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イヴとディーン

 かつてニフルハイムという国があった。魔導エネルギーを主体にした軍事力で、十年程前には世界を手中に収める程の力を持ちながらも一夜にして滅びた国。原因は研究の為に集められたシガイが逃げ出したからだとも、なんらかの事故により魔導兵が暴走をして制御出来なくなったからだとも言われているが未だに真相は明らかになっていない。ある日突然、シガイと暴走した魔導兵達が帝都グラレアを襲い、そこで暮らす人々は逃げる間も無く無惨な姿になっていったのだと言う。生き延びた人々は早々に帝都から逃れる事が出来たほんの一握りだけで、軍の指示通りに外出禁止令に従って国内に残った者とは音信不通となったまま十年以上の月日が経った。 
 そんな巨大な廃墟となった帝都グラレアだが、各地に残る魔導エネルギーを利用したニフルハイム独自の研究の数々を失ってしまうのはもったいないと、現在ハンターや有識者による発掘、調査が行われている。未だに残る暴走した魔導兵たちを処理しながらの命懸けの現場で、私は二人のハンターに出会った。【廃墟となったグラレアの写真】 
【動かなくなった魔導兵が積み上げられた山の写真】 
【魔導兵の腕らしき部品の隙間から生えた若葉の写真】 
 鍛え上げられた身体と洗練された身のこなしで、明らかに戦う事を生業としてきたような「イヴ」と、身の丈こそイヴと同じくらい恵まれているもののもっぱら発掘されたニフルハイムの研究や機器の調査、活用法の研究がメインだと言う「ディーン」。顔を出さない事を条件に取材に応じてくれた。 
【長身の男性二人の後ろ姿の写真。帽子まで被っているため容姿は想像つかない】 
お二人は何故この現場に? 

イヴ:二人ともかつて帝国に属していたことがあるので出来ることはたくさんある。私はともかく、ディーンは研究の方にも通じていたようだから役に立つだろうと連れてきた。本人は来るのを大分嫌がっていたがな(笑) 
ディーン:俺、夜明け前の記憶無いから。名前もイヴにつけてもらったくらいだから 
イヴ:でもニフルハイムの技術や研究の事はわかるのだろう? 
ディーン:そうだけどぉ…… 

記憶が無いんですか? 

ディーン:そうなんだけど、別にたいした事じゃないから気にしないで。困ってないし。そこ掘り下げないでいいから先に進めて 
イヴ:……本人がこう言ってる通りたいした事では無いから気にしないでくれ 

それでは話を戻して。具体的にこちらでは何を? 

イヴ:私は主に現存する魔導兵の排除や調査チームが入るためのルートの確保、機材の運搬や……たまに調査の補助に入る 
ディーン:俺もイヴと似たような内容と、後は色々マッピングとか……データの整理とか…… 
イヴ:ディーンは昔、帝国内でそこそこ良い地位に居たので、認証が無いと開かないような扉の解除方法を知っていたりするんだ。これが一番役に立っている 
ディーン:記憶は無いんだけどね?手が覚えてただけだけどね? 
イヴ:誉めてるんだから焦る事は無いだろう(笑) 

やりがいを感じるのはどんな時でしょうか? 

イヴ:現状、生きている兵器や機器はそれ自身に残っている魔導エネルギーで辛うじて稼働している状況なんだが、魔導エネルギーを新しく生み出す事はもう出来ない。バッテリーも幾つか発掘されては居るがそう長くは持たないだろう。なんとか稼働出来ているうちに解析し、電力での運用に切り替えられるか試行錯誤するのが主な作業なんだが……ついこの間、電力消費が大きすぎてまだ実用的ではないが、魔導アーマーの電力による稼働に成功した。人力では不可能な力仕事……瓦礫の撤去や大型機器の運搬等に流用出来るのではないかと期待されている。かつては兵器だった物が、こうして平和的に人の役に立つ物に生まれ変わる現場に立ち会うと……やっていてよかったと思う 
ディーン:イヴと同じかな。昔は人の命を奪うだけだった物が、人の命を救う物に変わるのを見るのは……うん、いいよね 
イヴ:ディーンの貢献によるところも多いのだからもう少し胸を張って生きて欲しいんだが 
ディーン:出来る訳ないのわかってるでしょ 
イヴ:(笑)実際、この現場にはディーン以上に魔導エネルギーやニフルハイムの技術に精通している人間は少ない。かつてこれらを研究、開発した技術者達は殆どが消息不明か死亡が確認されている。もしも少しでも知識がある人が居るなら是非ともチームに参加して欲しい。技術者が居ればそれだけ進みも早くなる 
【テントの中、大型の機械を取り囲む男性たちの姿】 
【まだ稼働しているらしき機械の操作パネル】 
お二人は仲が良いですね、どんな出会いをされたのでしょう? 

イヴ:……もう二十年くらい前か? 
ディーン:覚えて無いってば 
イヴ:出会いは最悪だな。いつか殺してやるとずっと思っていたくらいだ。だが記憶を無くしてぽつんと立ってるコレを見たらまあ……なんだろうな。情が湧いたと言うか 
ディーン:殺してくれても良いんだよ 
イヴ:今さら殺すくらいならそもそもお前なんぞ拾わん 
ディーン:ほっといてくれたら良かったのに 
イヴ:驚くくらい面倒臭いだろ、この男。こんなのに昔あれだけ腸煮えくり返るような思いさせられたかと思うと逆に腹立たしくなってしまってなんとしてでも生かしてやると思えて来る。あの時の恨みを生きて償えと(笑) 

 穏やかに笑うイヴと拗ねたようにそっぽを向いてしまってディーン。見た目ではディーンの方が歳上のように見えるが主導権は完全にイヴにあるようだった。会話の内容は物騒な物だったが二人の様子を見るにこれがいつものやり取りなのだろう、気心知れた気安さがある。 

お二人の夢は何ですか? 

イヴ:目先の事で手一杯であまり考えた事も無かったが……そうだな、ひとまずディーンの人見知りが直って一人で生きられるようになることだな 
ディーン:余計なお世話だよ 
イヴ:すぐに俺の背中に隠れる癖に何を言っているんだ。せめて一人で食事を取れるようになってくれ 
ディーン:多少食べないくらいで死なないんだから良いでしょ 
イヴ:それで、お前の夢は? 
ディーン:……考えた事無かったなあ……イヴに無理矢理連れ回されてはいるけれど、やりたいことも無いし…… 
イヴ:なら俺の夢はディーンが人見知りを直して一人で生きられるようになって夢を見つけて追いかけられるように、に直そう 
ディーン:やめてよ恥ずかしい 

 世界に光は戻ったが、夜に閉ざされた時間に負った心の傷は未だなお人々の間に根深く残っている。光差す希望を胸に新たな世界へと足を踏み入れる人が居るのと同時に、生活を立て直すだけで手一杯で周りが見えなくなる人もいる。何処か吹っ切れたように明るく前向きなイヴと、後ろ向きで皮肉屋なディーン。正反対のように見えて、共に歩く事が出来るのは二人とも前を見ようとしているからだろう。言葉にはしない物の、二人の話の影には「人々の幸せの為に」という想いが見えた。他人の幸せまで考えられ無いという人もまだ居るだろう。そんな人たちに少しでも二人の想いが届く事を願う。 



「こんなもんかな……お二人ともご協力ありがとうございました!」 
 メモを取っていたノートを閉じてからボイスレコーダーのスイッチを切る。失われつつある帝国の技術を残すべく活動するハンターの一団が居ると聞いてやって来た帝都グラレアで二人に再会したのは本当に偶然だった。世界が光を取り戻したあの日、星の病を追いかけて昏睡状態だったノクトが目を覚ました傍らでアーデンもまた目を覚ました。倒した筈の敵がまだ生きていたのかと皆が殺気立つ中、一人アーデンに近付きただ静かに地面に蹲る背中に触れたのはレイヴスだった。皆が固唾を飲んで見守っていると、しばらく何かを探るように背中を撫でたレイヴスは「これはただの人だ」と笑った。曰く、星の病の気配は欠片も無い、ただ王家と同じ血が流れるただの普通の人間だと。 
 その後の詳しい経緯をプロンプトは知らない。人であったとしても世界にこれだけの被害を与えた男を生かしておいて良いものか、だが死なずに生き残った事には何か意味があるのかもしれない、もし生かすとしてもただ野放しにするのは危険すぎる、それならただ生かす為だけに幽閉でもするのか。 
 王の友人であるだけの一般人である身では見ている事しか出来なかった。過去の経験から近付きたいとも思わなかった。ただ、遠くから見たアーデンは、……アーデンだった者はかつての姿が嘘のように静かで、疲れ果てた老人のようだったのを覚えている。罪の意識があるのか、それとも本当に長すぎる生に疲弊しきっていたのか、暴れる事も無く言われるがままに牢代わりの部屋の窓からぼんやりと外を眺めている姿は、確かに世界を滅ぼすような強大な悪などではなく、その辺に居るごく普通の人間のようだった。 
 気付いた時にはレイヴスと連れ立ってアーデンはルシスを去り、誰もその後を追いかけなかったと言うことは何かしらの話し合いの結果が出たのだろう。それ以来誰も二人の事を口にすることも無くなり、まるで無かった事のようになっていた。 
 思わぬ再会にほとんど押し切るようにして勢いで取材をしてしまったせいか、達成感と共に軽い疲労を感じていた。乾いた喉を潤すべくレイヴスの入れてくれたハーブティに口をつければすっかりと冷めてしまっていて勿体ない事をしたと思う。 
「……でも本当にノクトに言っちゃ駄目なの?たぶん、二人のこと心配してるよ?」 
「私達の事を他に漏らさないという条件で取材に応じてやったんだ。今さら反故にするとは言わせんぞ」 
「約束は守るけどさぁ……」 
「その本が発行されてノクティスの手元に届けば生きている事は伝わるだろう、それで十分の筈だ」 
 二人が何故、頑なにノクトへの連絡を拒むのかはわからないが、「黙っている代わりに取材させて!」と反射的に頼み込む事が出来たのは我ながらよくやったと思う。そうでもなければきっと念入りに口止めされるだけに留まり、二人の生存をノクトに伝える事等出来なかっただろう。アーデンはともかくレイヴスまで名前を変えて身を隠していたこと、取材中も今も、アーデンはほとんど目を合わせてくれることなく居心地悪そうにしていること、そんなアーデンをからかうかのようにレイヴスは正体がバレかねない際どい答えを返してくれたこと。まるで反抗期の息子とその母親のようだと言ったら怒るだろうか。だがそれくらい、二人の関係は悪くないものなのだろうと言うことが見て取れた。 
「終わったならもう俺はいいでしょ。まだ作業が残ってるんだ」  反抗期の息子……今はディーンと名乗るアーデンが立ち上がり逃げるように踵を返す。聞きたい事はたくさんあったがまだ巧く言葉に出来る自信も無くてただありがとうございました!と背中に向けて叫べばひらひらと応えるように左手がひらひらと振られていた。 
「レイ……イヴはまだ時間あるの?」 
「私もディーンも、今日中に為すべき事は終わっている」 
「え、それじゃあ……」 
「逃げられたな」 
 そう言って笑うレイヴスも、敵対していた頃から夜明けを迎えるまでの間に随分と険が抜けて丸くなったものだと思っていたが、更におおらかな雰囲気を纏うようになったと思う。最後の神凪という重圧から解放された今の姿が本来の彼の姿なのだろうか。アーデンに気を使いながらも時にからかい、慌てふためく姿を容赦無く笑い飛ばす姿は想像すらしたことがなかった。 「まあ、アレでも耐えた方だと思う。少し前までだったら君を見ただけでも一目散に逃げていただろうな」 
「それはやっぱり、合わせる顔が無い、とかそういうやつ?」「そうだろうな。詳しく聞いた事は無いが……」 
「本当に普通の人、なんだね」 
「しでかした罪は消えないがな」 
 そう言って穏やかに笑う姿は本当に父のような母のような、慈しむ人の顔だった。だが彼は、アーデンによって国を焼かれ、母と妹を殺された筈だ。プロンプトとてアーデンには苦い思いばかりさせられてきたがレイヴスはその比では無い仕打ちを受けている。それでも笑って隣に立ち続けるのはどういう心境なのだろうか。 
「その、……憎く無いの?アーデンの事」 
 一番聞きたかった物の、ずっと躊躇っていた問いは酷く小さな声になってしまった。それでも正確に聞き取ったレイヴスは憎いに決まっているだろうと笑った。 
「憎いという言葉では収まらないくらいには憎んでいるさ」 
「でも、……」 
「アレを殺した所で気が晴れるような生半可な恨みでも無いし、亡くなった人達が生き返る訳でも無い。それなら生かして罪を償わせるしかないだろう」 
 言葉の物騒さに比べて終始穏やかな笑みを浮かべているレイヴスに違和感しかない。プロンプトとてもう大人だ、憎しみや恨みを抱えながらも表面上は取り繕う事は出来る。アーデンの事だってノクトを始めとした国の代表者達が決めた事だからと見て見ぬ振りをしているだけで、何かの切欠があれば文句のひとつでも言ってやりたいと思うことはある。 
 だがレイヴスは。憎んでいると言いながらもその瞳の色は優しさに満ち溢れている。手はかかっても愛しいと言わんばかりにアーデンを語る。 
「アーデンのこと、好きなの?」 
 思わずこぼれた問いはあまりにも幼稚な言葉になってしまってプロンプトは慌てた。 
「いや、その、そういう意味じゃなくて、えっと、」 
「愛しているぞ、そういう意味で」 
 必死に弁解しようとする言葉を遮り返ってきたのはあまりにも直球過ぎる言葉だった。一瞬理解が出来ずにあんぐりと口をあけて呆けてしまったプロンプトの前でレイヴスはにんまりと人の悪い顔で笑う。 
「一度殺したくらいでは足りないくらいに憎い。だがそれと同時になんとしてでも幸せにしてやりたいと思うくらいには愛している。いつか今まで復讐に費やした年月がなんと無駄だったのだろうかと後悔するくらいに幸せにしてやるのが私の復讐だ。君に理解出来ないのはわかっている」 
 そのあまりにも堂々とした態度は言葉よりも説得力があった。どうだこれを止められるとでも思っているのか、やるならやってみせろ捩じ伏せてやると言う圧力を感じる。レイヴスはただ笑っているだけだ。先程までと変わらず、ただ一人の愛する人を守り抜くと言う強い意思を秘めて。 
「……っはー……うん、ほんとはこっそり今日中にでもメールでノクトに二人の事を伝えようと思ってたんだけどさ…」 
「弱い振りして案外強かな所があるよな、君」 
「やっぱり止めとく。なんか、よくわからないけどそうした方が良い気がする」 
「ご理解いただけたようで何よりだ」 
 憎みながら愛するという相反する心を同時に一人の相手に向ける気持ちはプロンプトにはわからない。殺しても晴れない恨みが、相手を幸せにすることで晴らせるという気持ちも。ただ、人の幸せを願うことは決して悪いことでは無い筈だ。あれほどたくさんの人々を苦しめたアーデンが幸せになって良いものなのかわからない。アーデンの幸せを願って良いのかもわからない。けれど。 
「どうぞ末永くお幸せに」 
 そう言ってやればふわりと顔を綻ばせる目の前の人を見てしまったら二人の幸せを願わずにはいられなかった。 

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俳優アーデンとスタイリストレイヴス

 閉じた瞼の上にひやりと濡れた感触が触れる。繊細な目頭への刺激に反射的にぐっと力みそうになる眉間を堪え、意識してゆっくりと力を抜いて行く。  
「良い子だ」  
 至近距離で聞こえる声はベッドの中で聞くような密やかな低音。そのまま目頭から目尻へと濡れた感触が滑って行く。  
「まだ開けるなよ」  
 返事の代わりに両手に抱えた尻を揉んでやればレイヴスの吐息が笑みに揺れた。  
「じっとしていろ。ブレたらやり直しだ」  
「ちゃんと君が書いてる間は大人しくしてるでしょ」  
 抗議するようにむにむにと尻を割り広げて揉めばぺしりと腕を叩かれた。  
「右目がまだだ。良い子にしてろ」  
 言われた通りに両手はただ尻を抱えるだけに戻すと暖かい指先がアーデンの顎を救いあげ、そして頬に触れる大きなパフの感触。  
「っっっ……」  
「本当に、慣れないな」  
 眼にアイライナーの冷えた液体が触れるあの一瞬がどうしても苦手だ。人には動くなと言っておきながらレイヴスが含み笑いに震えているのもわかってはいるが、苦手な物は苦手なのだ。なんとか最初の衝撃をやり過ごすといとも簡単に筆が滑り、そして離れて行く。 
 後に残るのはひんやりとした感触。そこにふぅふぅとレイヴスの吐息が掛かる。  
「しばらくそのまま眼を開けるなよ」  
 そう言って何やらケースを開閉する音や何かのキャップを開ける弾けるような音が聞こえる。手持ち無沙汰を持て余して尻を揉んでも文句が来ないのは良いが、この視界を遮られた状態で放置されるのも辛い。  
「ねえまだ?」  
「一分くらい待てないのか」  
「もう飽きて寝そう」  
「仕方ないな」  
 笑う吐息が顔に触れたかと思えばちゅ、と可愛らしい音を立てて柔らかな感触が唇に触れる。すぐに離れてしまった感触を追いかけて口を開けばすぐにまた濡れた舌先がアーデンの唇をなぞる。  


「そういうの、家でやってくれよおっさん……」  
 ノクティスの悲痛なぼやきはすっかり二人の世界に入ってしまった二人には聞こえていない。  
 確かに二人の関係は知っているしそもそも腕の良いメイクを探していたアーデンに、自分のメイクであるレイヴスを紹介したのはノクティスだ。いちいち道具を畳んでまた広げるのが面倒だと言うレイヴスの要望により普段なら二人きりでいちゃいちゃメイクの時間を楽しんでいるところを邪魔してアーデンの楽屋に待機しているのは悪いと思っている。だがアーデンの膝の上に跨がってメイクを始めた時から嫌な予感はしていたが、此処まで人目を憚らずにいちゃつかれるとは思っていなかった。  
 絶えず響く水音に、当分ノクティスのメイクが始まらないことを察し、深い溜め息を吐きながら眠りの世界に逃げるしかなかった。 

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死人の熱

 ひやりと指先に触れる温度は冷たい。それはレイヴスの体温が高くなっているから余計にそう感じられるのかもしれない。普段から熱を感じさせない冷えた肌はこんな時でも変わらないままだ。薄っすらと汗が滲んでいるのだけが僅かな救いだった。  
「気持ち良いのか?」  
 思わず聞いてしまった事に他意はない。かつて抱いた女の肌は染み出すように熱を孕んでいた。突き入れた泥濘はくつくつと沸騰しているような熱さだった。それがこの男には無い。触れていればレイヴスの熱を吸い取ってようやく温かみを感じるような肌、温度が高い筈の体内は温いとも言える温度であっさりとレイヴスの熱さに負けてしまうような低さ。  
「……気持ち良いよ」  
 ふ、と吐息交じりに笑う男がほら、とレイヴスの右手を腹の下へと誘う。二人の間で揺れるそれは確かに興奮の度合いを示して硬くなっている物のやはり思ったような熱量は感じられ無かった。せめてその硬さを確かめるように掌全体で包み込んで緩く撫で擦るとンん、と耳元で喉を鳴らす音がした。  
「ほら、焦らしてないで早く」  
 冷たい指先が頬を撫でて首裏へと周り、そっと引き寄せられる。こんなにもレイヴスの身体は熱くなっているのに冷えたままの身体をどうしたら温められるのかわからないまま、少しでも奥深くに熱を送り込むように強く腰を掴んで突き上げた。 

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アーデンが居ないと生きられないレイヴスの話

 とろ、とろ  
 ゆっくりと口を満たす液体は重くて甘い。だがそれは美味と称するには刺々しく、飲み下せばどろりと濁った何かが身体の奥底を芯から冷やす。  
「おいしい?」  
 揶揄するような声には応えず、ただアーデンの指先を伝うそれを幼子のように吸う。心は拒絶したいのに飢えた身体は正直で、ゆっくりと伝い落ちてくるだけでは足りずに浅ましく指先を舐めしゃぶってしまう。  
「俺、動けなくなる前においでってちゃんと言ったよねぇ」  
 喉に絡み付く甘さを飲み下す度に広がる漠然とした焦燥感と共にじわじわと体温が戻って行くのを感じる。  
 暖かい。  
 だが心が冷える。  
 それでもレイヴスは、これを飲まなければならない。  
 生き延びる為に。  
「はい、もうおしまい。動く事は出来るようになったでしょ」   アーデンが自らつけた掌の傷から流れ落ちる液体が尽き始めた頃に指先が離れて行く。  
「俺だって痛覚はあるんだよ。残りはあとで、俺の部屋でね」   言われて始めて気付く。先程までは鉛のように重たく身体を起こしていることさえままならなかったのに、まだ気だるくはあるが動けるようになっている。なんとか両の腕に力を込めて床から身を起こすと、飲み込みきれずに顎を濡らした液体を拭い取った指先が唇に押し当てられ、反射的に吸い付いた。  
 甘い。  
「ふふ、髪にもついてる。ちゃんと綺麗にしてからおいで」  
 離れ際に掬い取られてははらりと落ちるレイヴスの白金の髪にまとわりついた黒い液体を視界の端に捕らえながらも目は浅ましくアーデンの背を追う。足りないと、形振り構わず縋りそうになるのをぐ、っと堪える。  
「じゃあ、また夜に」  
 アーデンとてレイヴスの飢えを理解しているだろうに無情にも笑顔で扉の向こうへと消えてしまった。束の間の優しさにも見えた施しは、ただレイヴスに現実を突きつける為の嫌がらせに過ぎない。金属的な冷たさを宿す金色の瞳はいつだってレイヴスが足掻く様を静かに見ている。生かさず、殺さず、いつだって叩き潰せる小さな生き物がもがく様が見たいだけの憐れな生き物。  
 そうして中途半端な施しを受けて取り残されたのは胃の底から広がる悲しみとも怒りとも絶望ともつかない、いてもたっても居られないような不安感と、それでもそれを飲みたいと渇望する飢えた身体だけ。  
 まだ濡れた感触を残す頬を袖口で乱雑に拭えば真っ黒に汚れた。  
 人では無い生き物に流れる何か。  
 今のレイヴスを生かすと同時に「誰か」の感情を絶えず伝えるそれは今のレイヴスの命綱になってしまった。否、化け物を喰らってでも使命を果たすまでは生き延びると腹を決めた。それがアーデンの掌の上であろうと、体よく利用されているだけであろうと、可能性があるのならばそれに全力で挑む。もう迷っている暇など無かった。日に日に人では無い何かに身体が侵食されているのがわかる。そう遠くないうちに、レイヴスはアーデンと同じモノになってしまうのだろう。既に三日と「食事」を絶てばろくに動けない身体になってしまった。以前は一週間開けても大丈夫だったのに。  
左腕を失った時からレイヴスの結末はアーデンに定められてしまった。抗いたくとも動けなければ話にならない。今レイヴスに出来る事は少しでも長く人として命を長らえる事だけだった。  使命を果たすまで、人でいられるだろうか。過る不安から目を背け、アーデンを追うべくレイヴスは立ち上がった。  



 身体が燃えるように熱い。 
 それに比例するように心の奥底が凍えそうな程に冷え切っている。  
「っあ、……っぁ、あ……」  
 ずん、と強く奥を突き上げられて背が撓る。込み上げた物が一気に弾けて目の前が真っ白になる。気持ち良い。アーデンに触れられる肌はじんじんと疼くような熱が生まれて溶けてしまいそうな程に熱いのに、その中に沁み込んだ感情は寂しくて、悲しくて、悔しくて、どうにかなってしまいそうだった。  
「君、いつも泣くよね。そんなに気持ち良い?」  
 動きを止めたアーデンの唇が目尻に触れる。見当違いな慈しみは心地良いがそこから流れ込む感情は辛くなるばかりで溢れる涙が止まらない。こんなにも苦しいのに、身体はアーデンから与えられたもので先程までが嘘のように活力に溢れ満たされてしまう。心と体が乖離し過ぎていて思考が追い付かない。ただ一つわかるのは、それでもまだ足りないと飢えた身体が叫んでいる事だけだった。  
「あー、でん……ッ」  
 助けてくれ、とは言えなかった。そもそもこんな身体になってしまったのはアーデンの所為だ。指輪に焼かれ、人として死にかけた身体を無理矢理生き永らえさせられなければこんな苦しみを味わう事は無かった。言う事を聞かない左腕が、レイヴスの意思に反してアーデンに縋りつく事も無かった。  
「おねだりしてるの?……ずいぶんしおらしくなったじゃない」  
「……っひ、ぅ、……んっ」  
 違う、と否定したくともどろどろに溶けてしまった場所をかき混ぜられると何も考えられなくなる。その先に与えられる物を期待して、まだ人である筈の右腕すらアーデンの背に縋ってしまう。  
「いいよ、素直におねだり出来たご褒美にたくさん食べさせてやる」  
「っはやく、……」  
 早く、余計な事を何も考えられなくなるまで満たして欲しい。余計な情が沸く前に。言葉にならない想いを押し付けるようにアーデンを抱き締める。  
「今日はずいぶんと情熱的だね」  
 そう笑って本格的に動き始めたアーデンに、レイヴスは身を委ねるしか無かった。 

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 綺麗に綺麗に焼け落ちた左腕の、その根元。普段は義腕に隠されたそこは覆うものが無くなってしまえば上腕骨ごと失った肩関節がぼこりと凹んで影を落とす。無理矢理縫い合わされて引き攣れ変色した皮膚から生えるのは無機質な金属。人の腕よりも重い義腕を支え、意のままに操る為に身体の奥深くまで差し込まれた金属は肩甲骨まで延びてレイヴスの皮膚を歪に波打たせていた。腕が焼けた時、ただ普通に治療をするだけであれば此処まで醜い身体にならない筈だったが、レイヴスは戦う力を失わない為に、更なる力を求める為に残っていた上腕骨を削ぎ落してでも義腕を求めた。提案したのはアーデンだ。だがそこまであっさりと受け入れられるとは思わなかった。ルシスが陥落したあの日から胸に確かな決意を秘めたようなあの凪いだ色違いの瞳がアーデンは嫌いだった。  
「これ、痛い?」  
 肩から突き出た金属と皮膚の境目を爪の先でつぅとなぞる。魔導エネルギーに浸食され始めている皮膚は大動脈が近い場所だというのにひんやりと硬い感触をしていた。  
「別に」  
 返る言葉は素っ気ない。だが皮膚の感覚は鈍くなっていたとしても金属部分は義腕とのジョイントの為のパーツであると同時に義腕を生身の時と同じように扱う為に纏められた神経の末端でもある。これが義腕の疑似神経と繋がる事で動かすだけでは無く、触覚に近いものを感じられるようになる。その大事な神経そのものとも言える場所を触られていれば何かしらの感覚を感じているのだろう、ぴくぴくと肩が震えている。  
「止めろ、くすぐったい」  
 耐えきれなくなったのかすいと逃げられ、そのままの流れで義腕が音も無くはめ込まれる。神経が繋がるその一瞬だけ眉根を寄せると硬い左手を数回握ったり開いたりを繰り返して動作を確認、それでお終い。義腕自体は細い金属のパイプと数色に分けられた数多のコード、それから動力となる魔導エネルギーを収めたバッテリーと数枚のチップだけのシンプルな造りだ。だがそれだけではレイヴスの荒々しい動きに耐えきれず、一度は肩甲骨にヒビまで入った為に今では服を着た後、さらに上から防護の為のアーマーをつけている。どんどん人とはかけ離れた見た目へと自ら変化させてゆくその姿はアーデンの胸の柔らかい場所をチクチクと突き刺してきてあまり良い気持ちにはならない。  
「こんな筈じゃなかったんだけどなぁ」  
「何か言ったか」  
「ううん、なんでも」  
 この胸に蟠るもやもやとした感情から目を反らすようにしてアーデンは瞼を下ろした。 

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