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空箱

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4.もう迷わないこの道を君とゆく

 青白く血の気の引いた肌は死人のようにも見えるが、まだ命の灯が消えたわけでは無い。冷え切った皮膚の下では人としての活動を終えた身体を浸食すべく、アーデンによって長年にわたり丁寧に送り込まれた「想い」が着実にレイヴスの身体を作り替えている筈だ。  
「巧く行くといいよねぇ」  
 人の意思を持ったままでのシガイ化。研究が完成に至る前にこのような事態になってしまった為に確実に成功するという保証は何処にもない。神凪の研究と称してヴァーサタイルがせっせと仕込んだタネが巧く動けば良いと思う。  
「せめて、名前を覚えていてもらえる程度の知性は残って欲しいなあ」  
 自我があれば身体を維持出来ずに霧散してしまった後でも再び「自分」の形に戻る事が出来る。だが個を持たずに大きな「塊」の内の一つとしてしか認識していなければ、せっかく永遠の命を与えた所で空中を漂う黒い靄にしかならない。レイヴスがレイヴスで居られるか、それとも有象無象のシガイと同じように壊れれば簡単に散らばってしまうだけの存在になるかは彼自身の意思の強さに掛かっている。  
「あ、始まった」  
 こぷりと半開きになった唇から黒く粘度の高い液体が零れ落ちる。それと同時にびく、びくと徐々に体の中心から始まる痙攣。喉が壊れそうな程の咆哮と身体が内部から破壊されているような生々しい音。  
「頑張れよ、俺、結構楽しみにしてるんだから」  
 がくがくと人ならざる動きをしながら徐々に染み出す黒い液体、それが左半身にばかり集まり異形な姿へと変わって行く様を眺めながらアーデンは無邪気に笑った。 

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3.救いになりたかった

「明日、君の妹を殺すよ」  
 ビクビクと身体の内側を貫かれる悦びに跳ねる背を見ながらつい呟いてしまったのは無意識にも等しかった。もう二度とこの背を見る事は無いのだろう、とらしくなく感傷に浸ってしまったせいなのだと思う。荒い呼吸に大きく上下する背が、少しの間を開けた後に勢い良く飛び起きようとするが、片腕しか無いレイヴスを背中から抑え込む事はさほど大変な事でも無い。予測出来ていたから尚更。彼とてそれをわかっているだろうに、なんとか必死に体制を変えようと暴れるその直情さを愚かだとは思うが嫌いでは無い。  
「暴れるな」  
 耳元でたった一言。はっきりと命令の形で告げてやればいとも簡単に肩を強張らせて動けなくなってしまうレイヴスの顔が見たいとも思うし、見たくないとも思う。よくもまあこれだけ大人しく調教されてしまったものだ。先よりも怒りを押し込めた荒々しい吐息に背が大きく膨れているというのに。引き千切らんばかりにシーツを握り締める拳が震えているというのに。アーデンのたった一言で容易く為すがままになってしまう姿は愛おしくもあり、憐れでもある。  
「ごめんね、君の敵になるつもりは無かったんだけど」  
 王に見捨てられ、神凪の運命から逃れようと足掻いたレイヴス。過去の王にすら見捨てられ腕を?がれ、王に跪くことしか出来なかった憐れな子。未だ王と敵対しているように見せてはいるが肌身離さず持ち歩くレギスの剣がその証拠だろう、それを咎めるつもりはない。むしろ王に翻弄された憐れな生贄の生き様はアーデンの心の柔らかい所をちくちくと刺してつい手を差し伸べてやりたくなってしまっただけだ。  
 最後の逢瀬をこのような形で終わらせる事になるのは不本意だがアーデンのミスが原因なのだから我儘は言えない。名残を惜しむように耳の下へと吸い付いて跡を残すと圧し掛かっていた身体を起こす。  
「――っアーデン!!!」  
 離れた背が振り返り、たった一本の手が正確にアーデンの首を掴んでベッドから床へと身体を叩き落とすのは一瞬の事だった。酷く頭を打ち付けたようにでガンガンと脈拍と同じタイミングで痛みが響く。素早く馬乗りになったレイヴスがぐ、と首を掴む力を込めて息苦しい。狭くなりかける視界の中でなんとか顔を見上げれば、想像したような怒りに染まった鬼のような顔では無く、ただ唇を噛み締めてぼろぼろと涙を零しながら真正面からアーデンを見据える視線とかち合った。言いたい事はきっとたくさんあるのだろう。けれどその全てが無駄だと理解しているが為に感情だけが暴れまわっているようなその姿。  
「……――」  
 何か、言葉を発したようにも見えたが音にまでならず、ただすすり泣く声にかき消された。 
レイヴスは知っている、自分ではアーデンを殺せない事を。アーデンに抗えない事を。アーデンを止められない事を。  
「――ごめんね、」  
 アーデンの掌が頬を流れる涙をそっと拭っても、それを払いのける腕がレイヴスには無い。代わりに強くなる首を絞める力に抗わず、アーデンの意識は静かに闇に飲まれて行った。 

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2.助けてくれて嬉しかった

 気付いた時には既に足が覚束なくなっていた。アルコールによる身体能力の低下とは明らかに違う倦怠感と異様な火照り。じくじくと膿むような熱が腹の下に集まって気持ちが悪い。せめて外へ逃れたくても次から次へと「挨拶」にやってくる有象無象のせいでままならない。皇帝陛下主催の懇親パーティ、集まるのは帝国貴族と一定階級以上の軍人。見た目ばかりは華々しく優雅だが中身は陰謀渦巻くパワーゲームの場でしかない。中でも属国出身でありながらも若くして大佐にまで上り詰めたレイヴスは注目の的だった。有能なのか、それとも強力なコネクションがあるのか、味方に引き込むべきなのか早々に叩き潰すべきなのか。一挙一動を頭から足の先まで見定める視線に囲まれた中で醜態など晒せない。いくら将軍、准将に次ぐ地位にあるレイヴスと言えどこの場ではいとも簡単に踏み潰される塵芥に過ぎない。  
「ご歓談中失礼します閣下、少々大佐をお借りしても?」  
 熱さでぐるぐると回る視界の中で、目の前で動く唇が止まるタイミングを計ってはなんとか相槌を返すのが精一杯になってきた頃に割り込んだ声。のろりと視線を動かせば緩やかな赤い波に包まれた顔がぬっと近づいてくる所だった。  
「此処を出るまでは耐えろ」  
 突然耳元に吹き込まれた低音に肩が跳ねそうになるのをなんとか奥歯を噛み締めて堪え、それでは皆様良い夜をとさっさと踵を返す男にレイヴスも慌てて中座の謝辞を必死で吐き出して追いかける。先程までは何処を見ても人の波で到底抜け出せそうに無かった場所を、先導する男が歌うように挨拶を交わしながら道を開けさせてゆく。レイヴスがすることと言えば今にも崩れ落ちそうな身体を叱咤して悠然と歩いているように見せる事だけだった。

 人気の無い廊下へと出た瞬間に崩れ落ちた身体をいとも簡単に引き摺られて放り込まれたのは屋敷のゲストルームのようだった。外に出れた安堵感で一気に思考すらままならなくなったレイヴスは何処をどう通ったのかもわからない。ただ転がされたシーツの冷たさが心地よかった。  
「まんまと盛られて馬鹿じゃないの」  
 氷よりも冷えた声に返す言葉も無くただ荒い呼気に肩を揺らす事しか出来ない。実際、まさかそんなものを飲まされるとは思わず油断したレイヴスの落ち度だった。何処で口にしたのかすらわからない。  
「お前の周りには敵しか居ないって散々学んで来ただろ」  
 知っている。神凪の血筋と言うだけでこの国では嘲りの対象になることも、属国上がりの癖に着々と出世を重ねている為に妬まれていることも、こうしてこの男が何かと構うせいでこの男の敵すらレイヴスを見ている事も。  
 けれどその中で唯一、手を差し伸べて来たのは。  
 馬鹿にした言葉を投げ付けながらもわざわざ体裁を取り繕って助け出したのは。  
 自分こそ大勢の人間に囲まれて身動き取れないだろうにレイヴスの異変に駆けつけたのは。  
「借りは、返す」  
 だから、と相手へと手を伸ばせば冷えきった眼差しが一層鋭く細められ、それから大きな溜め息一つ。呆れたと言わんばかりの顔をしながらも伸ばした手を握り返す冷えた温もりに、レイヴスは自分の頬が緩むのを感じた。 

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1.あんな触れ方をされたら落ちるしかなかった

 愛した家族に裏切られ、信じた友は背を向けた。暖かな光の中にいた筈の身はいつしか蔑みの眼差しに囲まれて冷え切っていた。 生かさず、殺さず、誰もアーデンと目を合わせないまま上辺だけは救世主様と媚び諂うそんな毎日に疲れ果てて処刑が決まった時は怒りと同時に安堵した。やっとこの苦しみから解放されるのだと。  
 はた、と目が覚める。そして目が覚めた事に絶望する。 自分は確かに死を迎えた筈だ。二度と起きることの無い安らかな眠りを得た筈だ。狼狽え飛び起きようとしたアーデンの両眼が再び闇に閉ざされる。押し付けるでも無くそっと置かれた熱いくらいの温もりは不思議と恐怖を抱くよりも先にすとんと心に凪を齎した。  
「……寝ろ」  
 聞き覚えはあるのに知らない人のような掠れた低音。いつも警戒心も露わに尖って聞こえていたそれは酷く穏やかにアーデンの鼓膜を震わせた。だがアーデンの脳裏にははっきりと突き刺さるような視線がまだはっきりと残っている。ひそりひそりと小波のように「化け物」と囁き合う声が響いている。  
「もう怖い夢は見ない」  
 だから、寝ろ。と囁きを掻き消すように紡がれた何の確証も無い言葉が何故か驚く程に自然と心を落ち着かせた。そっか、と呟いた気もするし、声にはならなかったかもしれない。闇の中で再び瞼を閉じればゆっくりと温もりが瞼の上から額から髪へと滑って行く。ゆっくりとしたその動きはとろりと再び鈍くなってゆく意識を更なる深みへと誘うように優しく心地よい。 幾度も、幾度も繰り返される動きに遥か昔にまだアーデンを愛していた頃の母の手を重ねながら気づけば再び意識は眠りの中へと落ちて行った。
 
 次に目覚めた時はすっかり日も上った朝だった。声の言う通りに二度と不快な夢を見る事も無くすっきりとした目覚めを迎えてしまい思わず隣を見る。  
 昨晩、いつまでも反抗的な眼差しをしたままアーデンに抱き潰された筈の彼は既にそこには居なかった。 

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イヴとディーンの始まり

 ルシス王とその仲間達によって夜明けが訪れて早一月。 
 アーデンは城の高層階の一室に軟禁状態であった。囚われた魂が解放されれば消滅するのかと思いきや、元の肉体に追い返されただけだったらしい。望んでもいないサプライズに王様御一行もアーデン自身もその存在を持て余している。 
 とりあえずの処置としてこの部屋に閉じ込められたものの、逃げ出すような気力も無かった。だからと言って自ら命を絶つような気分でも無かった。というよりも息をするのも面倒なくらいに全てがどうでも良かった。  
 今まで取り込んだ記憶は、ある。  
 だが体は人そのもの、食べなければ腹は減るし、長く起きていると睡魔に誘われる。傷をつければ赤い血を流し治癒に時間を必要とする、脆い脆い人の体。  
 化け物のままだったならば、きっと王様が殺してくれたのだろうに下手に人に成り下がってしまったばかりに誰も彼もが腫れ物扱いだ。化け物ならば殺せる癖に、人は無闇に殺せないと偽善者ぶった顔でアーデンから目を反らす。うんざりするものの、それに文句をつけるのも面倒臭い。  
 このまま適当に飼われて、飽きたら自殺してみるのも良いかな、とぼんやり思い始めた頃だった。 
 
 真夜中と言える時間に扉が開く音を聞いて珍しいと思った。普段アーデンの世話をする眼鏡も、時折話に来る王様もこんな時間に来た事は無い。ようやく処刑でもする気になったのかと安堵とも絶望ともつかない感情を噛み締めていると、そこに現れたのは思い描いていた人物では無かった。  
「逃げるぞ」  
 見慣れた正装では無く、全体的に黒く動きやすそうな服に身を包んだレイヴスがぽかんとしているアーデンを他所に宣言する。  
「はぁ、……?」  
「必要な物だけ持て。すぐ出るぞ」  
 呆気に取られてうまく意味を飲み込めないアーデンを気にせず、ずかずかと部屋に踏み入ったレイヴスはぐるりと視線を巡らせた後、ぐいと無造作にアーデンの腕を引いた。 
「さっさとしろ、時間が無い」  
「え、いや、ちょっと待って、頼んで無いんだけど」  
「アーデン・ルシス・チェラムは死んだ」  
「目の前にいるよね」  
「お前の名前は?」  
 以前から猪突猛進な所があると言うか頑固と言うか人の話を聞かないとは思っていたがここまで酷くは無かった気がする。「早くしろ名前を知らないのなら勝手に決めるぞ」  
「ねぇ話の流れが全く掴めないんだけど」  
「わかった、お前はディーンだ。ファミリーネームはまた後で決めるぞよろしくディーン」  
「少しは会話をしてよぉ……」  
「必要なものは無さそうだな、行くぞ」  
 無気力の塊だった所にこの圧力は辛い。抗う術も無く、引っ張られるままに久々の廊下へと出て引き摺られる。普段はいる筈の見張りの姿は何処へ行っても見当たらなかった。  
「逃げるくらいならいっそ殺して欲しいんだけど……」  
「シガイに襲われて記憶を無くした哀れな一般市民のディーンを殺す理由が何処にある?」  
「あ、そういう設定なのね、俺」  
 逆らうのも面倒でずるずると着いていくだけであっさりと城の外まで誰とも会わずに辿りついてしまった。人手不足とは言えど仮にも王様の住居だ、王の剣とやらも近くに潜んでいた筈なので城内が無人な訳は無いし、不審なミニバンをこんな堂々と正面玄関前に停める事も出来ないだろう。 
「乗れ」  
「え、君運転出来るの?」  
「出来ることを祈れ」  
「えぇぇぇ……」  
 迷い無くレイヴスが運転席に収まったので後部座席に乗ろうとするが、何やら物でいっぱいになっていてとても座れる状況では無く、渋々助手席へと座る。  
「で、どうするの」  
「ハンターにでもなって逃亡資金稼ぎからだな」  
「そこからなの!?」  
 低い稼働音と共にエンジンの小刻みな振動が響く。ただ流されるまま嫌々ついて来たつもりであったが少しばかり浮き足だっている自分に気付く。口角がふよふよと落ち着かずに緩んでいる気がする。強引な割に計画性の無い逃亡劇に付き合わされて笑い出したい気分だ。  
「まあ、煮るなり焼くなり好きにしてよ」  
 積極的に逃げたいと思っているわけでは無いが、レイヴスに着いて行っても良い。どうせ暇を持て余していた身だと諦めとも期待ともつかない心地で肩を竦める。  
「その言葉忘れないからな」  
 ニヤリと初めて見る顔で笑うレイヴスに少しばかり後悔したが、逃げ出そうとする前に車は走り出す。案外滑らかな運転に一先ず安堵することにして、アーデンはシートに深く身を委ねた。 

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