番って」
 違う、あれは運命なんかではない。得体の知れない何かに引きずり込まれまいと殺意を覚える程の恐怖だった。運命なんかであるはずがない。風邪か何か、もしくは王子一行のα達にあてられて身体がおかしくなっただけだ。断じて運命の番などではない。ノクティスは妹が幼少の時から想う大事な相手なのだから。 
自分が運命の番であってはならない。 
「気付いてる?いま君、すっごくメス臭い」 
 いつの間にか目前でしゃがみこんだアーデンが嗤っている。ふわりと香る、馴染んだアーデンの匂い。誘われるように手を伸ばせばあっさりと抱き締めることが出来た。分厚い服の下に案外しっかりとした骨格と筋肉が付いていることがわかるくらいに強く腕に抱き、首元に顔を寄せて肺いっぱいに匂いを取り入れると、馴染んだアーデンの香りに張り詰めていた何かがとろりと蕩ける。 
「アーデン、……」 
「ちょっと、此処まだ外なのわかってる?」 
「いいから、早く」 
「後で嫌がるのは君でしょ」 
「頼むから」 
 渋るアーデンに焦れて体重を掛けて押し倒す。ごん、と鈍い音がした気がするが焦らす方が悪い。腰の上に跨がると既に服の中が濡れて居ることに気付く。昂りを押し付けるように腰を揺らすだけでぬちぬちと腿の方まで濡れた布がまとわりついて擦れて気持ち良い。濡れた布越しにアーデンの股間も固くなっていることが伝わってついねだるように丁寧に尻を擦り付けてしまう。 
「もぉ、後で恥ずかしい思いしても知らないからね?」 
 気遣う素振りで舌舐めずりする男に身体の奥が疼く。一刻も早く何も考えられない程に乱して欲しかった。 

~中略~ 

「妊娠した」 
 今日は晴れてる、くらいのノリで言われて一瞬なんの事だかわからなかった。 
「へ?」 
「だから、妊娠した」 
「誰が」 
「俺が」 
「誰の子?」 
「貴様以外に居ないだろう!!」 
 ガンっとテーブルを拳で叩く姿に思わず首を引っ込める。将軍様は相当気が立っているようだ。 
「知ってたの?俺が……」 
「αだと言うのは先程知ったばかりだ。よくも騙してくれたな」  滅茶苦茶に不機嫌そうではあるが当たり散らすほどに怒っていると言うわけでは無さそうだ。突付けばすぐに破裂しそうではあるが。長年、同じΩだと信じて居たからこそヒートの度にゴム無しでの性交をねだっていたのだろうから予期せぬ妊娠に苛立つのは仕方ないことだろう。実際には運命では無くともヒートの度にαの子種をたっぷりと注がれて来ていたのだから、逆によく今まで孕まなかったものだと感心する。むすっと仏頂面でテーブルに頬杖つく姿からは母性らしきものなど一切見えないがその腹にはアーデンとの子がいると思えばつい頬が緩んでしまう。 
「そっかぁ、俺の子かぁ……」 
 もはや10年以上関係を持っているのに全く孕む気配が無いから若干諦めていた。運命の番を見つけたとたん孕んだというのが腹立たしくもあるが生まれる子供に罪は無い。 
「男の子?女の子?まださすがにわかんないか」 
「そんなもの調べていない、それよりも……」 
「産むよね?」 
 遮るように聞いてやれば呆気に取られたような顔。堕ろす気でいたのが丸わかりだ。漸く宿った命をそんなにあっさり殺す気になるなど本当にこの子は情緒と言うものが無い。否、正確には本当は溢れる程に有り余るそういった感情を「余計な物」として切り捨てようと必死なのだろう。咄嗟に否定出来ずに言葉を探しているのが良い証拠だ。本当に不要だと思っているのならはっきりと否定すれば良いだけなのにぐっと唇を噛み締めて視線をさ迷わせながら必死で考えている、産んで良いものか、否か。そんな隙を見せるからついアーデンもちょっかいを出してやりたくなるのだと言うのに。 
「産んでよね、俺、家族欲しかったんだ」 
 駄目押しとばかりに続けてやれば根が優しい神凪様は勝手にこちらを可哀想な生き物だと哀れんであっさりと陥落したようだ。だが、となにかうだうだ言っているようだがそんなもの建前でしか無いのはわかっている。 
「元気な子が生まれると良いね」 

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比翼連理

 今さら、この男に抱かれることに特別な感情は無い。 
 上官の命令に従い身体を使って肉欲を発散させる、言ってしまえば模擬戦として部下と剣を交わす事と大差ない。違うとすればあえて見せつけるための模擬戦とは逆に、この行為が軽々しく他言出来るものではなく秘められて然るべきものだということくらいで、レイヴスがいくら嫌がろうと拒絶しようと自分よりも上の権力者には抗えない、それは帝国軍に入って何よりも叩き込まれた悲しい事実だ。それならば自分も利用させてもらうくらいのつもりで割り切った方が心も身体も楽になる。 

 事後の気だるい身体をシーツに投げ出したまま呼吸を整える。夜ともなれば指先が悴んでしまうような冷えた空気も、汗ばんだ肌にはちょうど良い。この男がレイヴスを抱く時はやけに執拗に愛撫を繰り返すせいで身体に残る疲労感は大きい。丹念に指先と唇で肌をなぞり弱火でじっくりと炙るように呼び起こされた熱は中々消えること無く身の内で燻り続けている。早く冷たいシャワーでも浴びてこの倦怠感を抱き締めたまま眠ってしまいたい所だが背中に張り付く身体がそれを許さないように両腕をしっかり腹の前でクロスさせていて身動きが取れない。背中から伝わる温度はレイヴスのそれよりも随分と低く、ひやりとしているくらいだ。熱を持て余している自分だけが先程の狂宴を引きずっているようでなんだか癪に感じる。 
「君のとこのさぁ……神凪の力?男にも受け継がれてるって本当?」 
 この男の言葉が唐突なのはいつもの事で、知り得ない情報をさも当たり前のようにひけらかすのだっていつもの事だ。だが内容が内容なだけに思わず息が詰まる。 
 女性しかなれない物とされている神凪だが、神凪の力自体は男女関係無く受け継がれている。あくまで女性の方が強く受け継ぎ易いというだけであって、男性であっても強い力を受け継いだ人は多くいた。それどころか表向き神凪に就任したのが女性であっても、その代の神凪の力が弱すぎたために数ある儀式を実際に執り行うのは男性であった事だってある。神秘性の維持、政治的な都合、確実に血を繋ぐ為等様々な思惑があって女性が神凪に就くのが慣例化されているに過ぎない。 
 だがその事を知るのはフルーレ家直系の者か、あとはほんの一握りの家臣しか居ない筈だ。 
 否、居ない筈だった。 
 どう応えるべきか考えあぐねているとするりと伸びた指先がレイヴスの指先をそっと握り込む。 
「受け継いでるんでしょ?癒しの力」 
 先程の問いかけを装った物とは違う、確信を持った声にそれとなく握られた手を払いシーツの上へと起き直す。子供じみた些細な反抗に背中の体温が小さく笑うように揺れた。 
 確かにレイヴスにも癒しの力は受け継がれている。正確には「癒しの力のような物」。本来ならば汚れを、痛みを癒し浄化するはずの力はレイヴスには正しく受け継がれず、癒す事は出来てもそれを巧く浄化することが出来ずに何故か身の内に取り込んでしまう中途半端な物でしか無かった。力を使う度に自身が代わりに怪我を、病を、痛みを負うことになる力を大人たちは使わせなかった。 
 少し自分が耐えれば苦しんでいる人を救える筈であったのに、頑なに力を禁じる大人たちははっきりと言葉にしなくても「出来損ない」と告げられているようで苦い思いをした記憶がある。歴代の神凪の血縁者は大なり小なりその力を使って神凪を助けてきた歴史があるというのに自分だけは弾かれてしまったという疎外感。もちろん力を持たずに生まれてきた先祖も居たのだから気にしなくて良いと母は言ってくれたが、選ばれし王の対となる神凪になる事が決まっている妹の手助けが何一つ出来ない事実は自身の存在意義を大きく揺らがせた。 
「……俺は、受け継いでいない。神凪の力は女性に宿るものだ」 辛うじて取り繕うとしてみるが思わぬ動揺に声が細くなってしまった。後悔しても時既に遅く、背後から楽しげに喉を震わせている振動が伝わる。 
「嘘だぁ、だってこうしているとなんだか落ち着くんだよねぇ」 ざらついた感触がまだ余韻の引ききらない首筋を掠めて思わず身が跳ねる。遅れて男の疎らに生えた無精髭が押し付けられたのだと気付いた。レイヴスに逃げられた指先が今度は腹から叢へと、先程吐き出されて乾ききらない体液を塗り広げるようにゆったりと撫でつけて行くだけで奥に燻る熱を引きずり出されそうで、たまらず肘で背中に張り付く体温を押しやり身を起こす。 
「お前の体温が低すぎるから人の体温が気持ち良く感じられるだけだ……もういいだろう、退け」 
 そのまま立ち上がろうとした所で、思いの外強い力で腕を引かれてシーツへと逆戻りしてしまった。すかさず上へと圧し掛かった男が無遠慮に腹の上へと無遠慮に腰を下ろして来たので反射的に身が強張る。 
「知ってるんだよ、力を使っちゃ駄目ってママに言われてるの。律儀に守って来て偉いよねぇ」 
 嘲笑うかのような声に奥歯を噛み締める。この男はいつだってそうだ。 
 最初から核心を言えば良いものを、外側からじわりじわりと舐るようにしてこちらの壁を剥がしにかかって来る。取り繕う嘘も、逃げる事も許さずに獲物がもがく様を楽しんでいるかのようでいっそ腹立たしい。今だって最初から全て知っていると話せば良いものを、レイヴスが一つずつ建てた壁を丁寧に端から壊して行くばかりだ。 
「――それで、それがどうしたんだ。言いたい事は要点をまとめて言え」 
 声が怒りで低くなってしまうのは仕方が無い。だが下手な抵抗が無駄だとわかった今、これ以上取り繕った所で意味が無い。それならばさっさと言いたい事を言わせてとっととこんな場所から離れてしまうのが得策だと暴れだしそうな腹の虫を押さえつける。 
「ルシスの王と、神凪って本能的に惹かれあうんだってね」 
 要点をまとめろと言った傍から話題が飛ぶ。 
 は?と思わず間抜けな声が口から洩れた。 
 今更何故それを知っていると問うのも馬鹿らしいから聞かないが、そんな話は母から聞いた覚えがある。 
 王と神凪は惹かれあうものであるが決して血を重ねてはならない。 
 理由も謂れもわからぬままに伝わる神凪の血族の言い伝え。
 現に妹は随分昔に会ったきりの年下の王子に恋であるのかはわからないが夢中であるし、母も初恋はレギス王だと寝物語に言っていた。どれだけ好きになっても決して結婚してはいけない決まりなのだと聞いて妹は一週間程落ち込んでいたことを思い出す。 
「それが、何か?」 
「俺の事、好き?」 
 今度こそ声すら出ずにさぞ間の抜けた顔を晒してしまっただろう。 
 母を殺した国の宰相を、国を焼いた男を、こうして不健全な関係を強要してくる男を、どうやったら好きになれる?どれだけにこやかに笑っていようと胡散臭さが拭えない髭面の男を?抗わずに大人しく男に組み敷かれているのは保身と時間的効率を考えた結果の妥協であって好きでしている事ではないし、そのことは顔に態度に思う存分出してやっている筈なのでこの男が勘違いする筈もない。 
「神凪の血、引いてるんでしょ?俺の事好きになったりしてない?」 
 楽しげな笑みにどこか期待するような物が混ざるのがより一層胡散臭さを増す。 
 いまいち話の繋がりが理解出来ないが、先程の神凪と王が惹かれあう話に絡めた話題なのだろうか。それにしてもこの男はルシスの王どころかニフルハイムの宰相だ。惹かれるも何も、本来ならば敵であった男だ。 
「お前は王では無いだろう」 
 そしてレイヴスも神凪では無い。それで話は十分の筈だ。 
 その筈だった。 
「そう、――……そうだよねぇ」 
 口喧しい男が珍しく言葉に詰まる。 
 それからしみじみと紡がれる言葉は溜息のように何か、色んな物を綯交ぜにして吐き出された。 
 そのままぼすりとレイヴスの上へと抱き着くように倒れ込む一瞬、男の顔が笑ったままなのに泣きそうに見えたのは目の錯覚だろうか。 
「あーあ、フラれちゃったよ。悲しいなあ、慰めてよ」 
 首元に唇を落とす男の顔はもう見えない。 
 だがその声は普段通りの胡散臭さを取り戻し、手は漸く引こうとしていた熱を呼び起こそうと肌の上を撫で始める。 
「慰めを求めるなら他所へ行け……ッ」 
「大丈夫、ちゃんと気持ちよくしてあげるから」 
 いまいち会話が噛み合わないのもいつものことだ。先程はきっと見間違えなのだろう。この男が泣きそうになるなどと。 
 なんとか逃れられないかと男を押し返してはみるが男は頑なに首筋に鬱血跡を残すことに夢中で離れる様子が無い。まだ柔らかく綻んだままの場所へと押し込まれた指ど同時に兆しても居ない性器を握る性急な手に暫く眠る事は出来ないと諦めてレイヴスは息を吐いた。 

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アーデンと猫

 猫を一匹、飼っている。 
 白銀の毛並みに均整の取れた身体、顔立ちはとびきりの美人。性格は好奇心旺盛で、気紛れなところはあるが概ね飼い主に従順。手を煩わす事も多いけれど、案外この猫との生活は楽しい。 
 神凪は死に、王はクリスタルに囚われ、世界は闇に閉ざされた。外はシガイで満たされ、人は僅かに残された拠点を頼りに細々と命を繋いでいる。かつて栄華を極めた帝都グラレアにあの頃の面影は無い。シガイや魔導兵に好き放題に破壊しつくされ、暖かな血肉を持つものの絶えた死の世界。まるで世界中で猫とたった二人きりになってしまったようで悪くない。 
 すり、と足に押し付けられる柔らかな毛の感触に宙に浮いていた意識が戻って来る。暇を持て余してソファに身を預けていたらそのままぼんやりとしてしまったようだ。 
 ジグナタス要塞、元は将軍用の執務室だった場所に多少の手を加えて猫の為の部屋にした。何だかんだとアーデン自身、此処に居ることが多いので二人の部屋と言っても間違いでは無い。見下ろす先には黒く煌く眼球にくっきりと浮かび上がる金色の瞳。人ならざる者の証であるそれがひたりとアーデンを見据えてはぐるるぅと喉を鳴らした。 
「ごめんごめん……ちょっとぼーっとしちゃってたよ」 
 ご機嫌取りに頭を撫でてやれば滑らかな指通りの中で数本、指先に絡んだ毛先。これはまた後で丁寧にトリートメントとブラッシングをしてやらねばならない。「彼」と比べたら驚く程に風呂嫌いになってしまった猫をどうにか風呂場まで連行し、顔に湯が掛かるのを嫌がるところをなんとか宥めすかして髪と身体を洗ってやるのはなかなかに骨が折れる仕事だが、それなりに楽しいとも思っている。なんせ頑なに余計な接触を拒んだ彼と同じ形をした物を、ほんのちょっとの手間だけで自由に弄り回せるのだ。お気に召さない時は容赦なくもとに戻されてしまうが、それでもアーデンが作業をしている間は大人しくしていてくれる。 
 煮るも焼くもアーデンの意のまま。アーデンだけを頼り、アーデンだけを慕い、アーデンの為に応えてくれるこの猫を可愛いと思わないわけが無い。たまにご機嫌斜めになってこっちを見てくれない事だって無いわけでは無いが、そんなものは拗ねているだけにしか見えず、結局可愛いだけだ。 
 そんなアーデンの思考などお構いなしに猫はもっと撫でろと言わんばかりにぐいぐいと頭を押し付けてくる。 
「焦らなくてもちゃんと構ってあげるよ。ほら、おいで」 
 そう言って両手を広げてやれば躊躇い無く膝の上に乗りあがる猫の体温はひやりと冷たい。体温が無いわけでは無いのだから、せめて服を着てくれたら此処まで冷える事はないだろうにどうしてかこの猫は服を嫌う。以前の「彼」と同じようなデザインの物から気心地が良く楽な物など多種多様な服を与えてはみたが、着せられる時は大人しくしている癖にすぐに脱ぎ捨ててしまう。 
 その代わりにとでも言うべきか、「彼」の時は考えられない程にすぐアーデンにくっつきたがる。アーデンとて人のような温度は有していないというのに素肌同士をぺたりとくっつけて抱き締められる事を好む。今もアーデンの膝の上で力任せに服を剥がそうと引っ張られて息が詰まりそうだ。 
「ちょっと、丁寧に扱ってよ。一張羅なんだかさぁ……」 
 知性を失った指先は「彼」程に器用は動かない。留め金もボタンも、猫にとっては力で引き千切れるものでしかない。今にも服を破きそうな程に力の入った指先をそっと握ってやれば喉の奥で不服そうな唸り声が上がった。それでも大人しく布から手を放し、じっと金の瞳が伺うようにアーデンを見る。 
「ほら、オネダリしたい時はどうすればいいんだっけ?」 
 冷え切った指先を温めるように包み込んだまま問いかければ、少しだけ考えた後にぺろりと乾いた唇を舐める姿。恐らくは、普段言葉を発する機会が無い為に硬くなりがちな舌の準備運動のようなものなのだとは思う。だが真っ白な猫のそこだけ赤く色づいた舌が無造作に唇を湿らせる姿は酷く扇情的だ。 
 お上品さを崩さなかった「彼」の姿を模しているから尚更。「ぅ、あ、あー、でん」 
「うん」 
「あーで、あーでん、す、き」 
 余り使われずにがさついた低音がたどたどしく音を紡ぐ。 
 アーデンよりもよっぽど体格に恵まれた身体が。 
 顔を合わせれば嫌悪、疑心、拒絶しか向けてこなかった「彼」と同じ形をしたものが。 
 言葉の意味も分からぬまま、ただアーデンに求められるままに発する舌っ足らずな言葉はなんとも言えない背徳感で背筋がぞくぞくする。 
「そっかぁ、俺の事、好きなの?」 
「あー、でん、す、すき、あーでん」 
「よくできました」 
 縺れそうになる舌を必死に動かして紡ぐ言葉は「彼」であれば死んでも口にしない言葉であっただろうに、目の前の猫はただアーデンにご褒美をもらいたいが為だけに必死だ。応えるようにショールを外し襟を寛げて行けば待ちきれないとばかりにぐりぐりと頭が首筋に懐いてくる。 
「こら、ちょっとは待ってってば。脱ぎ辛いでしょ」 
 さらさらと肌をくすぐる毛先がくすぐったい。懐くだけでは足りなくなったのか首筋に舌が、歯が、唇が押し付けられて唾液に濡れた場所がひやりとした。それからむき出しになった腹へと無遠慮に押し付けられる熱。隠すものを纏わない猫の昂りが恥じらいも無く二人の間で形を成して揺れている。 
「オネダリしただけでこんなになっちゃうの?ヤらしいよねぇ」
 卑猥な野次だって今の猫には意味を持たない。簡単な言葉なら理解はしているようだが応えてくれる事は稀であるし、そもそも言葉で意思の疎通を図ろうという意欲が感じられない。猫が必死に繰り返すあーでん、すき、の二つの言葉だってベッドの上で快感を餌に根気よく教え続けてやっと言えるようになった。この二つの言葉を言えば気持ちよくしてもらえる、たったそれだけの理由で口にしているに過ぎない。 
「ほら、ベッドに行こうか。早く欲しいんでしょ?」 
 上は前を寛げ終えて後は脱ぎ落すだけだが猫が邪魔でそうもいかない。だが猫はと言えば無理やり服を押し開いてぺったりと胸をくっつけるようにしがみついてくるばかりで離れる気配が無い。それどころか早くもアーデンの腹に昂りを擦り付けるように腰を揺すり始める始末。 
「そろそろ待ても覚えてもらわないとなぁ……さすがに此処じゃ足が痛くなっちゃうよ」 
 そう言葉にしつつもアーデンは唇が緩んでしまうのを止められない。発情による体温上昇でようやく熱を帯び始めた身体をしっかりと抱き抱えると、よ、と勢いをつけて立ち上がる。甘やかし過ぎている自覚はあるがこんなにも無条件にアーデンを求める「彼」の姿にあまり厳しい躾をするのも可哀想だとつい思ってしまうのだ。「彼」が相手ならば腹の底の淀みを投げつけるようにぶつけていた欲も、猫ならばふわふわの柔らかな物で包み込んでドロドロに甘やかして溶かしてしまいたくなる。  片手で服を脱ぎ落としながら壊れ物のようにそっと大事にベッドの上へと猫を下ろす。筋力は無い方だが「力」があれば成人男性程度の重さは苦でも無い。 
「さあて、今日はどんな風に可愛がられたいのかな?」 
 中でイく事は覚えたし、他の場所だって触れれば可愛い鳴き声をあげられるくらい随分と快感を得られるようになってきた。
 そろそろしゃぶってもらおうかなあと計画を立てながら、真っ白な猫の手に引き寄せられて唇を重ねた。 







・宰相の力と帝国の技術力を掛け合わせたら消滅する寸前のシガイを回収して再構築くらい出来るんじゃないかな、と。
・人の部分は回収出来なかったから中身は全てシガイ、でも義手とか生前取っていた生体サンプル等を核にしてもにゃもにゃごにゃごにゃしたら見た目そっくり、知性はシガイ並な物が出来上がるんじゃないかなって妄想

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非番

茹だるような真夏日は当に過ぎ、急速に冷えて行く外の空気は秋を通り過ぎてそろそろ冬といっても過言じゃないんだろうか。
障子越しの朝の明るい日差しに覚醒を余儀なくされた銀時は、だが目覚めると同時に知覚したひやりとした空気の冷たさに益々布団の中へと潜り込んだ。
夏には親の仇の如く疎ましかった布団も今では恋人よりも離れ難く、いつまでも絡まりあって居たい。
二人分の体温が染み込んだ布団の心地良さに再びうとうととまどろみながらすぐ傍の体温を片腕で引き寄せれば低く、猫の唸り声のような声を出して、それからゆっくりと瞼が持ち上がる。
抵抗無く腕の中に収まった身体の胸元へと頬を摺り寄せるようにしながら焦点のずれた茫洋とした瞳が緩やかに周囲を彷徨った後、こちらへと降りて来る様を見詰めた。
「…何してんだ、オメェ」
寝起きで…いやそれ以外の要因もあるのかもしれないけれど低く掠れた声が心底馬鹿にしたような刺々しさを滲ませて突き刺さる。
だが穏やかな睡眠から解き放たれたばかりの瞳はいつもの剣呑さを潜ませ、逆に笑みすら浮かんでいるように見えるのは、ただこの温もりが気持ちいいから錯覚しているだけなのか。
「いや、暖けぇなぁー、って。」
滲む心地良さを隠さず唇に浮かべて見せれば、はっ、と鼻で笑う音が頭上で聞こえたが聞かぬ振りをして胸元へと鼻先を埋める。
額を押し付け足を挟みこむように絡ませ全身余す事無く張り付いて強く、抱き締めれば擽ったそうに一度震えた肩と、寝癖だらけの頭に乗せられた掌。
「邪魔くせぇ」
なんて言いながらも頭に乗せられた掌は優しく髪の間へと差し込まれた指先で頭皮を撫でて行く。
いつも取り巻く世界の全てが敵かと思うくらいに神経を張り詰めさせて自分を、否、新撰組を護る男の掌とは思えぬくらに優しい手付きで撫でられるのは身体的な心地良さよりも頭のてっぺんから足の爪先まで暖かくなるような充足感に包まれる。
再び込み上げる睡魔にこの暖かさに満ちた時間を取られるのは余りにも勿体無くて銀時は目の前の薄く筋肉の形に盛り上がった胸板へと歯を立てながら抱き締めた腕を下ろして尻の狭間を探る。
ぴくりと、強張った筋肉の震えを感じながらつい数時間前まで散々に貪った肉の奥へと指を差し込めば思いのほかすんなりと付け根まで飲み込まれ、きゅ、と柔かく締め付けられる。
と、同時に頭皮に感じた痛み。
「おい、何朝っぱらから盛ってんだよ」
握った髪を強引に引っ張って上げさせられた視線の先には眉を潜めて睨み下ろす眼差し。
それにはただ温まった心地が滲む笑み隠さず見せつけるだけで粘着質な液体に満ちた肉の合間を指先で探りながら身体を上へとずらして口角を釣り上げた唇へと吸い付くだけのキスを送りつける。
「すげー、暖かくて気持ちいいからさぁー、何かしてねーと寝そう」
素直に心の内を打ち明ければ一瞬だけ、驚いたように眉を跳ねさせまじまじと銀時を見下ろした瞳はだが同時に強く内側から捏ねる指先に歪んだ。
奥底に残る燻火を強引に呼び起こそうとする指先は遠慮無しに体内から熱を煽り立て、阻止するように強くなる締め付けを掻き分け、ただ執拗に生々しい肉を探る。
「は、寝たけりゃ寝ればいいじゃねぇか」
僅かに上擦った吐息を一息で逃して紡がれる反論に拒絶は一切無く、許容すら滲ませて銀時を調子付かせる。
昨日吐き出した自分の遺伝子を肉壷の中で掻き混ぜ、擦りつけて形だけの拒絶を溶かして行く。
「折角、こんなきもちいーんだから、もっと気持ち良くなりてーじゃん」
差し込む指を増やして強く擦り上げれば声にも満たない吐息が熱を孕んで零れ落ちる。
寝起きの眼差しに情欲を滲ませ溜息一つ落とした土方はわざとらしい溜息混じりに、仕方ネェな、と言って双眸を細めるだけの笑顔を見せて銀時の唇へと自ら唇を重ねた。


********************************



まどろみと温もりを分かち合うような睦みあいはゆっくりと昼近くまで及び、激しくは無くとも指先まで満たされた熱に浸りながら未だ銀時と土方は布団の中にいた。
吐き出したばかりの劣情を噛み締めるように背後から抱き締めた土方の首筋へと顔を埋めて余韻に浸る肌を擽った。
ん、と喉を鳴らしながら、萎えてまだ中に収められた熱の残滓を締め付けられ心地良い刺激が下肢に広がる。
「何、まだ足んねぇの?」
耳の孔へと舌を差し込みながら揶揄するように囁いてやれば反論する間も無くひくひくと肌を震わせ締め付けが強くなった。
土方はどうにも耳が弱いらしい。
そのままわざと水音を立てて孔の中まで舐り耳朶を甘く噛み締め歯形を残してやれば、ぁ、なんて濡れた声を零す。
びくびくとその度に跳ねる身体は全身で足り無いと喚くように銀時を締め付け熱を煽ろうとする。
「でも駄目、銀さんおなかすいた。」
不意に、そうして身体を離して起き上がれば無理矢理に引き抜いた肉が心地良かったのか再び小さく細い声が上がった。
「――…ッぁ…、は、……お前な…」
煽っといて、と。恨めしげにぼやくような声は聞かぬ振りで起き上がる。
銀時とて本当ならこのままぐずぐずに溶けるまで絡み合っていたいのだが今日こそはと決めてきた目的があるのだ。なりふり構っていられない。
温もりに包まれていた身体が外気に晒されてぶるりと震えるのを適当に落ちていた着流しを羽織り、勝手知ったる人の家の台所へと向かえば、背後で土方が仕方なく身を起こす衣擦れが聞こえた。


非番が取れた、と聞いたのが一週間前。
しかも、いつもならば非番とは名ばかりで結局屯所に篭っていたりする土方が、今回は何の仕事も無く丸一日身体が空くと聞いたのが三日前。
普段は夜のほんの一時を共に過ごすか、精々半日一緒に居られればいい方だ。
それだって、週に一度会えればいい方、時には一ヶ月も二ヶ月も会えない事だってある。
神楽と新八を巧く説得し、丸め込み、時には賄賂を渡してなんとか非番の前日から新八の家へと神楽を泊まらせて漸く訪れた非番。
前日から土方の私宅へと転がり込んで散々身体を貪ったとはいえ日頃溜まった鬱憤はこれしきで晴らせる物でも無い。
二人でただのんびりと共に過ごすのも外へと出かけるのだって嫌いでは無い。むしろ大好きと言えるのだが折角これだけ長い時間があるのならば、本能の赴くままに心の求めるままに精魂尽き果てるまで土方を貪ってみたいという欲求が疼く。


「気持ち悪ィ顔してにやけてんじゃねぇよ」
さてこれからどう料理してやろうと妄想を駆け巡らせていた銀時は突き刺さるような視線に貫かれて我に返った。
目の前では簡単な朝食、時間的には昼食を食べ終えて煙草片手に一服つくこれ以上無い程に上等な食材。
すっかり眠気も取れた眼差しには普段通りの鋭さが戻り、不快、と言わんばかりのオーラを白煙と共に撒き散らしている。
「いやぁ、いーよネ、こういうのんびりした日ってのも」
誤魔化すように更ににへらと表情を崩して見せれば一瞬本当に汚物でも見るような顔になった後、視線を反らして表情を緩ませる。
「まぁ、こんだけ暇になるのも珍しいしな…」
窓の外からは午後の穏やかな日差しが差し込み朝は冷えていた空気も仄かに暖かい。
お互い着流しをだらしなく羽織っただけのような格好で居てももう寒さ等は感じ無い。
「折角こんだけ暇なんだしさ、今日はとことんまでアイしあってみねぇ?」
ず、と食後の茶を啜りながら銀時が夕飯の献立を提案するような気軽さで口にしてみる。
目の前で土方が普段から見開き気味の双眸を益々見開いて銀時を見た後、は、と浅く鼻で笑った。
「さっきまで散々ヤったろーが。お前は覚えたてのガキかよ」
いかにも馬鹿にしたような拒絶は想定の内。
短くなった煙草を灰皿へと押し付け、煙を消したその手で新しい煙草を取り出して口に挟む寸前、銀時の腕が伸びてその手首を捉える。
「あんなんじゃ全然足んねーよ。足りる訳ねーだろ。」
テーブルへと手をついて身を乗り出して顔を寄せ、唇が触れるぎりぎりにまで迫って間近で視線を重ねる。
「お前、普段どんだけ会えねーと思ってんだよ。たまには腹一杯まで食わせろ」
渦巻く妄想を心の奥底へと押し込めて真面目な顔を取繕い。
不純でも何でも言葉に嘘は無い。
愛だ恋だという言葉は似合わない、もっと本能の部分で求める欲を剥き出しにして本気の懇願。
量るように眇められた双眸を一心に見詰めて待つ間はほんの一時。
はぁ、と。重たく零れ落ちた土方の溜息に銀時は自分の勝利を確信した。


土方は人を寄せ付けぬ剣呑な外見とは裏腹に快楽には酷く奔放だ。
男女問わず、気持ち良ければ何でもいいと平気で口にするし、実際に表沙汰にはならないだけで夜の住人達の間ではその手の噂は数知れずあるらしい。
だがプライドだけは高く、主導権を全て明渡す事を良しとせず、身も蓋も無く乱れるという事は殆ど無い。
見せ付けられるような痴態はあくまで土方が「見せても構わない」と理性で判断された部分でしか無く、逆に土方が許す限りどんな痴態でも曝け出される。
「男ならやっぱり、コイビトをとことんまで乱れさせてぇよなぁ…」
再び布団へと戻り、押し倒した土方の男らしく整った顔を見詰めて銀時は一人零す。
「ぁあ?」
「いや、独り言。」
不審そうに潜められた眉間へと触れるだけの口付けを落として銀時は唇の端を釣り上げた。


まだ昼を過ぎたばかり、時間はたっぷりあるし許可もちゃんと取った。
後は料理人の腕次第で完成が決まる。

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優しい指先

昨日までは綺麗な真っ青なキャンパスに巨大なソフトクリームにもがどんと居座っていた空は一夜にして灰色一色に埋め尽くされた。
まだ日も昇りきらぬうちに振り出した雨は、夜明け前に漸く布団に潜り込む事が出来た土方を休ませるがよっぽど嫌いなのかすぐに激しく地面を叩くようになった。
無造作ばら撒かれる雨音の激しさはたった一枚ばかりの薄い戸くらいでは眠りの浅い土方の安らぎを護る事が出来ず、ほんの少しの間だけ意識を漂わせるのみで土方の意識は覚醒を余技無くされた。
まともに休めず、されど昨日だけの物では無い蓄積された疲労は空から圧し掛かる鈍い色の雲のように土方を上から潰そうとしているようで、泥のように重い身体は中々思うように動かす事が出来ない。
だからと言って雨は眠る事を許してくれず、仕方なく土方は布団から這うようにして灰皿を取るとだらしなく寝そべったまま煙草に火をつけた。
美味くも無い有害な煙を肺へと取り込む作業を数度繰り返し、煙草が短くなれば新しい煙草へと火をつけ。
そんな事を三回程繰り返した辺りで漸く、土方は布団から身を起こした。
外から頭蓋骨を潰そうとするような頭痛は有るが少なくとも身体の方は気合でどうにかなりそうだ。
布団への未練を断ち切れない脳味噌を無視して重い身体を引き摺るように立ち上がるといつもの黒の着流しへと着替え、傘を手に愛刀一本腰に差して土方は屯序を出た。
眠る事は出来なくても、せめて、息抜きくらいはしたい。


からり、ころり、雨音に負け無い下駄の音が人の気配の無いかぶき町に静かに沈んで行く。
傘を差していても足元に跳ねる水雫は遠慮無しに着流しの裾を重く冷たく冷やして土方の体温すらも奪うようだったが、それが逆に気持ち良かった。
もしかしたら疲労で熱っぽいのかもしれない。
何処かでそう冷静に判断しているのに土方に屯序に帰るという選択肢が思い浮かばなかった。
屯序に帰った所でそろそろ隊員達も起き出して来る時間だ。
そうすればもう自分は寝不足も疲労も全て己の中に隠し伏せて鬼の副長の顔にならなければならない。
辛い、とは最早思わない。
だが全てを飲み込むにはもう少し、ほんの少しだけ自分だけの時間が足り無い。
仕事に忙殺され、寝る時と厠以外で一人きりになれる時間など皆無に等しい今、何よりも磨耗しているのは身体よりも精神だ。
一つずつ地道にテロ組織を潰して行く達成感と充実感は並大抵の物では無いが、それとは別に磨り減って行く物は真撰組では補えない。
補うつもりも無い。真撰組は組織であって馴れ合いの集団では無いのだから。
まるで町を独り占めしたかのように雨音だけが支配するかぶき町を、ただぼんやりと足が進むままに任せて歩き慣れた道を辿る。
歩いているうちに身の裡へと篭るような熱を着流しに染み込んだ雨が冷やして行く。
足を上げる度に跳ね上がる水雫に濡れた裾は色の濃い部分を徐々に広げて最早下半身一帯濡れているようなものだ。
傘を握る手の指先の感覚は既に無く、冷え行く身体に比例するように思考も次第に冴え渡っていくようだった。


「多串君…?」
不意に、それは余りにも突然だった。
まるで今まで人の気配を感じ無かった雨の中、ともすれば雨音に負けそうな声に振り返ると暗い中に浮かび上がる白い姿。
思わず舌打ちが零れてしまうのは条件反射だ、もう仕方無い。
だがそれが何に対しての舌打ちなのかまでは土方には判らないし、敢えて知るつもりも無い。
こちらを誤解に寄る勝手な呼称で呼びつけた男は正体を見極めるように怪訝そうにしていた顔に一瞬、喜色を滲ませるもすぐに驚愕の表情へと変わり雨雫を蹴りつけるようにして土方の下へと駆け寄った。
無造作に腕を掴まれる事を許してしまったのは決して許容でも油断でも無い。
いつも死んだ魚の目をしている男の気迫に押し負けて身体が硬直したのだ。鬼の副長とも呼ばれる土方が。


「ちょ…ッえ、何、何でこんな冷え切ってんの!?」
触れた途端に騒ぎ立てる男に漸く、苛立ちが遅れて沸いて来る。
「五月蝿ェな、テメェにゃ関係無ェだろ」
無造作に振り払おうとした手はだが力強く掴まれたまま剥がれないで、抗うように力の篭められた指先からじわり、と体温が染み込んで来た。
冷え切って感覚すら失いかけている肌に、濡れた布越しに伝わる温もり。
馴染みすら覚えるそれが、掴まれた腕のたった少しの面積から広がり足の爪先まで波紋のように広がるのに土方は陶酔にも似た眩暈を覚えた。
「関係無くはねーだろ、そんな顔でふらついてんのを無視出来る程俺ァまだ人間辞めてねーぞ」
「俺の顔にケチつける権利なんざ白髪テンパにはねーよ」
「テメェこそテンパにケチ付けんじゃねぇええええええ!!」
一気に臨戦体勢へとなりかけた空気は、だが突然男が掴んだ腕を引っ張った事に脆くも崩れ落ちた。
反論に口を開きかけた土方が足を踏み締める間も無く倒れ込むように辿り付いたのは暖かな温もり。
互いの傘が当たったのか勢い良く後ろへと跳ね返る傘が掌を滑り落ちて地面へと転がって行くのを視界端に捕らえながら土方は銀時の腕の中へと抱き込まれて居た。
銀時の持つ傘の下、雨の中に残る太陽の残り香が鼻先を掠める。
全身に、まるで土に染み込む雨のようにじわりと温もりが広がって行く。
微温湯を漂うような静かな温もりが冷たく強張って居た身体から一気に力を削げ落としてしまうようだ。
一度安らぎを覚えた脳は先程無理矢理布団から引き剥がしたのを恨んでいるのか禄に働いてくれず、ただ凭れるように体重を預けてしまっても銀時は何も言わずにただ強く、抱き締めた。
温もりに、全身が包み込まれる。
「……何で、こんな所居んの。」
低く、肩口に顔を埋めて囁く音色は普段の無気力とは違う、重さがあった。
「……此処に居ちゃ悪ィか。」
何故だか緩んでしまった唇が笑う吐息を混ぜて答える。
ぴくりと、一瞬肩を揺らした銀時は顔を上げるとゆっくりと口角を釣り上げた。
「悪かねぇ、一生居ろよ」


一生は無理だ、と斬り捨てながらゆっくりと意識が霞んで行く。
何処か、とても心地良い場所へと飛び立つ浮遊感に包まれて滑り落ちて行く意識を繋ぎとめていられない。
警戒も緊張も全てを根こそぎ掻っ攫われて土方の中身の奥深くの部分だけがすっぽりと銀時の温もりに抱き締められているようだ。
次第に弛緩して行く身体を確りと受け止めた銀時男から、お休み、と耳にこびり付くような甘い低音を囁かれたのを最後に土方の記憶は途切れた。

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