※一年生レオナ×三年生(ただし年齢はさらに一つ上)ジャミル
入学式も三回目となれば慣れたものだ。
長々と新入生の入寮先が決められる風景を来週一週間の献立を組み立てながらぼんやりと眺め、スカラビアに入る者と事前情報のあった要注意人物だけ記憶の中に留めて行く。
子役で有名なヴィル・シェーンハイトはポムフィオーレへ。何万年に一人の美少年だなんだと持て囃されていた彼ならば妥当な結果だろう。
魔法工学の分野で静かに噂になっているというイデア・シュラウドはイグニハイドへ。頭脳明晰であるのならスカラビアに来てもらいたいという気持ちはあったが、実際のイデアの陰気な姿を見ればイグニハイドしか無いというのが良く分かった。
妖精族の王子だというマレウス・ドラコニアと、その王子と随分親し気に話すリリア・ヴァンルージュは揃ってディアソムニアへ。正直、王族なんてややこしい存在がスカラビアに来られても面倒なだけなので他の寮にさえ行ってくれればそれで良い。
それから、もう一人夕焼けの草原の王族であるレオナ・キングスカラーはサバナクローへ。がさつな者が多いかの寮で、ヴィル・シェーンハイトに負けず劣らず愛らしい姿をした彼は王族である以外にも余計な揉め事を引き寄せそうだなと他人事ながら思う。まあ、ジャミルには関係の無い事だが。
中略
確かに顔は好みだった。女性であれば成長した頃に恋をしたかもしれないと思う程度には。
だが同時に弟のようだとも思っていた。学年で言えば二つ、年齢で言えば三つも下となればどうしても幼く見えてしまうのは仕方のない事だろう。この年頃の三歳差はとても大きい。
だから、膝を貸せよ、と上級生に向かってふてぶてしく命じ、そして今すやすやとジャミルの膝の上で幼い寝顔を晒すレオナに欲情を覚える日がくるだなんて、思ってもみなかったのだ。
入学式での印象を裏切り早々にサバナクロー寮を掌握したレオナは半年も経つと成長期を迎え随分と男らしくなっていたが、ジャミルに比べればまだまだ線が細くどこか危うげに見えて庇護欲をそそる。その上、王族らしく高慢な物言いをしつつも美しいエメラルドの瞳が上目遣いでジャミルを見る、年上の男への甘え方をよく知る手管にまんまと乗せられてしまった。
ただ甘やかし守ってやりたいというだけであれば妹と同じである筈だ。ジャミルは妹がたとえ全裸で目の前にいようと、はしたないとは思えど欲情はしない。しかしレオナに対しては、ジャミルのことを腹黒だ陰険だと罵る癖に無防備に身を預けて眠るようなこの寝顔一つで落ち着かない気持ちにさせられる。
目の前の男がただ無償の愛に身を捧げる優しいだけの人間ではないこともわからないような子供だと頭ではわかっていても、まだ柔らかさを残す頬が、穏やかな寝息に薄く開かれた唇が魅力的な物に見えて仕方ない。
「……油断してると食うぞ」
そう、ぼやいては見るも、ジャミルのこの恋は誰にも知られぬまま終わるだろう。なにせ相手は王族だ。従者である自分が手を出したなんて知られたら国際問題になりかねない。
せめても、と。ジャミルには、柔らかな髪を撫でる事しか出来なかった。
中略
「人を部屋に呼びつけるならちゃんと服を着ろと何度も言ってるよな?」
扉を開けるなり目に入った光景にジャミルは辛うじてげんなりした顔を作って見せる。そうでもしなければ理性を保てそうになかった。
辛うじて下着だけは纏っているものの、子供から脱却しつつあるしなやかな身体が無防備にベッドに投げ出されていた。これがジャミル以外の、例えばサバナクローの多少腕に覚えのある男ならば簡単に凶行に走ってしまいそうな魅惑的な光景。
「テメェ相手に気を使う必要ねえだろ」
当の本人と言えば、くぁと欠伸を零しながら呑気なことをのたまう。その信頼がジャミルの優越感をくすぐると共に、一番に気を使うべき相手だと全く理解されていない失望を齎す。自分がどれだけ魅力的で年上の男の心をくすぐるかを知っている癖に、それがどれほどの危険を伴っているのか全く理解していないレオナに腹立たしさすら感じていた。
「何故、そう思う?」
うつ伏せに寝そべるレオナの隣に腰を下ろす時に軋むベッドの音がやけに耳に大きく届いた。恐らく、ジャミルは緊張している。だが、レオナは思い知るべきだ。
「テメェの心配は見当違いだって言ってんだよ、この木偶の坊」
そう言って、はしたなく大股を開いてジャミルの脇腹をつま先で小突くレオナに、見当違いはどちらの方だと呆れるやら、可愛いやらで小憎たらしい。
「何が、どう、見当違いなんだ」
上半身に比べてはしっかりとした足首を捉え、無造作に引き寄せてから強引にレオナの身体をひっくり返し圧し掛かる。ともすれば、今にも挿入する寸前のような性行為を匂わせる体勢だと言うのに、レオナと言えば瞳を輝かせてジャミルを見上げていた。
「逆に聞きてぇんだが。テメェは何をそんなに心配してやがる」
さらには体の細さに見合わぬ大きく胼胝のある掌がジャミルの頬を撫でる。男に組み敷かれていても意にも介さず、それどころか誘うようなその手管にふつりとジャミルの血管が切れる音がした。
「だから、お前は自分がどれだけ人の目を惹きつけるのか理解しろと――っ」
普段ならばジャミルと対等に舌戦を繰り広げられるレオナと言葉を交わすのも楽しみの一つだが今はその手間をかけるのも煩わしい。実際にどうなるのかわからせる為に、頬を撫でる手を捉えてシーツに縫い付けて顔を寄せ、唇を重ねる。重ねた筈、だった。
「―――っっっ!!??」
夢にまで見た柔らかな感触は一瞬だけ。ぐん、と身体が浮く感覚に目を見開けば、気付いた時にはジャミルがシーツに背をつけ腰に跨るレオナを見上げていた。
「テメェは、俺に、惹かれたんだな?」
咄嗟に身を起そうとしても、胸に置かれたレオナの掌一つでシーツから離れる事が出来なかった。見た目こそ華奢な美少年である為に忘れがちだったが、レオナは一年にしてサバナクローの寮長であることを不意に思い出す。
「答えろ。お前は、そういう目で、俺を見ていたか?」
見下ろすエメラルドが獲物を狩る獣のように煌々と濡れていた。失敗したのだと、ジャミルはようやく理解する。教育の為に、という言い訳があったとしても、身分知らずにも王者に手を出そうとした不届き者は処分されるだけだ。
「ジャミル。答えろ」
断罪者はせっかちにもジャミルの上に体重を乗せて圧をかけて来た。端から叶わぬ恋だとわかっていた。実る事は無い儚い物だとわかっていた。欲を掻けば身を滅ぼすだけだと、重々承知の上だった。ならば、罪を問われた以上、罪人は自ら罪をつまびらかにすべきだろう。どうせ終わりになるなら全てぶちまけてやりたいという投げやりな気持ちもあった。
「ああそうだよずっとお前のことが好きだった!」
叫ぶように告白したジャミルを前に、レオナの綺麗な顔が年相応にあどけなく、だが雄の香りを纏わせて喜色を滲ませて口角を釣り上げていた。
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